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# こんな 永遠 なんて
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#闇投稿
Episode.7
湯船に満たされたお湯は、少しぬるくなっていた。
あんなに凄惨な夜を過ごし、心身ともに底まで突き落とされたはずの男は、今は嘘のように静かだった。湯船の縁に顎を乗せ、お湯に顔の半分を沈めて、じっと一点を見つめている。濡れた髪が額に張り付き、心なしか以前よりも頬がこけ、無防備な少年のようにも見えた。
男は呼吸をするたびに、水面に小さな波紋を広げている。その姿は、狂気を纏っていた昨晩の面影がどこかへ消え失せ、まるで水底に沈んだ忘れ物のように、ひどく儚く、そして奇妙なことに「少し可愛い」とさえ思えるほど無垢だった。
浴室の入り口では、ゴールディがその様子をじっと眺めていた。
トリミングで施された毒々しいグラデーションの毛は、まだ所々に残っている。けれど、今の彼の視線には、かつて感じた男への恐怖や困惑は混じっていない。ただ、この壊れやすい「かつての家族」が、またどこかへ消えてしまわないようにと、見守るだけの静かな眼差しがある。
ゴールディは、濡れた床に腹をつけ、前足を器用に揃えて座り込んだ。男の吐息に合わせて、自分の鼻先をぴくりと動かす。
「……ん」
男が小さく鼻を鳴らした。お湯が揺れ、男の濡れた睫毛がふるりと震える。彼は意識が半分、別の世界に浮いているのか、虚ろな瞳で天井を眺めたまま、小さく「ふふっ」と何かの記憶をなぞるように笑った。
その表情は、かつて公園でゴールディと遊んでいた頃の、何の疑いも知らなかったあの青年の笑顔に、ほんの一瞬だけ重なった。
ゴールディは、その光景を逃さないように、そっと首を傾げた。スタッズの付いた首輪はもう外れている。男が自分を傷つけるために用意した道具は一つもない。今、この小さな浴室の中だけは、狂った世界から切り離された、穏やかな時間が流れていた。
男が顔を上げ、しずくを滴らせながらこちらを向く。焦点の定まらない瞳と、ゴールディの深い茶色の瞳が重なる。
「……ゴールディー」
掠れた声で名前を呼ばれ、ゴールディはゆっくりと立ち上がった。一歩ずつ、慎重にタイルの上を歩き、湯船の縁に前足をかける。男の濡れた手は、ゴールディの大きな頭に触れようとして、空中で止まった。その手は細かく震えていた。
ゴールディは、あえて自分からその震える掌に、そっと鼻先を押し当てた。男の指先から伝わるのは、お湯の温かさと、微かな生命の鼓動。男は小さく息を吸い込み、そのままゴールディの毛並みに額を預けて、小さく目を閉じた。
浴室のタイルに反響する静かな水音。かつての主と、それを守る大型犬。二人の間には、言葉も狂気も介入しない、ただ深い、静寂だけがあった。
コメント
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第5話、読み終えました……。 昨夜の狂気から打って変わって、湯船に浮かぶ男の無防備な儚さが切なくて。ゴールディが震える手に鼻先を押し当てるシーン、涙が出そうになりました。波紋ひとつでこんなに優しい時間が流れるんだなって。タイトル「波紋想」がじんわり沁みました。 静かに守るゴールディの目線に、私も一緒に見守っていたい気持ちになりました。