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翌日、『血塗られた戦旗』が総攻撃を企図していることを工作員から知らされた『暁』は、臨戦態勢に移行する。
『黄昏』からの人の出入りを完全に遮断。非戦闘員や民間人はいつでもシェルターへ避難できるように準備をさせた。
と、同時にマーガレット経由で注文していた追加の弾薬を満載した輸送船がシェルドハーフェン港湾エリアに到着。
充分な数の弾薬を備蓄して総攻撃に備えることが出来た。
「問題は敵の手に渡った『ライデン社』の新型砲ですな。対策を講じなければ、一方的な戦いとなるでしょう」
館にある会議室では、テーブルに周辺を細かく描いた地図を広げ、マクベスを中心に戦闘部隊幹部連とシャーリィによる会議が行われていた。
「例の大砲ですか。マクベスさん、対策は?」
「反撃手段が無い以上、砲兵陣地を強襲する他ありません」
「では場所ですが」
「はっ、マークス」
マクベスに促されて、刈り上げの中年男。砲兵隊を指揮するマークス=ガークが発言する。
「恐らくこの位置に砲兵陣地を築くものと思われます」
彼が指差したのは、『黄昏』から東へニキロの位置にある高台であった。
「根拠は?マークスさん」
「私ならそうします。此処からならば、遮蔽物などを一切気にすることなく砲撃できます。更に視界も良好で、『黄昏』のどの位置も自由に狙えます。逆にここ以外ならば、敵は長射程の利を活かすことが出来ないでしょう」
『ラドン平原』は地形の起伏が激しい場所が随所にあり、見晴らしの良い土地とは言えない。
「マークスさんの想定は最悪の場所ですか。ならば備えるべきですね」
シャーリィの言葉に意見するものが居た。歩兵隊を指揮するダン=マッケンである。ロン毛のイケオジだ。
「お嬢様、現在我が歩兵隊は二百に届くかどうかの人員しか居ません。敵の攻撃が一ヶ所だとしても、各方面への備え必須。となれば、正面戦力は百五十が限界。強襲部隊を編成することは不可能です」
「ふむ」
兵力不足から強襲作戦に異を唱えるダン。そんな彼に解決案を提示したのは、戦車隊を率いるハインツ=ギュースである。
「ならばその作戦、我が戦車隊にお任せを。我々ならば、万が一マークス殿の推測が外れたとしても素早く移動することが可能です」
「だが、それだと敵戦車に対する備えはどうするのだ?貴官らが抜ければ対処が難しい」
マクベスが難色を示す。
「総司令官、お嬢様より提供された資料を見る限り敵戦車に我々のマークIVで対峙するのは圧倒的に不利です。相手は小回りが利きます。むしろここは砲兵隊による攻撃を推奨したいのです」
「我々が?」
マークスが意外そうな表情を浮かべ、そしてレイミから近代戦術論を学んでいるシャーリィはなにかに気付く。
「砲兵弾幕、ですか?」
「お嬢様、それは?」
「敵の進路上へ絶え間なく砲撃を加えて敵の進軍速度を落とす戦術です。特に歩兵に対して有効です」
「そうです。マークス殿の砲兵隊が絶え間ない砲撃で敵戦車を足止め無いし破壊してくだされば良い。我々は敵砲兵を叩き潰して速やかに反転。敵側面を強襲します」
「だが、敵戦車に対する有効打と言えるかどうか。動き回る戦車に直撃させるなど至難の技だぞ」
迷いを見せるマークスに対して、シャーリィが発言する。
「いざとなれば私が何とかします」
「「「お嬢様!?」」」
一斉にシャーリィを見る一同。
「先ずは敵の大砲を潰す。そして戦車も何とかすれば、勝機はあります。狙うは傭兵王の首のみ。秘密兵器を潰されたとなれば、彼を先頭に突っ込むしかありませんからね」
「その様に仕向けたのはお嬢様では?」
ハインツが困ったような笑みを浮かべる。
「勝つためには手段を選びません。ダンさん、用意は?」
「特に腕の良いものを狙撃班として編成しております。その時は確実に傭兵王を仕留め、お嬢様に勝利を献上して御覧に入れます」
「皆さん功を焦らないように。命と引き換えに、なんてことをされても私は嬉しくありませんからね」
「承知しております、お嬢様。お任せを」
詳細を詰めて作戦会議は終了。戦車隊は密かに『黄昏』の町を出て東へと向かう。
マクベスは敵の攻撃方向を西と想定し、マークス、ダンは砲兵隊と歩兵隊の主力を西部陣地に集めて更なる陣地構築に邁進する。
この作戦を伝え聞いたマナミアは、『黄昏』の東に大砲を設置する絶好の場所があるとの噂を流すように指示を加えた。
「主様?私に命じてくれれば、傭兵王の首くらい簡単に手に入れてくるわよ?」
「貴女の存在を出来るだけ秘匿しておきたいんです、マナミアさん。マリアの耳に入ったら面倒なことになりますから」
「魔王の生まれ変わりね?確かに面倒なことになるわねぇ」
普段は隠している翼を撫でつつ、マナミアは肩を竦める。
神の尖兵として勇者側につき魔族を殺し回った天使族は憎悪の対象。その生き残りがシャーリィの側に居ると知れば、マリアも何らかのアクションを起こすはず。
「気に入りませんが、極力彼女を敵に回したくはないので」
魂レベルで相容れない二人は、先の獣王との戦いで互いの実力を垣間見て、出来れば争いたくないと双方距離を取っている。
マリアもシャーリィを刺激しないように『黄昏』での活動を控えている。極力互いに干渉しないように動いているが、これは後に『闇鴉』の策略によって破綻する。
そんな未来を知るよしもないシャーリィは、目の前の問題に注力する。
「それよりも『血塗られた戦旗』です。彼らを撃退した後は、領邦軍が待ち受けていますからね」
「妹様を派遣したのはその為?」
「はい、予定通りなら間に合うはずです」
「貴族様との関わりが増えることになるわね」
「出来ればもう少し力を蓄えてからと考えていましたが、儘ならないものです。この世界は意地悪ですからね」
「ふふっ、そうね。その力も主様からすれば有り難い反面迷惑かしら?」
「お陰さまで『聖光教会』に目をつけられる羽目となりました」
シャーリィの力について『聖光教会』はまだ把握していない。その影響力を考えてマリアが報告していないのだが、それもいつまで持つかと言う状況。
「頑張って、主様。裏工作は任せなさい」
「マナミアさんも無理をしないように。貴女の本当の出番はまだまだ先ですからね」
万が一マリアと決別して敵対関係となった場合、マナミアの存在は切り札となる。
なによりも厄介な存在を思い憂鬱になりながら、シャーリィは近日中に起きる決戦に向けて意識を切り替えるのだった。