コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
夕方の校門を離れ、すちはひとりで歩いていた。
ポケットに手を突っ込んだまま、表情は氷のように固い。
背後から、ひょこっと声がかかる。
「……みーちゃった」
振り返ると、ひまなつが口元ににんまりとした笑みを浮かべて立っていた。
「すち、えぐいことしてんねぇ。 あんな泣かせ方、なかなか見れないよ?」
わざとらしく肩をすくめながら、面白がるような目を向ける。
しかしすちは一切笑わず、 ただ冷えた視線をひまなつに向けた。
「…お前に関係ない」
その声音は、普段の穏やかで柔らかいすちとはまるで別人だった。
ひまなつは、余計に楽しそうに眉を上げる。
「こわ。 んじゃさ、代わりに“恋人のフリ”でもしてあげよっか? 彼 、泣き疲れて限界っぽかったし?」
茶化すような軽い声。
悪戯心の混ざる笑み。
すちは足を止め、 ゆっくりとひまなつの方へ顔を向け──
鋭い、氷のような目で睨みつけた。
「……ふざけんな。そういうんじゃねぇ」
一歩近づくその気配に、ひまなつが少しだけ肩を上げる。
「おっと、こわいこわい。そんなに怒る?」
「なつ」
突然、低い声が割って入った。
「何やってんだ」
振り返ると、いるまが眉をひそめて立っていた。
腕を組んだまま、ひまなつに鋭い視線を送っている。
「俺の前で、変なこと言うんじゃねぇ。 ダメに決まってんだろ」
ひまなつは舌をちょこんと出す。
「はいはい、いるまにそう言われると思った〜」
と軽く肩を竦めた。
すちは二人のやり取りを無視するように、
ゆっくり歩き出す。
その背中は…
怒りでも悲しみでもない、 もっと深いものを抱えているように見えた。
いるまは小さくため息をつき、ひまなつの襟首を軽くつまんで引き寄せる。
「ほら、帰るぞ ……すちのことは放っとけ。今のあいつ、危ねぇから」
「はぁ~い」
すちは振り返らない。
ただ真っ直ぐ前だけを見て、 影のように細く長く伸びた自分の足跡を追いながら歩いていった。
その歩みに、 戻る気配は微塵もなかった。
まだ朝の冷たい空気が廊下に漂う時間。
すちは壁にもたれ、 いるまとひまなつと何気なく会話していた。
「昨日のあれさぁ、すちの顔めっちゃ怖かったよね〜」
ひまなつがニヤニヤしながら肘でつつく。
「黙れ」
すちは淡々と返す。
いるまは呆れた顔でため息をつく。
「なつ、また面倒なこと言ってんじゃねぇ」
そんな3人の前を──
ぼんやりとした足取りで、みことが歩いてきた。
目の下にはうっすらクマ。
視線は一点を見つめたまま焦点が合っていない。
まるで昨夜一睡もできなかったように。
すちは、その気配に一瞬だけ目を向けた。
でもすぐに視線を逸らし、知らんふりをする。
その瞬間──
ひまなつがわざとすちに顔を寄せた。
ほんの数センチの距離。
唇が触れそうな近さ。
「ちゅー、しちゃおっかな〜……?」
完全に悪ふざけ。
しかしみことの心臓は凍りついた。
廊下の真ん中で立ち止まり、 瞳が大きく揺れる。
「……っ」
手が震える。
息が止まる。
胸がぎゅっと締めつけられ、
世界が歪んだ。
次の瞬間。
「おい、やめろ!」
いるまがひまなつの後ろ首を掴み、引き剥がす。
「っ痛ッ……! 何すんの、いるま〜!」
「何って……テメェは俺のだろーが!」
その後ろで──
みことの身体が限界を迎えたように、動いた。
「や……やだっ!」
涙のにじんだ声とともに、 みことはすちの腕をぎゅっと掴んだ。
必死で、震えながら、 そのまま自分の方へ引っ張った。
「……すちは俺の……!」
すちは驚いたように目を見開く。
昨日の冷たい態度とは違う、隠しきれない動揺が滲む。
周りの生徒たちがざわめき始めるが、
みことは気づかない。
ただ今にも壊れそうな声で、 怯えた子どものようにすちの袖を握っていた。
「……すち……だめ……やだ……」
ひまなつはいるまに襟首を掴まれたまま、ぽつりと呟く。
「……ほら、動いた」
すちはその言葉に反応することなく、 掴まれた自分の袖に落ちるみことの手を見下ろし、 深く息を吸った。
NEXT♡500