せっかく彼女になって初めてのお誕生日だもん。二人きりでお祝いができないなら、せめて心に残るようなことをしてあげたいな。
『サプライズ?』
「と言っても、一日早く東京に行こうかなって思っるくらいなんですが…」
スマホをハンズフリーにしてキッチンに立つ。ボールに卵を二つ割っていれた。
「のあさん、つぎは?」
『ええと、お水を大さじ1、お砂糖醤油塩ひとつまみ…シヴァさんは多分25日の午後くらいにシェアハウスへ来ると思うから、大丈夫だと思いますけど…』
教えてもらった調味料を入れて菜ばしでかき混ぜる。なるほど、なるほど。のあさんのだし巻き卵はこんな感じなんだな。
『一日早めに東京へ行けるのなら、サプライズじゃなくてシヴァさんにあった方がいいんじゃない?』
「それも考えたんですけど…」
“また、うちおいで”
お部屋を出る際に後ろから耳元でつぶやかれた。まだなんとなく、二人とも甘い空気の中で過ごしていた、この間の連休のこと。
もちろん早く行けるのなら早く会いたいけれど…
一日早めに会ったら、たぶんまたシヴァさんのお家にお泊まりになって、来たばかりなのに迷惑かけてしまう。
シヴァさんもいろいろ負担になるだろうし。
それに
また二人きりになったらこの間のこと思い出しちゃって、普段通りにできないかも。
それが嫌なわけじゃなくて、またあの溺れていく感覚に酔ってしまったら
抜け出せなくなってもっと、もっとってなりそうで
『るなさん、卵液入れた?』
「あ!まだです!ごめんなさい!」
やだやだ、熱い顔を手で仰いで冷ました。
今のあさんに習ってる最中なのに、何考えてるんだろう!
「シヴァさん忙しいみたいだし、私も何時に東京着くのかわからなかったので」
『じゃぱぱさんに話したら迎えに行くっていってましたよ』
「忙しいから大丈夫なのに…」
じゅうう、熱したフライパンにだし巻き卵の赤ちゃんを流し込む。火加減オッケー!
熱を帯びてぷくぷくと卵が浮かび上がっている。
『迎えに行きたいんだって。シヴァさんばっかりじゃなくて、たまにはじゃぱぱさんの相手してあげてね』
スマホ越しでのあさんが笑ってる。じゃぱぱさんってば、るなのことをまだ中学生だと思ってるな?もう大学生だよ。
そこまで言われたら仕方がないので、るなのお迎えお願いしますって後でLINEしておこう。
「のあさんもう巻いてもいいですか?何回くらいわけて液入れるの?」
『三回かなぁ』
「待ってねー、くるくるしますね」
いい具合に熱が入って、頑張ってお箸で卵を巻いた。できない時はよくフライ返しで巻いてたっけ。それからだいぶ成長したなぁ。
シヴァさんに作ってあげただし巻きたまごも失敗ではないけれど、るなのなかでは納得いっていなかった。
だから、のあさんから教えてもらっているのだ。
「できたー!やったぁ!」
『できたらラップで巻いて少しおいてね、カタチが綺麗になるよ。本格的なら…巻きすを使うとか』
「まきす??」
『海苔巻きをつくるのにつかう、木のやつ』
「あー、あれですね!」
おいておくのが待てなくて、端っこだけ切ってちょっと味見。う、おいしい…っていうかふっくらしてる…
「のあさんのレシピおいしい…るなのより…今度からこっちにしようかなぁ」
『でもシヴァさんはるなさんのレシピで食べたいと思うよ?』
「えー?でもるなの甘いだけで…お菓子みたいだもん」
シヴァさんはおいしいって食べてくれたけど。
ほんとのだし巻きたまごがるなは作りたかった。(だし巻きたまごに、ホンモノもニセモノもないけれど!)
