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その駅で降りた先には小学校があって。
ちょうど五年生が始まった教室に転校生が来るんだ。
え、過去形にしろって?
わかったよ、転校生がきた。これでいい?
名前は……Kにしようか。
作り話だから、名前とかないんだよ。
だから、ひとまずKってことにしとく。
さて、クラス替えの直後はみんな緊張するものだけど、Kの緊張は尋常じゃなかった。
覚悟と期待みたいなものが滲んでいて、この時点でちょっと浮いていたんだけど、転校生として挨拶をする時に完全に浮いた。
Kは特殊な事情で学校に通えなかったらしい。
だからひとりだけ小学校低学年向けの勉強をすることになるのだそうだ。
だからといって仲間はずれにしないように。なんてことを言っていた。
好奇の目がKに向いたよ。
特殊な事情って何? なんで学校に通わなかったの?
聞いてはいけないとわかっていても、皆こっそり聞きたがる。
でも、Kは答えなかった。
クラスメイトのうちの何人かは、なんだよあいつとぼやいていたけれど。今思えば、あれは正解だったな。
わたしも実際に何があったかは知らないのだけど、誰かに話せばネタにされて、もっとひどいことになっただろう。
もっとひどいことになったのはなんて言ったけれど、普通にひどいことにはなっていたよ。
当たり前だよね。
だって、普通じゃないもの。
五年生なのに三年生用のテキストを開いて、授業は聞かずに黙々と先生から出された宿題をこなしていくところをみたら。やんちゃな男子じゃなくたって、いじめたくなる。
だから、わたしが守った。
近づく者に噛みついて、何かされればやり返し。
先生に告げ口し、狼藉者は終わりの会で学級裁判にかけた。
勉強を教えると喜んでくれてさ。ああ、思い出してきた。あんまり喜んでくれるから、わたしも楽しくなっちゃったんだ。
わたし自身、大して頭がいいほうではなかったから。わたしが覚えたことが誰かの役に立てるなんて思ってもいなかったんだよね。
わたしよりもダメで、弱そうな子がいる。
そんなの初めてだった。
誰よりも何よりも弱いKを助けて、守ってあげるのはとても楽しかった。なんだか自分がとても強くて高潔な人間になったような気がするんだ。
先生にも褒めてもらえるし。Kにも感謝される。
父さんなんて「偉いぞ、正義の味方だな」ってケーキを買ってくれることもあった。
Kはね、わたしの後ろをついてくるんだ。
道に迷ったら大変だから。
Kがおかしなことをしたら、わたしが説明してあげるんだ。
みんなはKの事情を知らないから。
わからないことがあったら、わたしが教えてあげるんだ。
なんせ、わたしはKの何年も先を行っている。Kがわからないことも、わたしならだいたいわかるから。
そうだ。わたしはKのことが大好きだったんだ。
誰よりも、何よりも弱いから。
弱くて、可愛そうだから。
愚かだよね。
そんなだからある日、Kに怒られた。
「勝手に人に話したり、怒ったり、謝ったりしないで。それはわたしがやることだから。」
だったかな、思い出すと胸が痛いよ。
なんていうか、芯が強い子だったんだよね。とても賢い子だった。
でも、当時のわたしには意味がわからなかった。
たくさん守ってあげたのに、なんでって思った。
その上、別の中学に行くって言うんだ。
この前までかけ算九九もできなかったのに、中高一貫校の試験を受けたいなんて、普通に考えて無理だもの。
だって、すごく頭良い人が行くところだ。わたしだって合格できないとこだよ。
どうせ落ちて傷つくって決まっているのに、Kは行くって言うんだ。
その為に勉強を教えてって。
教えてくれないなら、別の人に頼むって。
でも、そんなのずるいよ。
ずっと一緒にいられると思ったのに、わたしたち離ればなれになるじゃん。
なんで悲しい思いをするために頑張らなきゃならないの?
なんで? わたしのこと嫌いになったの?
笑っちゃうよね。
わたしはKを大切にしているようで、自分の為に利用していたんだ。
ちなみにKは物凄い勢いで勉強の遅れを取り戻して、無事に埼玉の中高一貫校に合格した。
わたしも同じとこ受けたけど落ちたよ。物凄く悔しかった。
さて、本題はここからでね。
埼玉にある中高一貫校に落ちたわたしは地元の中学へ進学したんだ。
一年目は普通の学生生活を送れたんだけど。二年目がひどかった。
猛烈にいじめられたんだ。
なんかとてもどうでもいいことで詰なじられたり、体育の時にハブられたり、トイレで水をかけられたりした。
始まりはとても些細なことだったんだけど、もう覚えていない。
あ、主犯格だった奴の名前は死んでも忘れないよ。水沢、あの女は末代まで祟る、呪われてしまえ。
あの女はわたしに自殺を強要したからな。
しかも、あれがきっかけになってクラスでカッター送りつけて「自殺しろ」って詰るのが流行ったし。元はと言えば全部あいつのせいだ。ふざけんな。
そしてもう一人、絶対に許せないのはわたしの父親だ。
あいつは……あいつだけは許さない。水沢は呪われて苦しむだけ苦しんだら許してやってもいいけれど、父さんだけは永遠に許さない。
え、父さんが何をしたかだって?
あいつは、わたしから逃げ場を奪ったんだ。