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#希望
#感動的
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◇◇◇◇
木造の観客席。
聖教国の貴族や各国の使節たちが並び、絹の衣擦れとざわめきが絶えず波のように揺れていた。
その華やかな席の隅。
場違いなほど小さく身体を縮め、椅子に座る一人の女がいた。
白い外套に身を包んだ白の魔女。
セレナは、両手を胸の前で組み、固く祈っていた。
指先が白くなるほど力を込め、瞳を閉じ、唇をわずかに震わせる。
祈りの言葉は、ただ一つ。
レオニスの無事。
それだけだった。
しかし。
「……あやつ、白の魔女じゃないか!」
観客席のどこかから、驚愕の声が上がる。
「私はあの顔を知っているぞ!」
「なんでここに禁忌の魔女がいるんじゃ!」
ざわめきが一瞬で広がる。
何人もの視線が、祈る女へと突き刺さった。
指が向けられる。
怯え。
嫌悪。
そして、恐怖。
それでも。
セレナは目を開けない。
祈りをやめない。
どれほど騒ぎが広がろうと、ただ静かに祈り続けていた。
「……血は万能薬になると聞く」
どこかの国の使節が、顔を歪めながら呟く。
「殺せ」
その一言に、背後の騎士が即座に反応した。
剣の柄に手が掛かる。
金属がわずかに鳴る。
その瞬間。
「誰であっても」
穏やかな声が割り込んだ。
「彼女の祈りの邪魔はさせんよ」
いつの間にか。
白の魔女の隣の席に、一人の司祭服に身を包んだ武骨な男が腰掛けていた。
静かな威厳。
その男はエリシュニカ聖教国の頂点、教皇バルタザールだった。
彼はゆっくりと周囲を見渡す。
「我は、ヴァルディウス王国とバリスハリス王国から、観客の安全を一任されておる」
その声は小さい。
しかし、不思議と席全体に響いた。
「お主らは、どこの代理だ? まさか……我の顔に泥を塗るつもりではあるまいな」
使節の顔が、わずかに引きつる。
「そいつは禁忌の魔女だ!」
それでも、男は声を荒げた。
「エリシュニカ聖教国は、人の皮を被った化け物を庇うのか!」
バルタザールは、ゆっくりと首を傾げた。
「……分からんか?」
視線が、まっすぐ使節を射抜く。
「今、どっちが化け物だ」
その言葉に、席が静まり返った。
使節は口を開く。
しかし、何も言えない。
やがて、舌打ちを一つ残し、席へと腰を下ろした。
騎士もまた、剣から手を離す。
静寂が戻る。
バルタザールは、周囲に立つ聖教国の兵たちへ軽く視線を送った。
それだけで、兵たちは理解する。
観客席は、守られている。
そして隣に座るセレナへ顔を向けた。
「……なぜ見ない?」
セレナは、目を閉じたまま答える。
「怖いのです」
声は震えていた。
「レオニス様が傷付くのを見るのが……怖い」
少し間を置き。
「人の死を見るのも、辛いのです」
バルタザールは、平原へと視線を向けた。
「そうか」
静かな声。
「もうそろそろ決着がつく」
淡々と言葉を口にする。
「ヴァルディウスの勝利で終わるだろう」
「はい……」
セレナは小さく頷いた。
「分かっております」
胸に手を当てる。
「感じるのです。レオニス様の気配が……だんだんと弱くなっています」
バルタザールは顎に手を当てた。
「そうか。ここから勝つには、グリオラの斧を攻略せんことには、レオニスの勝機はない」
「呪いの武器ですね」
セレナは即答した。
「あれは呪いの武器なのか?」
「はい」
ゆっくりと目を開く。
「とても強力な呪いを宿しています」
少しだけ考えるように視線を落とし。
「……あの呪いと同等になると、私の長い人生でも、百ちょっとしか見たことがありません」
バルタザールは眉を上げた。
「百もあるのか」
「私、結構生きてますので」
セレナは、少し困ったように微笑んだ。
バルタザールは平原を見つめる。
しばし沈黙。
そして。
「ここから、呪いを消すことはできるか?」
「もっと近くないと無理です」
「ほぅ」
口元がわずかに上がる。
「無くすこと自体は、できるのだな」
「はい。レオニス様が近くにいたら、一定時間だけ、呪いを無効化することもできます。でもあまりにも遠い」
バルタザールは頷く。
「それ、我に掛けてくれんか?」
「……はい?」
セレナは目を瞬かせた。
「我はな」
静かに立ち上がる。
「一人でも参戦しようかと思っていた」
平原を見下ろす。
「その前に、白の魔女と話せて良かった」
振り返る。
「やってくれ」
セレナは一瞬だけ驚いた顔をした。
だが。
すぐに頷く。
「……分かりました」
小さく息を吸い。
「では、念入りに、呪いの無効化を付与します」
手を胸の前で組む。
白の魔女セレナは、ゆっくりと瞼を閉じた。
喧騒に満ちていた観客席の音が、遠くへ退いていく。
呼吸は小さかった。けれど確かに空気を震わせていた。
次の瞬間。
セレナの指先から、淡い白光がこぼれ落ちる。
まるで雪の欠片のような、柔らかな光。
それは一つ、また一つと生まれ、静かに空中へと浮かび上がった。
光は消えない。
空中に留まり、ゆっくりと数を増やす。
やがて白い雪のように舞い、静かにバルタザールの肩へ降り積もった
それは、呪いを否定する魔法。
触れた瞬間。
光は溶ける。
水のように、体の中へ染み込んでいく。
やがて。
バルタザールの周囲に、薄い光の膜が広がった。
目に見えるか見えないかほどの、かすかな輝き。
しかしその光の内側では、世界の理がわずかに書き換えられている。
呪いは届かない。
歪んだ力は、触れた瞬間に消失する。
「息がしやすい。身体も軽い」
バルタザールが自分の体を見やり、感じることを言った。
それは静かな奇跡だった。
セレナは、ゆっくりと目を開く。
「……これで」
かすかに息を吐く。
「しばらくの間、呪いは届きません」
その声は確かな力を持っていた。