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「彰人」
「ん?」
放課後、神山高校の屋上に東雲彰人と青柳冬弥は居た。夕日が二人の顔をオレンジ色に染める。
二人は屋上のフェンスに体を預けて、校舎の周りに建つそれぞれ高さの異なるビルと、夕日を眺めていた。
「もうやりたい事は無いか?」
「あぁ。やりたい事は全部やった。何も後悔することは無い」
そう告げてからフェンスから顔を乗り出し、下を見る。
──やっぱり、ここは高い。けど、安心する。
彰人は軽く微笑んで、安堵の表情を浮かべた。
それを見た冬弥が寄ってきて、彰人の肩に頭を載せた。何だか懐かしくて、切ないような。
あの日を思い出す。
夕方、二人だけで初めて遠出をした時の帰りの電車。車内は仕事・学校帰りのサラリーマンや学生でいっぱいだった。
ドアにいちばん近い席に座って、一日にあったことを振り返っていると──
「すぅ……」
「ん?あれ、冬弥?」
肩に温もりと重みを感じると思えば冬弥が自分の肩に頭を載せてすやすやと、可愛げな寝息をたてて寝ていた。
確かに今日は沢山歩いて移動したから疲れたのだろう。
「ふはっ、何だ。寝てんのか」
《次は△△、△△です。お降りの方は──》
「あ、次か。······冬弥、冬弥」
降りる駅になって、しっかりと夢の中に居る冬弥の体を揺さぶる。
それでも冬弥は起きない。
皆降りてすっからかんになった車両をきょろきょろと不審な仕草で見渡して、仕方なく冬弥をおぶって降りる。
「おわ、何だよ」
けらけらと笑いながら横目で冬弥を見る。
「高すぎて怖くなったか?」
「いや、違う。確かに高い所は苦手だ。でも、今はそうじゃない」
「何だ?」
「昔の事を思い出していた。最期まで大切な思い出は持っていきたい」
随分と冬弥らしいことを言うものだ。
彰人は、自分へ対する冬弥の気持ちを何となく察して、冬弥の頭をくしゃ、と撫でる。
「わ、彰人……髪がぐちゃぐちゃだ」
「いいじゃねぇか。最期くらい触らせてくれよ」
最期に触れるのは、傍に居たいのは冬弥が良いと決めていた。
それは冬弥自身も同じ気持ちだ。
冬弥だって、最期は彰人と共に居たいと思っている。
“愛しているから”、とか、“大好きだから”ではない。
最高の相棒だから。
来世で生まれ変わっても、こんな相棒はお互い冬弥・彰人だけだ。これ以上の相棒は現れない。
「彰人は暖かいんだな」
「そりゃあ、生きてるからな」
そう告げると、彰人は「あっ」と声を漏らした。
「どうした?彰人」
「もう一日もしないうちに冷たくなっちまうか」
肌の色も、体温も、全て白く、冷たくなる。
けど──
「彰人への愛は……いや、何でもない」
「はは、んだよ」
彰人の肩から冬弥の頭が離れる。
肩に残った温もりを、風が奪い去って、寂寥感が増す。
「そろそろ逝こうか」
「あぁ。だな」
フェンスに足を掛けて超える。極僅かな面積に立って、フェンスをしっかりと掴んだ。
一度きりの人生。
最後に見る見慣れた景色を、相棒と一緒に眺める。
幸せでしかない。
「彰人、手を繋ぎたい」
「ん。良いぜ。絶対離すなよ」
「あぁ。ありがとう」
がっちりとお互い指を絡めて、もう離れない。
「冬弥」
「ん?」
「愛してる」
「……!!ははっ、俺も。彰人を宇宙でいちばん愛してる」
「「また会おうな」」
地から足が離れて、もう、どこにも届かない。
二人とも意識はもう無い。
だんだんと地面が迫って、迫って──
鮮血が地をじわじわと赤く染めていく。
痛みも何も、感じない。
《*神山高校で男子高校生二名 死亡*》
「昨日午後六時、██市の神山高校で16歳の男子高校生ら二人が死亡しているのが見つかりました。」
「警察は、飛び降り自殺とみて、捜査を進めています」