『るなさんの味がシヴァさんには特別なんだって』
「そうですかねぇ」
のあさんもシヴァさんと同じこと言ってる。るなより年上のお兄さんとお姉さんたちは、そう感じるのかな。
味見が足りなくてもう少しだけ包丁を入れた時、のあさんがおっきな声を急に出したので驚いた。
「ど、どーしたんですか??」
『そうそう!るなさん私、思いついちゃった!!』
巻きすなんてないので、ラップに包んでくるくるする。端はどうしたらいいのかわからなくて、キャンディの包み紙みたくねじねじした。
『シヴァさんへのサプライズ、もう一つおまけにやってみませんか?』
「もう一つ???」
すっごいのあさん嬉しそうだけど、どうしたんだろう?二回目の味見のために、だし巻きたまごをお口の中へ放り込んだ。
うきうきしてるのあさんに、こてんと首を傾げるしかなかった。
お誕生日会前日、大学が終わってすぐ新幹線に飛び乗り東京をめざした。
時刻は二〇時半。
「遅くなっちゃった…」
もう少し早めの電車に乗るつもりだったのに、課題が終わらなくて図書館で頑張って。
やっと終わって急いで新幹線乗ろうとしたらお金がなくて。
お金おろすのにATM探し回ってたらお腹すいちゃって。
ATMでお金を下ろして急いでおやつを買い込んで。
それでやっと新幹線に乗れた…イマココ。
「ミルクティー飲んで落ち着こう…」
買った500ミリパックのミルクティーにストローを突き刺した。喉の渇きを潤すために急いでごくごくと喉を鳴らす。
あまぁーい味が一日の疲れを癒してくれる…染み渡る〜♡
あとほんとは良くないけど…ポーチから鎮痛剤をふた粒取り出して、口の中に入れて一緒に流し込んだ。
「頭痛いの治るといいなぁ」
昨日も課題が終わらないしまた頭もツキツキして、結果シヴァさんと電話ができなかった。
それでもしたいというるなに対して
“時間がないなら無理しなくていいよ、明後日には会えるんだから”
“ちゃんと休んで元気な顔見せて”
LINEからのメッセージが。
元気な顔見せて、なんて言われたらるなは休むしかないよ。寂しいけれど…
LINEのメッセージから
シヴァさんも寂しそうだなって感じたのは、るなの気のせいかな。同じ気持ちだといいな。
…早く会いたい。
「でもだいぶ進歩!LINEもいっぱいするようになったもの」
電話が難しい時は、LINEのメッセージが届くようになった。おはよう、とかおやすみ、とか。
るなからももちろん送るけど、それと同じくらいシヴァさんからもメッセージがくる。
嬉しい。
「なんか恋人同士みたい」
いや恋人同士でしょう?なんて声が聞こえてきそうだけど。お付き合い始めてからこんなやり取りをするようになった、ゼロスタートだったから。
夏に抱きしめてくれた時も、この間ぎゅーってしてもらった時も、あの心地よさがすごく安心した。あそこはるなしか得られない場所だ。
そう、るなだけの。
「サプライズ、喜んでくれるといいなぁ」
好きな人がいて
好きあってる人がいて
安心できる、るなだけの特別な場所があって
毎日の他愛もないことを、共有してくれる相手がいるって
幸せなことなんだ。
「ふぁ…ねむ…」
いつの間にか動き出していた新幹線の揺れに身を委ねて、ゆっくりと目を閉じた。
「…な、…るな、、るなーー!!起きろー!!」
「んえええ!?!?」
よく聞いた爆音で目が覚めた。辺りを見回すと私の肩に手を置いてるじゃぱぱさんが。
「じゃぱぱさん??なんでこんなとこにいるの!?お出かけ??」
「違うよ、ホームで待っててよかったわ。もう東京着いてるんだよ」
「ホーム…?ええ!?もう東京??」
確かに、周りにはお客さん一人もいなくてるなたちしかいなかった。
「あれぇ、るな何号車とか言いましたっけ?」
「聞いてなかったから、俺は一号車からダッシュで探したんだよ」
「ふぁあ」
すごーい、一号車から走って探すじゃぱぱさんを想像した。ふふふ、おもしろい。
吹き出したら笑ってる場合じゃないんだからと怒られちゃった。
「のあさんにホームまで行ったほうがいいって言われてこっちまで行ったけど、正解だったな」
「のあさんに言われたんですか?」
「そう、るなと連絡取れないって言ったら、ホームまで行ったほうがいいってアドバイスもらってね」
でもあぶなかったぁ…じゃぱぱさんがいなかったらるな車庫にいっちゃうとこだった??
