マスターは、暗いバーの店内で準備していた。入り口のボードを営業時間外に変えて、これから来るとある人物のためにコップを一つ用意しているのである。
カランカラン。
「いらっしゃい。ベル」
「どうもマスター。松村とはどう?」
「まあ、それなりに」
マスターは先ほど取り出したコップをカウンターに置くと、ベルに言った。
「ご注文は?」
「ピザ十人前と、コーラ一杯」
ベルはそう言って財布から千円取り出し、丸く筒状にして、コップに入れた。
「しかと受け取った。それじゃこっちに」
マスターがレジのあるボタンを押すと、後ろのドアが開き、そのドアの中に入って行った。
ドアの向こうは薄暗く、等間隔に小さな灯りが灯っている。
大きな鉄のドアの前に来た時、マスターがそのドアをノックした。
「失礼します。管理官、ベルをお連れしました」
ドアの向こうから男の声がする。
「入って来い」
マスターはゆっくりドアを開けると、廊下の左側に立った。
ベルが部屋の中に入ると、マスターは「失礼します」と言って扉を閉めた。
目の前には背の小さい制服姿の帽子をつけた、厳格そうな男だ。
ベルは一定の歩幅でその、管理官と呼ばれている男に近づいていった。
「久しぶり。それで今回は何の用なの?」
「久しぶり、ベル。今回はとある組織から、君指名での依頼だ」
「私指名?」
ベルは自分の方に指さした。
管理官は、後ろの棚から、ファイルと顔写真を一枚取り出した。
「彼の名は、中家景音(なかいえけいん)。米秀小学校出身で、英検は二級。表ではただの銀行員だが、裏では凄腕の詐欺師だ。リュゼと同じ塾だよ」
「リュゼ?いったい誰です?」
ベルの言葉に、管理官は納得したように彼女を見て言った。
「そうか、君は確か、ブラックスノーの裏コードネームを知らないんだな」
「そんなものが有るんですか?」
管理官は帽子をつけていた帽子を取ると、ポールハンガーにかけた。
「フランス語で狡猾、という意味のコードネームだ。裏社会で知られているのはこちらの、ブラックスノーだが、俺たち、≪サジェス≫は裏で、そのコードネームを使っているんだ。本人はブラックスノーよりも、そのコードネームを気に入ってるみたいだが」
「では、私も言いづらいですし、今度からそちらで呼ぶことにしましょう」
ベルは管理官から顔写真を受け取った。
「それで?彼を始末しろと?依頼元は?」
ベルの質問に管理官は、少し驚いた顔をした後、彼は真剣な顔になって、言った。
「我々が敵対している≪ラトレイアー≫からだ」
「……彼らには、専属の殺し屋がいたはずでしょ?どうして私にわざわざ依頼してきたの?」
「専属の殺し屋は、最近警察に捕まった者なんだ。結局は、留置所から脱走。警察官二名を殺害。そのまま行方不明になった」
「それってまさか……」
ベルは、目を皿のようにして驚いた。
「そう、君もよく知っている殺し屋、咲田大地。彼はどうやら、かなりの手練れのようだよ。気を付けるんだな」
「忠告どうも」
ベルはそう言って顔写真を胸ポケットにしまった。
ベルは資料を受け取ると、外に出て行った。
「……一年生の殺し屋か……命についての考え方が少し心配だがな」
男はそう言ってポールハンガーにかけてあった、帽子を手に取った。
「はい、警視庁の前に設置してあった防犯カメラ。にしても、こんなの何に使うの?」
紗季はスマホを片手に、歩美のパソコンを除いていた。
「いや、ちょっと……」
歩美が身体を使ってパソコンの画面を覆うようにして誤魔化した。
「ああそう」
紗季はそんな彼女の様子をおかしいと思いつつも、その場を離れた。
歩美は今、警視庁の棚に置いてあった名簿を置いた犯人を捜しているところだ。
「そういえば、文垣先生を狙っている犯人というのも、気になるけどね。可能性が高いのはあの、咲田かな」
「でも、あの人捕まったんでしょー?」
「いえ、以前その事件の被害者は彼を復讐屋だと言っていたし、留置所から外へ出て、警察官二名を殺害。そのあと行方不明となった」
紗季の説明に、歩美の喉に汗が伝う。
