はだかになり、鏡の前で、向き合った。
そっと広坂が抱き締める。衣類を取り払った彼の体温が、ここちよい。うっとりとしながら、彼女は広坂のキスを受け入れた。
「ん……んっ」キスをしながら器用に、洗面所から風呂場へと移動する。ぱちり、と片手で広坂が電気を点けた。いつも、薄暗い部屋だからはだかになれるのに。広坂に、全部を見られるのは、恥ずかしいと思った。それでも、もうひとりの彼女が主張する。……いまさらなによ。お尻の皺まで舐められておいてあなた、お風呂でえっちしたからって、いまさらなんだっていうのよ……。
熱っぽく頬を挟み込まれ、情熱的なる彼の接吻を受け止める。――熱い。彼の唇が潤いが入り込むたびに彼女の細胞は、歓喜する。女としてより正直にあるための道を自然と選択する。
思い切って、彼女は、広坂のそこに手を伸ばしてみる。勃起、している……。それだけで彼女の性が疼いた。だが広坂に敏感な蕾をいじくられ、彼女はあえいだ。「だめ、わたし、弱いのそこ……」
すると彼女は冷たい壁に押し付けられ。両手を挙げ、絡ませた指を壁に固定されるかたちでたっぷりと、広坂の愛撫を受ける。彼らの想いを阻むものはなにもない。天変地異であってさえも。
風呂場は、やけに、響く。自分の声がいままでとは違って聞こえた。こんなにえっちな声、出してるんだ……いやらしい。当惑を追い払うかのように、広坂の行動は加速していく。熱っぽく官能的に胸の頂きを愛しこまれ、彼女は激しくあえいだ。「やぁん、だめ、それ……っ」
こんなにも早く到達してしまう自分はなんなのだろう。涙の筋を光らす頬を震わせ、彼女はエクスタシーに飲み込まれる。もう、……欲しかった。
「課、長……欲しいです」涙ながらに彼女は訴えた。「お願い。わたしのここを、いますぐ、課長のペニスで――くし刺しにして」
装着する時間がもどかしかった。そんなもの、しなくていいのにとさえ彼女は思った。
「挿れるね」
手を絡ませたまま、ぐい、ぐい、と彼の熱い太いものが入ってくる。指とは段違いの太さだった。圧倒的な熱と本物の質量に、彼女は飲み込まれそうになる――が自分を強く持った。
「やぁあっ……いっ、ちゃう……」
「もうすこし」
「ああっ……」短く叫び、彼女は動かなくなった。動けなくなった。ちょうど広坂が彼女の隠し持つ最奥の女に到達した瞬間、彼女は絶頂に導かれた。セックスで滅多に到達することのない彼女にとって、それは初めての経験だった。男に挿入された瞬間到達するだなんて。男のペニスを体内に受け入れたまま彼女の膣はびくびくと収縮する。女としての貴重な体験を味わうのは初めてだった。その感覚と興奮が彼女の秘めた愛情を、倍加させる。
「……夏妃。愛している……」広坂は、力の入らぬ彼女を支え、上半身をぴったり重ねる。「ぼくたち、いま、ひとつなんだよ……」
「……ん」そして愛の込められた接吻が注がれる。そのキスは星空のように彼女のこころを照らした。彼女の眼前に、きらめく星が瞬いた。女は宇宙。天体を支配し、子を成し、男を狂わせることの出来うる性別……。
自分を取り戻した頃合いに、彼女は、キスで自分を表現した。与えられるばかりではなく、与えるひとになりたい。広坂がずっとずっと自分のこころを照らし出してくれたように。――やがて、広坂は、激しいセックスへと移行した。強い、深い、腰使い。混乱も愛情もないまぜとなった自分のなかをかき回され、気が狂うほどの享楽に見舞われていた。自分を失う寸前の。彼女の垂らす蜜の量といったら、足首に届くほどであった。何度も何度も快楽の味を教え込まれた彼女は、キスだけで濡れるからだへと変化を遂げた。
「ゆず、る、……さん、あん、あんっ……」情交のさなか、必死に愛おしい男の名前を呼ぶ。「だめ、えっ……声、響いちゃ、うっ……」
声が切れ切れになるのは広坂の巧みなる腰使いゆえ。愛撫が巧い男は当然、セックスも上手だった。
「可愛いよ夏妃」ひしと彼女と上半身を密着させながら広坂は彼女の耳にささやく。「夏妃のえっちな声、聞くと、おれは、……変な気持ちになる」
