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月咲やまな
431
#恋愛
十色
257
引き止めようとする叔父のことを「宿題やらなきゃ」と断って、真咲は二階にある自分の部屋に戻った。
窓を開けて空を見上げた。
紫がかった東の方の空に、葉っぱのように細い月が引っかかっている。
ベッドサイドに置いた石を手のひらで包むと、心の中で月に向かって呼びかけた。
(お父さん、今日は聞こえる?)
去年、病気でその短い生涯に幕を下ろした父親。
病室で父は死期が近いのを勘づいていたのか、末の娘である真咲に向かってこんなことを言った。
「真咲、もしお父さんがいなくなっても、お父さんはずっと真咲のことを遠くから見てるからね」
「遠くってどこ?」と尋ねると、「そうだねお月様ぐらいかな」とはにかんで笑った。
「月に行ったらもう会えないよ」
そうぐずる真咲に、父はこの石を手渡したのだ。
「何これ?」
「月の石だよ。お父さんはそれを取ってちゃんと帰ってきた」
しかもそれを持ってると月にいる人と会話ができるんだよ、と。
嘘みたいな話だ、と思った。
それから幾ばくもしないうちに、父親は本当に天へと旅立ってしまった。
母親を心配させたくなくて、皆の前で涙を見せることはなかった。
けれど、ひとりになるとあの優しい笑顔を見られないことが寂しくて、目が溶けるほど泣いた。
そんな中、父から貰った月の石のことを思い出した。
魔法や奇跡を信じる歳でもなくなっていたが、万が一にも本当に父と会話できるのならば試す価値はある気がした。
(お父さん)
呼びかけると、「何?」という返事が耳を掠めた。
微かだが、確かに聞こえた。
(お父さん、本当にお父さんなんだね)
「ああ、真咲。君も元気そうで良かったよ」
月にいる父親も、こちらで生きていた頃と同じように忙しいのか、話しかけても応じてこない日もあった。
今日は運良くすぐに応答があった。
(お父さん、今日、変な人に会ったよ)
真咲の予想どおり、すぐに「へぇ、どんな人?」と父が尋ねてきた。
(男の人のくせに色が白くて、目がヘ音記号を横にしたみたいな形で左目の下の方に小さなほくろがあって、口が猫みたいに真ん中がとがってて·····)
「ふんふん、そうなんだ」
(でもそのくせ猫がダメなんだって。それで、最初、川辺のところに寝っ転がって顔を隠してたから、大人なのに泣いてるのかと思った)
「で、どうしたの?」
(気になって話しかけたら、ちょっと怒ってるみたいなしゃべり方だったからびっくりした。·····けど、すごい親切だったよ)
「そうか。いい人だったんだね」
思い出すだけで心がむずむずする。
ガリレオを転びながら捕まえたことも、「しょーがねーなぁ」と言いつつ肩に触れた手が優しかったことも、犬を抱っこしながら幸せそうに笑っていたことも·····。
大人の人があんなにたくさん表情を変えるのなんて、今まで全然知らなかったから、馴れないことに心臓はばくばくしっぱなしだったんだ。
またどこかで、と別れ際に言った。
あの時彼はどういうつもりで口にしたのかは知らないけれど、少なくとも自分の言葉は本心からのものだった。
(もう一回会えたらいいな)
そう願った真咲に、心の中の父は「それはお父さんに言われても分からないよ」と穏やかな声で笑った。
コメント
1件
ああ、第8話、すごく良かったです。月の石を通じて亡きお父さんと話せるっていう設定、切なくて温かいですね。真咲が「もう一回会えたらいいな」って願う気持ち、すごく伝わってきました。あのヘ音記号みたいな目の男の人、また出てきそうな雰囲气で続きが気になります。お父さんの優しい声が耳に残る、じんわりくる回でした。