「え、じゃあ、先生を狙ってるのは彼である可能性が高いってこと?」
「そういう事ね。そもそも先生が狙われているという話自体眉唾物だけど……そもそも生徒が先生を狙うなんてことできるの?そんな高度なことができるのは同じく先生である可能性が高いけどね」
「……」
歩美は少し怪訝な顔をして俯いた。
以前の藪医者事件から、数日が経ち、サッカー部とテニス部は無事に大会を迎えた。(優勝したかはご想像にお任せします)
そして、まだ大会が残っているのは、バレー部、水泳部、バスケ部、野球部なのだが、野球部に関しては、台風が近づいているため延期。水泳は、まだ時期ではない。つまり残っているのはバレー部とバスケ部なのだが……
「景音‼こっちだこっち、早くパスしろ!」
ユニフォームを着た少年が一人高くジャンプしている、彼はゴールの下に居て、パスすれば相手チームに勝てそうだ。
ドリブルをしながら考え込んでいるのは、景音。
ようやく決心してパスを出そうとした時だった。
「あ、すみません。ボールが‼」
バレー部の方から声がした。景音が振り返ってみると、目の前にバレーボールがあった。
視界が暗転した。
数分後。
「バスケ部とバレー部、違うところにしてくれないかな。これじゃまともに練習できねえよ」
「こっちだってコートの大きさ違うし……何よりもコートの数が足りないよ」
そんな声がする中、景音は目を覚ました。
「あっ景音。大丈夫か?」
「ああ、ごめん、寝てたよ」
ケインは体育館の端の方で眠っていた。
中家景音。コードネーム、サージュ。彼は詐欺師としての素質が昔からあり、心理ゲームでは負けたことが一切なかった。彼は、サジェスに加入している、詐欺師だ。人の心を読む能力に長けており、彼の前で嘘をつく者はいなかった。
彼はもともと、ただの銀行員だった。しかし、とあることがきっかけで、詐欺師になったのだ。
コンコン。
体育館の全体に、大きなノック音が響き渡る。
全員が音のする方向を見ると、そこには、ドアの端に寄りかかっている雪が居た。
「景音、いるかー?」
「ああリ、いや雪。なんだよ?」
「ちょっと話がある」
雪は手招きしている。
言われるがままついていくと、そのままなぜか、校舎内に引きずり込まれた。
「な、何?」
「悪い。管理官が呼んでるからさ。早く行ってこい」
「管理官が、俺を?珍しいな。会うのは多分、半年ぶりじゃないか?」
景音はバーへと続く廊下を見て言った。
「あたしが、皆に話つけとくからさ」
「いや、リュゼ、お前も来てくれよー!俺管理官に会うの久しぶりなんだ。だから頼む‼」
「は、はあ⁉ったく……しょうがないな……」
雪はそう言って彼に着いて行った。
「二人とも、かなり成長したね」
管理官はどこからか帰宅したようで、帽子が無造作にかけられていた。
「俺が拾った時よりも……だいぶ成長した。でも、どうしてリュゼまで一緒に来てるんだ?」
「一緒で悪かったな」
「いや、別に良いけど」
管理官は立ち上がり、景音に言った。
「ベル、というコードネームを知っているかな?」
「勿論。フランス語で美しいという意味の。凄腕の殺し屋ですよね。彼女がどうしたんですか?」
景音の隣で、管理官が彼の肩を軽くたたいて言った。
「悪いな、サージュ。彼女に君の殺害依頼を伝言してしまった」
「なっ……」
景音は、管理官の言う事を信じるしかなかった。彼の言葉から、嘘を感じ取ることはできなかった。
「なんで引き受けたんだ」
雪、基リュゼの質問に、管理官が俯いた。
「……脅されたんだ。引き受けなければ、お前の部下を殺すと……」
「なるほどな。あたしはともかく、こいつが殺されちゃたまったもんじゃない。しかし、ベルもどうして引き受けたんだ?」
「彼女は、サージュとは面識がなかったからな、二つ返事でOKしたよ」
管理官は俯いたまま言った。
リュゼとサージュは顔を見合わせた。
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