シヴァさんと会う時は(危ない時もあったけど)ちゃんと目が覚めてたし。
とにかく降りよう、とじゃぱぱさんと一緒に急いで新幹線から降りた。
「俺が迎えに行くからって脱力してたんじゃない?」
「じゃぱぱさんだからまぁいっか、とは思ってました」
「おいコラ」
わしゃわしゃと頭を撫でられ、嬉しかったってことにしといてよ、と少し拗ねた様子で言われた。
るなのキャリーケース持つから、と歩き出したじゃぱぱさんの隣を小走りでついていく。
「んでも、なんで一日早めに来たの?」
「えへへー、お誕生日のシヴァさんにサプライズするためですよ!」
「…るな、るななんか忘れてない?もう一人お誕生日の人いるじゃん??」
「…あ」
そっかすっかり忘れてた。じゃぱぱさんもお誕生日一緒だったんだ。
あー、えとえと。なんとか誤魔化そうとすると、顔に全部出てるぞと怒られてしまった。
「すみません!すっかり忘れてました!」
「はっきり言ったな!」
じゃぱぱさんの隣も落ち着くけど、シヴァさんのソレとは全く違うね。
まったくもー!でも今日は許す!だって俺が一番に会えたんだから!
なんて言いながら、じゃぱぱさんは勝ち誇った顔をしていた。
電車を乗り継ぎ、最寄駅から少しあるシェアハウスまではじゃぱぱさんがタクシーにのせてくれた。
「るなーついたよー」
「はぁい」
さくっとお会計して二人とも車から降りた。
夏に来たばかりだけど変わっていない景色にほっとする。
箱庭みたいなシェアハウス。お庭は冬だからか少し寂しいけれど、変わりなく佇んでいるのに安心した。
「ただいまぁ」
「るなー!」
「あれ?るな?明日じゃなかったの??」
玄関を開けたらえとちゃんが飛んできてくれて、後ろには目を丸くしたもふくんが立っていた。
のあさんやえとちゃん、お迎えに来てくれたじやぱぱさんには話していたけれどシヴァさんを含めた他のメンバーのみんなには言ってなかったんだ。
なんてもふくんに説明しよう、あたふたしてるとえとちゃんがニヤニヤと笑い出した。
「るなは彼氏のためのサプライズで一日前のりしたんだよ!」
「彼…?は!シヴァさんか…っ!!」
「えっ!ちょっともふくん!?」
いきなり雷に打たれたような表情をしたもふくんは、そのままがっくりと床に膝をついた。
「もふくんも結構気にしてるからサ」
「なんなの、ぴちメンてメンタルお豆腐なの?仕方ないじゃん、るなが幸せならそれでいいでしょ?」
「「うぐっ!!」」
「え、えとちゃん…」
じゃぱぱさんももふくんも、胸を抑えたと思ったらまた床に突っ伏した。
だ、大丈夫かな…
心配だけど動かない二人を廊下に残したまま、えとちゃんに手を引かれてのあさんのお部屋に向かった。
「もふくん、ちゃんと目の当たりにしないと。俺らダメだよずっとシヴァさんに意味ありげな視線送っちゃう…」
「じゃっぴもだろ、わかってるよ。わかってるのと落とし込むのとは違うんだって」
「それな」
side sv
明日は誕生日だ。
と、いうよりもやっと会える、という気持ちのが強い。
ただひとつ、懸念があるとすれば…
「どーしよクリスマスプレゼント…」
この間撮影であったのあさんとクリスマスプレゼントの話になり
「決まってない!?」
「う、そうなんだけど…」
そんな人います!?なんて割と本気で怒られた。わかってるよーでも悩みすぎていまだに決められないんだよ…
るなさんが好きそうなものはなんとなくわかるけど、店に行って買はねばならないというのが意外とハードルが高くて。
緊張するして絶対挙動不審になる…!
のあさんとえとさんに相談に乗ってもらおうかなって思ったけど、るなさんが嫌な気持ちになるかもしれないからやめといた。
「かといってなぁ、行かないわけにもいかないし」
もう泣いても笑っても今日しかない、カクゴして出かける準備をしたときにスマホがぶるぶる震えた。
なおきりさんだ。
暇ならお茶しよってきたんだけど、女子かな?
…女子…っあー!!
「もしもしなきりさんっ!?助けてっっ!!」
『えっ?えっ?何どーしたの??』
『すげぇここまで声聞こえてくる』
隣にいるのはうりなのか、奥からうりの声も聞こえてくる。
そうだ持つべきものはイケメンの友達。
藁にもすがる思いでお願いするしかなかった。
コメント
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あぁいつも通り天才的…✨ この小説のおかげで受験勉強頑張れます!!!💪
年末年始は多忙期により更新できないかもしれません🙇♀️よろしくお願いします🥺