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「おかえり、勇斗」
玄関まで出迎えて出てきた上目遣いの仁人を見て、竜巻の如く仕事が駆け巡っていた脳内が落ち着きを見せた。
「ただいまー仁人〜」
解けた心と一緒に角がすっかり磨耗されて柔らかくなった甘い声と一緒に、靴を脱ぐより先に片手で引き寄せて雑にギュッとハグをした。
流れるように仁人の頭に軽く手を乗せて足だけで靴を脱いだ。
「明日午後から?」
後ろからついてくる仁人に振り向いて「そー。明後日休み」と微笑んで答えた。
…カモの親子かよ。
上着を脱いでかけているところから後ろにぴったりついてくる仁人に思わず顔を綻ばせる。
それも束の間、仁人は飽きたのかスマホを見ながら猫背を向けて、スタスタとキッチンへ去っていった。
少しだけ寒くなった背中側から声が聞こえた。
「なんか飲む?」
「えー……じゃあ、水」
「お前それカフェでやるなよ嫌われるぞ」
「なんでやると思ってんだよ」
「今の言い方かんっぜんにそれだったよ?『水ァ。』みたいな」
水の入ったグラスを二つ、ソファーの近くのテーブルに置いて指を差しながらわざと目の光を消して顎を前に出して口を縦に、雑に開いた舐め腐った顔で言った。
「そんな顔してなっ…お前まじで」
「ほんとほんとほんと、動画撮ったらまじでそのまんますぎて感動するからね?『水ァ。』って」
まさに水を得た魚のようにキャッキャして同じ顔をする仁人に飛びかかってソファに倒して乗り上げた。
「こわいこわいこわい!!!ウワーーーーーーッ!!冷たっ!!…いやダッサお前!!今ファン500人減ったぜ!?…うわ〜今の痛いでしょ勇斗!」
ソファーから落ちてその反動で揺らいだ水がグラスを飛び越えて己の顔に水しぶきを作ったこの無様なこの状況に、さらに仁人がゲラゲラ大口を開けて笑った。
1時間後にはすっかり静まり、各々の時間が過ぎていた。
不意に横を見ればたまに鼻に刺さるホワホワと柔らかい感触の髪の毛と、ぬるく放たれる温かさと、ボソッと聞こえる耳障りな独り言。
頭を乗せたところが少しずつ熱くなって、じんわりと汗をかき出してもやめる理由にはならなかった。
邪魔しちゃ悪いかと思いつつ頬で擦り寄って感じたくなる髪の感触。
意外と気づかれないのも、わかってきた。
…最初、今まで話せていたのに突然会話が続かなくなってお互いに焦りが見え隠れすることももうなくなった。
あれはあれで、最終的には笑っちゃって面白かったけど。
英語のテキストを手にぶつぶつ呟く横で仁人が腕に寄りかかってスマホを見ていた。
…もうすぐ舞台の稽古が始まるって言ってたな。
テキストをパタン、と閉じた音に仁人がちら、と見上げた。
「もういいの?」
「いいの。先に全部やっといた」
「へえー」
とっくにスマホへ目線を戻した仁人が目を見開いて関心なさげに相槌を打った。
相変わらず表情が豊かだ。
仁人の髪が乱れるのを気にせず少し首を動かして今旬のブラックとつむじの、額の白い肌のコントラストを眺めた。
人よりしっかりとした骨格の額を見下ろすことができる。
どの観光地を巡ってもここしかないだろう。
仁人がスマホを自分の横に置いて俺の膝の上に掌を放ち、そこで目線が膝へ引き戻された。
なんでもなくその手を拾いあげて親指で押して弄んだ。
ギターを触っているからか、手のひらよりも少しざらついて固くなった指先もぬるく温まっている。
「あーそこ効くー」
「凝ってますねお客さん。にしてもやわいね手が」
「今更?何回も触ってるだろ」
「うん。飽きない」
手のひらの上から重ねて柔らかい肌の沈み具合を楽しんだ。
「飽きないかー。きしょ過ぎてドン引いたわちょっと」
「やめてよ『きしょい』って…」
苦笑しながらつぶやいた。
それでもぎゅ、ぎゅと握り続ける手をじっと見つめている仁人が徐に手を持ち上げた。
重なった俺の手が目を閉じた仁人の頬の近くまで引き寄せると、今度はもちもちとした頬の感触があった。
すり、と肌が擦れる感触が手の甲から伝わり、耐性のない己の手の甲はこそばゆさを感じた。
「…なんか今日仁人甘えただね」
「ん?お前引いてる??」
「いや、可愛いよ」
素直に感じたことがするっと口から流れた。
仁人はすぐに頬に笑窪を刻むと、
「うるせえな」
と顔に見合わない火力の強い暴言を吐いてきた。
いつもどおりの返答に対して思わず吹き出すと、さっきの仕返しのように仁人の髪に顔ごと突っ込んだ。
水分量の多いリップ音のあと、仁人が目をむいてこちらを見た。
しばらく岩の如く硬直していたのを笑わずにはおれず、歯を出して破顔した。
仁人もそのうちだんだんと口角が上がり、目を細めて眉をハの字にした。
しばらく笑った仁人が「ああ」とため息をついて言った。
「勇斗ほどじゃないよ」
それを聞いて握っていた手を離して顎の下に仁人を入れ込むように胸元に押し付けるとくすぐったそうに目を細めてまた屈託のない笑顔を見せた。
コメント
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タイトルの通り、可愛い…本当に2人とも可愛い 可愛いくて、温かい2人の空気感に癒されました お互い、可愛いって思ってるの良き! 💛さんが自分のほっぺに🩷さんの手を持って行く所がツボでした 頭に映像が浮かびます 今回もとても良いお話読ませてもらってありがとうございます 明日も頑張れそうです