「好き、なの、ああ……っ」彼女は必死に彼にしがみついた。「愛してるの。あなたじゃないとだめっ……」
互いに愛を叫び、到達のときを迎えた。長い長い恋人たちの夜は、始まったばかりであった。
からだじゅうに泡をぬりたくられ、背後から、敏感な乳房を撫でまわされる。そのじれじれとしたやさしい手つきが、もどかしい。興奮の余波に火照る彼女のからだは、ちょっと触れられただけで、火傷のように、快楽がせりあがる。挙げた手を彼の頭のうしろに回し、胸を見せつける体勢の彼女は、洗面所へと誘導された。
「見て……夏妃。これが、あなただよ」
鏡の中には、見たこともない女が存在していた。
頬は、薔薇色に紅潮し、目は、輝いており、白肌はしっとりと。首から下が泡まみれになっており、その一枚の絵画のような美しさに彼女は息を、飲んだ。
「ぼくがいつも見ているものを、あなたに見せたかったんだ……」背後から乳房を揉みしだく彼は、「さあ、見てごらん。おっぱいだけで、きみのことを、いかせてあげるから……どんな顔していくのか、見てて、夏妃……」
言葉通り夏妃は瞬く間に到達した。鏡に映る自分はあまりに妖艶だった。
浴槽に手をつき、お尻を突き出す体勢の彼女は、「は、やくぅ……」と乞う。待って待って、と背後から広坂の声。そう、あなたのペニスで、わたしの深い深い部分をめちゃめちゃにかき回して……そう願っていたのに。
思いもよらない感触が彼女を襲う。舐められている、それも……。
「ひゃあ、だめ、だめ、そんな、汚い……」彼女は声で抗うのだが、広坂のほうは、「でも、ここ、すごい濡れてるよ……ほら、どんどんあふれてくる」
「あぁ……」羞恥とないまぜになった快楽があふれてくる。確かに。そんなところ、と思うものの、広坂の巧みなる舌がその羞恥を追いやっていく。見えないところへと。
すると、彼は、指を、入れた。攻められると同時に愛しこまれるという事態に、彼女は悲鳴をあげた。なのに広坂は止まる気配もなく、精確に、精密に、彼女のことを、追い込んでいった。
静かなるベッドにて。いつも通り姫抱きで運ばれ、横たえられる。
静かなる泉にいるような、静謐な世界が存在する。
愛するのに、言葉など要らない。唇を重ねると広坂はやがて、彼女に挿入した。待てないのが分かっていたのだろう。風呂場での激しさを取り除いた、抑制と倫理の効いたセックスが、そこにはあった。彼女の知るセックスとは、やたら女の声がでかく、それも本当に感じているとはどう考えても思えない、嘘で塗り固められた、ご都合主義のセックスだった。男の欲望を満たすだけの。
ところが、これは違う。――広坂は、どこまでも彼女に、誠実だった。
「……好き。愛しているの。好きなの……」
「ぼくも」ゆっくり腰を揺らす広坂に委ね、胸のうちに秘めた想いを表明する。こんなセックスもあるのかと、彼女は驚きを禁じ得なかった。
広坂の息遣いでさえも、愛撫へとトランスレイトされる。耳に響く彼の気配が、ここちよい。音が反響しがちな風呂場と違って、寝室におけるセックスは、また新たなる刺激を、彼女に提供してくれる。シーツの澄んだ感触でさえも、彼女を愛撫する刺激物となる。神が与えたもうた恵みと広坂の織り成す手腕に、彼女は酔いしれていた。
「……幸せ、だね……」思いついたことを矢継ぎ早に展開した二人は、ベッドのうえで寄り添うと笑った。「わたしも……。わたし」
一拍置くと、彼女は顔を彼へと傾け、
「あなたと見た、満天の星空のこと、……忘れない。
あなたが、わたしに見せてくれたのよ……譲。
愛しているの。譲さん。あなたと出会えて、本当によかった……」
「ぼくも。――愛してる」
想いを確かめ合えた恋人たちは誰よりも無敵であった。それだけではなんの問題もないはずであるが、このとき、彼女は、自分たちにどんな障壁がそびえるのかを、考えもしなかった。
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