今回の納品はいつもより件数が少なかったので、ダグラスさんとのやり取りはすぐに終えることができた。
報酬を受け取って受付に戻ると、テレーゼさんは他のお客さんの応対をしているところだった。
そういえば、テレーゼさんが仕事してるのって、傍からはあまり見たこと無かったかも?
錬金術師ギルドは冒険者ギルドほど人が来ないから、受付には人が並ばないんだよね。
……しかしこうして見ていると、案外普通に仕事をしているものだなぁ。
私のときだけ、大声で挨拶されるのは何なんだろうか……、うぅむ。
依頼の掲示板を見ていたルークと、ちょっとした展示品を見ていたエミリアさんと合流したあと、改めてテレーゼさんに話し掛ける。
「アイナさん! 用事は済みましたか!?」
「はい。テレーゼさんはいかがですか?」
「仕事はひと段落したので大丈夫です!
そろそろ食堂に行くなら、受付を代わってもらいますね!」
「そうですね、それではお願いします。私たちは先に食堂に行ってますね」
「分かりました! すぐ行きます!」
◇ ◇ ◇ ◇ ◇
テレーゼさんと別れたあと、私たちが錬金術師ギルド内の食堂に行くと……何故かテレーゼさんが席を取っていた。
「……あ、あれ?」
「アイナさああああんっ! ここです、ここ!!」
「……私たち、テレーゼさんより先に出てきましたよね……?」
「ですよね? もしかして双子……ってわけでもないですよね?」
「いや、不思議なこともあるもので……」
三人が同じ疑問を抱えながらテレーゼさんのところに行くと、彼女は自信たっぷりに言った。
「ふふふ、驚いているようですね! これが私の特技、瞬間移動です!」
ほう……。この世界にはそんな特技もあったのか……って、絶対に違うでしょ。
応接室の隠し扉みたいな、近道になる通路があるんじゃないかなぁ……。
そんなことを考えていると、例の食堂のおばちゃんが現れた。
「あら、今日は賑やかね。
それよりテレーゼちゃん、あの扉はあんまり使わないでくれるかしら。
あそこを開けると、お野菜を戻すのが面倒なのよ」
「はわわっ、ごめんなさいっ!」
……はい、予想通りでした。
それぞれがメニューを注文したあと、とりとめのない雑談が始まった。
ルークとエミリアさんは、テレーゼさんとはあまり面識が無いからまずは自己紹介からだ。
そして料理が全員に運ばれた頃、話題は私のお屋敷のことに移っていった。
「――それで、アイナさんは工房をもらったんですよね?
噂によると、お店とお屋敷も付いてきたとか!」
「そうなんですよ。お店はまだしも、お屋敷は予想外でしたね」
「いいですね、いいですね! 今度遊びに行っても良いですか!?」
「え……?
別に良いですけど、面白いものはありませんよ?」
「面白いものをお望みですか? それじゃ、私がカードゲームでも持っていきましょう!
こう見えて私、強いんですよ。昔からそういう遊びは得意なんです!」
……カードゲームかー。
そういえばこっちの世界にきて以来、何かしらのゲームに触れたことは無かったかな。
そういう遊びを、一般常識として覚えていくのも良いかもね。
「それじゃ、来るときには是非持ってきてください。
そこら辺の人を捕まえて、みんなで遊びましょう」
「はあああい!
……って、そこら辺の人、っていうのは?」
「ルークやらエミリアさんやら、あとはうちのメイドさんやら? 今は5人いるんですよ」
「おぉ……。メイドさんもいるんですね。それに、5人も雇ってるなんて凄い!」
「アイナさーん、メイドさんを遊びに巻き込んで大丈夫なんですか?」
エミリアさんが、少し控えめな声で聞いてくる。
「た、たまには良いんじゃないでしょうか……。
ほら、接客的な意味で……」
「アイナ様、普通は一線を引くものですよ」
「ああ、そうなんだ……?
私もメイドさんを雇うのなんて、初めてだからなぁ……」
元の世界でメイドさんを雇うなんてしたら、どれだけ上流階級なんだよ……って話になっちゃうからね。
いや、今現在の私の立ち位置は、きっとそんな感じなんだろうけど。
「……あ、そう言えばアイナさん。
例の指輪ってどうなりました?」
話の途中、唐突にテレーゼさんが話題を変えてきた。
例の指輪というのは、テレーゼさんが私のお土産の宝石を入れて作った指輪のことだ。
アーティファクト錬金をするために、私が預かっていたんだよね。
そうそう、この話もしておかなきゃいけないんだった。
「ちゃんとできましたよ!
