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退院の日、病院の玄関を出ると、やわらかな春の風が頬をなでた。抱っこひもに包まれた娘は、まだ眠ったまま。
小さな鼻から規則正しい息が漏れるたびに、胸の奥がじんわりと温かくなる。
「よし、じゃあ帰ろうか。俺たちの家へ。」
亮さんが、荷物を肩に掛けながら笑った。
その声に、娘がほんの少し身じろぎをする。
まるで「聞いてるよ」と言っているみたいだった。
新しい生活は、予想以上に忙しかった。
夜中の授乳、オムツ替え、泣き声で起こされる明け方。
それでも、不思議と「大変だ」という感覚より、「愛しい」という気持ちが勝っていた。
ある夜、ミルクをあげ終えた後、娘を抱っこしてリビングへ行くと、ソファで寝落ちしている亮さんがいた。
膝には畳んだばかりの小さな服。
私に気づくと、眠そうな目で微笑んだ。
「交代するよ。君も休んで。」
そう言って娘を受け取る腕は、どんな時も優しかった。
そして、ある朝。
窓から差し込む光の中で、三人でベッドに並んでいた。
娘が小さなあくびをし、私の指を握る。
その様子を見ながら、亮さんがぽつりと言った。
「こんな時間がずっと続けばいいな。」
私は頷き、彼の肩にもたれた。
娘の温もりと、彼の体温。
二つの温かさに包まれながら、私は心の底から思った――もう何も怖くない。
この先、笑ったり泣いたりしながら、私たちは一緒に歩いていく。
三人で作る日常は、きっとどんな未来よりも愛おしい。
第3話(続編,最終章)
ー完ー