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「え……? どうしてそんなこと。私、アナタに魔法の説明なんかしたかしら」
「何を言ってるんだい。僕は凝視が使えるって説明したじゃないか。それで見ていただけだよ」
「凝視でそんなことわかるもんですか。それともなに、まさか別のスキルを隠してたってわけ?」
「そ、そんなものはないよ。僕は確かに凝視で見ていただけさ、信じてくれよ!」
教祖に裏切られ人間不信に陥った信者のように眉をひそめたエミーネは、完全に不審者に物を尋ねるように質問をした。
「ウィルの凝視、レベルはいくつなの?」
「僕のかい? ええと、確か今は6くらいだったかな。前に計ってもらったんだけどね、正確なことはわからないよ、はは……」
「ろ、6? 嘘でしょ、凝視が6なんて、手練なAクラス冒険者並みじゃない。なんでそんな……」
「ウチの犬男がうるさくてね、『お前は日頃から凝視で相手を見る癖をつけろ』ってさ。それで日頃から使うようにしているけど、それくらい普通じゃないかな?」
「そんなの普通に身につくレベルじゃないわよ。……アナタ、本当に魔法が使えないの。本当は私をからかってるだけじゃないでしょうね!」
「違うよ、僕はいたって真剣さ。だけどなぜか他のスキルや魔法を使おうとすると、身体の力が抜けて」
「ちょっと待って。でもアナタ、凝視は使えているのよね。どうして他のスキルや魔法はダメなのよ」
「どうしてと言われましても……」
二歩、三歩と後退ったウィルは、どんどん顔を寄せて近付くエミーネに身体の隅から隅まで見つめられ、「何か隠してるわね」と詰め寄られた。
しかし何の隠し事もないウィルは、返す言葉もなく首を捻るしかなかった。
「わかった。だったらアナタの化けの皮を剥がしてあげる」
スッと右手を掲げたエミーネは、手のひらに風を集め、上空へと放った。
抜けた穴の上方へズドンと飛んでいった風は、上空でホバリングしていた低級のモンスターに当たり、周囲にいた仲間のモンスターを巻き込み落下し始めた。
凝視で一部始終を見ていたウィルは、多量のモンスターが降ってくることに慌て、右往左往した。ウーゲルを抱えて駆け出したエミーネは、自分ひとりが入れる簡易の結界を張り、「ふふん」とへの字口をした。
「なんでこんなことを?! ぼ、僕も中に入れておくれよ、ここのモンスターは僕には荷が重すぎるよ!」
「口でどう言ったところで、戦ってみるまで信じないわ。ほら、奴らもアナタを見つけたみたい。準備しなくていいの?」
直滑降のように落下してくる鳥型のモンスターたちは、穴底で呆然と立ち尽くすウィルを餌と見定めたようだった。頭を掻きむしったウィルは、円を描くようにバタバタ走り回りながら、「どうしよう! どうしよう!」と慌てるばかりだった。
「ほらほら、ボーッとしてたらやられるよ」
「だ~か~ら、魔法も何も使えないって言ってるじゃないか。あー、もう僕はここで死ぬんだぁ!」
豆粒ほどに見えていた怪鳥が近付くにつれ、ウィルの悲鳴も大きくなった。
実際は羽根を広げるとウィルの二倍はくだらないほど大きく、ウィルを丸呑みするくらいはわけないサイズだった。
慌てて壁際へと退避したウィルは、いよいよ追い込まれ、凝視で敵の影を追いながら、着地点と移動先を予測するしかなかった。
「こうなればもうヤケだ、逃げて逃げて逃げまくってやる!」
いよいよ目前に迫った鳥型のモンスター、《フォールバード》が長く巨大なクチバシを開けウィルに襲いかかった。両膝を合わせ内股に駆け出したウィルは、クチバシが地面に刺さる寸前で真横へ飛び、ギリギリのところで攻撃を躱し、地面を転がった。
「ほらほら、奴らは一匹じゃないよ。まだまだ沢山いるんだからね!」
エミーネの言葉に背中を押され、群れの鳥たちが次々にウィルを狙い、直滑降で穴底に飛びかかった。
数多の攻撃をギリギリのところで躱し転げ回ったウィルは、目からは涙、鼻からは鼻水、そして口からはよだれを撒き散らしながら、それはそれは無様に逃げ回った。
「逃げてるばかりじゃジリ貧よ。さっさと反撃した方がいいんじゃなくて?」
「だ、だから! ま、魔法が、で、出ないんだって!」
「この期に及んでまだそんなこと。早くそいつらを追い払わないと、下の高レベルなモンスターも騒ぎを聞きつけるよ?」
「ひ、ヒィ! しょ、しょんな!」
リズムよく奏でられるクチバシの啄みを避けたウィルは、どうにか一矢報いる術はないかと、凝視以外のスキルを試みた。しかしどれもが頭の中で靄がかかったように掻き消され、具現化することなく消えてしまった。
「やっぱり何かおかしいよ。魔法もスキルも上手く使えない」
啄んでは浮かび上がり、再滑降を繰り返す鳥たちは、執拗にウィルに襲いかかった。
しかも疲労し動けなくなる一瞬を狙い、群れで連携を取りながら順繰りに攻撃してくるのだからタチが悪い。息を切らし、ただ逃げ回るしかないウィルは、そこにきて初めて、『なぜ凝視しか使えないのか』を考えた。
「なんだって凝視だけは使えるんだよぉ。いや、待てよ、……わかったぞ、これはきっと犬男の呪いだ、そうに決まってる。きっとまたアイツが僕に悪い呪いをかけたんだ!」
クチバシが髪の毛をかすり、「ギャ!」と叫び声を上げたウィルは、ちぎられた髪を掴みながら「僕の美しい髪の毛が!」と落胆した。
何かがおかしいことにようやく気付いたウィルは、イチルへの怒りを胸に、グッと目尻を上げた。
「妖怪キノコ地獄の次は、滝壺ドデカ鳥って、犬男は僕のことを一体どうしたいんだよ?! ううう、もう頭にきたぞ、こうなったら奥の手をみせてやる!」
初めて足を止めたウィルは、上空から自分を見下ろしている鳥の群れに指をさしてから、「ハハハ」と笑いかけ言った。
「これが犬男の呪いと気付いたからには、もうこれまでのようにはいかないぞ。どーせ犬男は、僕が使える魔法やスキルを封じて満足してるんだろうけど残念だったね。この僕が、いつまでも成長せず、あの頃のままだと思ってもらっては困るよ!」
ぱさついてボソボソになった髪の毛を解いたウィルは、その形状をまるでキノコのように整えてから、それはそれは堂々と宣言するのだった――
『 我、正統なるキノコの化身なり 』