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――乾いた風が、頬を打った。 目を開けると、そこはどこまでも続く砂の海だった。
空は灰色がかった金色、太陽は淡く滲み、影のない世界。
リオはゆっくりと体を起こし、腕輪を確かめた。
銀の輪の表面には、焦げたような模様
――観測鍵の片割れが埋め込まれている。
姉ユナが消息を絶って一年近く…..。
クロスゲート・テクノロジーズという会社でプログラマーとして働いていたはずだった。
自分なりに調べていくうちに”クロスワールド・ゲート”の開発に関わっていたことがわかった。
頭がよく、いつも優しい姉。
この世界に来るようになって半年が経つ。
様々なところへ入った。魔術も覚えた。
(必ず見つけるよ、姉さん……。)
「……ここが、“アメ=レア”か。」
声はすぐに風に溶けていった。
砂の粒が、ざらざらと靴底にまとわりつく。
どこを見ても、人の気配はない。
あるのは、崩れかけた塔の影と、砂に半分埋まった石碑。
リオは塔の壁に手を当てた。
かすかに、脈のようなものを感じる。
「記録……まだ生きてるな。」
腕輪が小さく反応した。
青い光が走り、宙に文字が浮かび上がる。
《認証信号:欠損データの回収を開始します》
その瞬間、砂の下から何かが動いた。
――ゴソリ。
風が止まり、空気がざわつく。
リオは身を引き、腕輪の光を上げた。
砂の中から、白い影がゆっくりと立ち上がる。
人の形をしているが、顔がない。
光と砂が混ざり合ったような体。
胸のあたりに、かすれた文字が浮かぶ。
《ERROR_LOG》
「観測……亡霊……」
リオの喉が震えた。
――セラが言っていた。
記録から完全に消しきれなかった意識の残骸。
観測が途切れた者は、世界のどこかに“断片”として残る。
亡霊は、ゆっくりと顔を上げた。
耳のない頭から、低い声が響く。
「……かえ……せ……記録を……」
次の瞬間、砂が爆ぜた。
白い腕がリオの胸を貫こうと伸びる。
リオはとっさに腕輪をかざし、叫んだ。
「《観測固定(Fix)》!」
空間が一瞬止まり、光が拡散した。
しかし、亡霊はすぐに形を変え、背後に回り込む。
(くそっ……!)
砂の中から無数の手が伸び、足を掴む。
リオは転倒しかけたその瞬間――
鋭い音が空気を裂いた。
白い閃光。
亡霊の胸をまっすぐ貫く銀の線。
「……捕縛対象、無力化を確認。」
女の声だった。
砂の向こうから、白い外套をまとった長身の影が歩み出る。
腰には銀色の剣。
風が吹くたび、三つ編みにした長い髪がなびいた。
瞳は金属のように冷たく、光を跳ね返す。
リオは息をのむ。
「……アデル?」
女は剣をおさめ、砂を払った。
「久しぶりね、リオ・アーデン。」
「なんで、ここに……?」
アデルは短く息をついた。
「王国警備局から命令よ。
“記録層に異常な波動”――つまり、ここ“アメ=レア”で異変が起きている。
私が来たのは、その調査のため。」
「記録層……」
「人々の“観測記録”が積み重なってできた層よ。
本来なら、誰も入れない場所。
でも、あんたやハレルのような“転移者”が現れたせいで、境界がゆるんでいる。」
アデルの瞳が、リオの腕輪をとらえる。
「その腕輪……観測鍵の片割れね。」
「……ああ。姉さんを見つけるために必要なんだ。」
「ユナ、という名だったか。」
アデルは少しだけ表情をやわらげた。
「彼女の意識データを追跡しているの。
最新の記録では、**この迷宮の中央部――“砂の核”**にいる可能性が高い。」
「……本当か?」
「保証はない。でも、カシウスが動いているのは確か。
“記録世界プログラム”を使って、記録そのものを書き換えようとしている。」
リオは唇をかみ、砂を握った。
「……つまり、姉さんを“消そう”としてる。」
「そう。彼女を取り戻すには、先に“プログラムの核”を止めなきゃいけない。」
沈黙。
砂の海の上に、風だけが流れる。
アデルは剣の柄に手をかけ、振り返った。
「来る気、ある?」
リオは笑った。
「もちろん。もう、一人で探すのはやめる。」
アデルの口元が、ほんのわずかにゆるんだ。
「じゃあ、決まりね。観測官候補、再任――ってところかしら。」
二人の足元で、砂がさざめいた。
その下で、眠っていた亡霊たちの残響が静かに消えていく。
リオは腕輪を見下ろした。
観測鍵の欠片が淡く光り、遠くの空へ信号を放つ。
(ハレル……聞こえてるか?)
青白い光が砂の中に吸い込まれていった。