できたんですが、少し問題がありまして……」
「お、まさか壊れちゃいましたか? でも、大丈夫ですよ!」
「いやいや。ちゃんとできて、壊れてはいなくてですね……。
むしろ逆に、ちょっと良い結果になって困ったというか――」
「むむむ? どういうことですか?」
テレーゼさんは不思議そうな顔をする。
これだけの説明だと、さすがに状況は分からないか。
ひとまずアイテムボックスからテレーゼさんの指輪を出して、鑑定ウィンドウを宙に出して彼女に見せてみる。
「えっと、こういう結果になりましてね……」
──────────────────
【リング(S+級)】
手作りの指輪。サファイアがあしらわれている
※錬金効果:夢占い
※追加効果:体力が1.0%増加する
──────────────────
【夢占い】
睡眠時、正夢を見る可能性が高くなる
──────────────────
「ああ、アイナさん……。
また特別な効果を付けちゃったんですか……」
「こればかりは運ですから!」
どことなく悟った感じのエミリアさんにツッコミを返す。
リーゼさんの一件からそこまで時間が経っていないこともあり、特別な効果付きのアクセサリには……何となく、良い印象を持てないでいる。
「え、えぇ……? 特別な効果付きのものって貴重なんですよね……?
錬金術師ギルドの研修では確か、1万回に1回くらいだって聞いた覚えが……」
テレーゼさんは、指輪とウィンドウを交互に見ながら、目を白黒させている。
「テレーゼさん、大丈夫です。
アイナさんの場合、10回に1回くらいはこうなるので」
「え? エミリアさん、またまたー。いくらアイナさんが凄くても――
……って、本当に?」
エミリアさんは、静かに首を縦に振った。
「うーん、今のところは大体そんな感じですね。
でも、これは内緒の話ですからね。しーっ、ですよ」
「わ、分かりました! アイナさんの秘密を1個獲得です!
……それにしても、そんな貴重なものをもらってしまって良いのですか?」
「いやいや、元々はテレーゼさんの指輪じゃないですか。
それに私たちも何かしら持ってますし、気にしないで大丈夫ですよ!」
「やったー! 一生大切にします!!」
「……それでですね。ちょっと問題があるんですよ」
「え? 問題、ですか?」
「実は私たち、こんな感じのアクセサリを持ってることがバレて、先日襲われてしまったんです。
鑑定されると貴重なものだとバレてしまうので、できればテレーゼさんの指輪にも、情報操作の魔法を掛けたいんですよね」
「な、なるほど! でも情報操作の魔法って案外希少ですからね……。
アイナさんたちは、心当たりは無いですか?」
「1つだけあったんですが、よりにもよって、その人から奪われそうになりまして」
「ははぁ……、大変な目に遭ったんですね……。
うーん……。そうですねぇ、心当たり……。1つはあるような、ないような……」
「え? 誰か使える人を知っているんですか?」
「多分使えると思うんですけど……。
何と言ってもその子、魔法の天才ですから!」
「へぇ……。どういう方です?」
「はい、私の幼馴染なんです!
魔法の天才すぎて、何年か前に王城に召し抱えられていったんですよ!」
「おぉ、それは凄い……!」
「……でもそれから、ずっと見ていないんです。
ちょっと特徴的な子でしたし、何かあったのかなぁ……」
「特徴的?」
「はい。
……えーっと、ここだけの内緒話でお願いしたいんですが」
テレーゼさんは、彼女にしては珍しく、周囲を気にした様子で言い始めた。
「はい。私のアーティファクト錬金の話もしたので、お互い内緒ということですね」
「あはは、そうですね!
えぇっと、その子は二重人格でして、扱いに少しコツが要るんです」
「へ……? 二重人格……?」
……二重人格だなんて、創作物では目にするものの、私は今までに会ったことはない。
いることは普通に信じているけど、身近にいるとはなかなか想像が出来ない……というか。
「どっちも良い子なんですよ! 周りからは気味悪がられていましたけど……。
あと、両親に支度金が支払われてから……少し曲がっちゃった、っていうか……」
「えぇっと、ちょっと悪い言い方をすると……。
『売られた』……みたいに、思われたとか……?」
「はい……。うーん……、アイナさんって王族の方と交流があるんでしたっけ?
もし機会があれば、こっそり噂でも聞き出してもらえませんか……?」
「聞き出せるかは分かりませんけど……そうですね、私もちょっと興味があります。
その方のお名前を教えて頂けますか?」
「はい。その子はシェリルちゃん……。えっと、シェリル・ヴィオラ・ブリストルっていう名前です。
大人しい方がシェリルちゃん、元気な方がヴィオラちゃん、です」
「ああ、そういう呼び分けなんですね」
「私とバーバラちゃんには、そう呼ぶように言ってました。
他の人はみんな、どちらに対してもシェリルちゃんの名前で呼んでいましたけど……」
「うん、分かりました。機会があれば聞いてみますね。
何か分かったらお知らせしますので」
「はい、是非お願いします! ……あ、もうこんな時間!?
すいませーん、私そろそろ戻らないと!」
「時間が経つのは早いですね、そろそろ私たちも帰らないと。
またそのうち、ご一緒しましょうね」
「ありがとうございます!
アイナさんの家に遊びに行く約束も忘れませんので!」
「あー……そうでした、そうでした。
それじゃ、そのうちお誘いしますね」
そんなこんなで昼食も終わって、私たちは早々にお屋敷に戻ることにした。
ちなみにテレーゼさんの指輪は、家から持ち出さないでしっかりしまっておくことにするそうだ。
でも、普通に使えるようにもしたいから、テレーゼさんの幼馴染……シェリルさんのことも調べてみようかな。
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