焼殺 15話
「犯人の目星は?」
「多少はついておりますが、やはり決定打に欠けている点は否めない状況であります。被害者が増えていく一方なのに、このままじゃお父様のような立派な警官には……」
今、雪菜と源治は警察署で「坂ノ束大学連続失踪事件」について話していた。
聞き込み調査も進み、段々と容疑者が絞り込めてきているが、依然として明確にはなっていない。
「一度整理してみませんか?」
「えっと、候補は5人、だったよね」
「はい。まず一人目が大学の清掃員の小塚氏。彼は大島さんの殺害と、七井さんの殺害以外にはアリバイ的に関わる事ができます」
「まあかなり怪しいけど、聞き込み調査だと独り身でアリバイもコンビニに居た、とかで協力者がいる感じじゃないよね」
「今回の犯行は、最低でも二人、多くて10人前後のグループでの犯行でないと行うのは困難でしょう。ましてや、小塚氏は61才。年齢的にも犯行は厳しいという結論であります」
「二人目はどうだっけ。木下さん」
「木下氏は小塚氏と対称的に、年齢が若く、交友も幅広い人でしたね。それに坂ノ束大学の学生でもあります」
「でもあれだっけ。アリバイがあるみたいな」
「そうです、彼女は最初の四人が失踪または殺害されている最中、旅行に向かっていて、その後もそれ関連でバタバタしていたようなので」
「犯行はあんま出来なさそう。っていう結論だよね」
「そうであります!では三人目に移りますか」
「近隣住民の小野寺氏。彼は近くの病院の医者で、犯行時刻はちょうど帰宅途中に重なっています」
「普通に考えたらこの人だよね。聞き込みでも、最近仕事にミスが多いとか聞いたしさ」
「アリバイもある日は少ないですが……」
「あの事故でしょ?」
「はい、鳥之瀬交差点で、自転車とトラックが衝突した事故でありますね。これで小野寺氏は亡くなってしまいました」
「犯人だったかくらい分かっても良かったのにね」
「……それに決定的な証拠はありませんし。現状、小野寺氏ではなかったとして考えるしかありません」
「ね、じゃあ四人目ーー」
雪菜はここまで言って気付いた。
今、候補は2択まで絞れている。
残りの四人目もしくは五人目だ。
しかし、その四人目っていうのが、
雪菜の彼氏の東本、そして五人目が紅上なのだ。
なんでここまで絞れているのかはよくわからないが、坂ノ束大学付近は団地がたくさん建っており、住民がとても多かったのが原因だろう。
それに、雪菜達が中心とはいえ警察側の人員も増え、調査がかなり進展した。
雪菜が東本から告白されたのは昨日。
情報を隠す時間なんて雪菜にはなかった。
雪菜は東本からの告白で全てを知っている。
この事件は紅上の犯行で、大島の殺害のみ東本の犯行。
そして、驚くべきことに、この一連の事件の黒幕は東本で、彼の命令で紅上が動いていたらしい。
言われてみれば、大島殺害の時だけ証拠が残っていたり、明確に「殺害された」と分かったりと、かなりガバガバだった。
この事件を中心に推理が進んできたといっても過言じゃない。
じゃあ結局雪菜はどうするべきなのか?
あまり長考していても怪しまれるが、雪菜は今後の動きをよく考えてみることにした。
まず、前提として、東本も紅上も真犯人なので、どちらでも正解になる。ので、源治がどちらを犯人だと言ってこようが事実だ。
そして、雪菜が守りたいのはあくまで東本。
なぜ雪菜がここまで東本を守りたいと思えるのか?それはわからない。
雪菜が警察官になったのはお金のためだ。
だから、さっさと東本を犯人とすれば昇進間違いなしで、給料もガッポガッポだろう。
しかし、それでも雪菜は、お金と東本を天秤にかけると東本の方に傾く。
どうして?そんなこと分からなくていい。なぜかそう思える。
だって雪菜は、
お金よりも、仕事よりも、何よりも、
大切なものを見つけてしまったのだ。
ただ、理由なんてそれだけでよかった。
そのため、東本が犯人となるのは避けたい。が、仮に紅上を犯人として、彼を捕まえたらどうなる?
きっと彼は東本を引き合いに出すのではないか?
そうなれば東本逮捕は免れない。
だが、だからって東本が犯人ですって言うのもおかしい話だ。
雪菜はどうすればいいのか?これはかなり難しい。
ただ、ここは紅上を逮捕して、東本が引き合いに出されない可能性に懸けるしかない。
明らかに可能性は低い。しかし、100%ありえないわけじゃない。
それに、「犯罪者の言うことなんて聞くか」みたいなスタンスで来てくれれば平気。
そもそも源治が紅上説を推してくれればいいんだ。殺してる数は紅上のが多い。いける。
「うーむ……考えてはみましたが、やはりこの2択は難しいでありますね……崎野警部補の考えもお聞かせ願いたいであります!」
とりあえず長考を疑われなかった。彼も考えてたみたいだ。第一関門クリア。
しかしまだ問題はある。雪菜から意見を言わないといけないらしい。
ここはもう紅上説を出してみよう。
「え、うーん……私もよくわかんない。でもどちらかと言えば紅上のが怪しくない?」
「それは同感であります!紅上氏は東本氏と対称的に交友関係が狭い人物ですから、情報は少ないですが、その分アリバイの面から考えて犯行可能な事件が大多数であります!それに、警察に一瞬掛かってきた電話が丁度アリバイがない時間でしたし」
雪菜はそっと胸を撫で下ろす。
源治は紅上派らしい。
これなら東本を守れる。
しかし、その安心も長くは続かない。
「……しかし。私は、候補に上がっている人物を、単独で精査する必要はないのではと思っております」
「どういうこと?」
「つまり、私は、紅上氏と東本氏が二人で事件を起こしていると考えているであります」
「え?」
雪菜の中の、何かが壊れていく。
一つ一つが壊れていくのではなく、一回の大きな衝撃で、ダイアモンドのように屈強な安心感が、
一瞬にして崩れたのだ。
「なっ……なんで?」
雪菜は半分泣きそうな声で尋ねる。
「根拠は大きく分けて三つあります。まず1つ目、アリバイについてです。東本氏のアリバイは、大島さん殺害の日、森村さん殺害の日、七井さん殺害の日以外はあります。一方、紅上氏はすべての日にアリバイがありません。つまり、東本氏が大島さんを殺し、紅上氏がそれ以外の人間の殺害を行っていたのでは?と考えたのです」
「……なんで大島さんだけ東本が殺すの?」
「二つ目の根拠。大島さん殺害事件のおかしな点についてです。これまでの事件は、死体が発見されなかったことからも『殆ど殺人なのに断定できない』状況が続いていました。しかし、大島さん殺害では血痕が残っていたり、抵抗の跡があったりと『明確に殺人と分かる』状況でした。大島さん殺害は、唯一明らかに計画性のない殺害でした。きっと急に殺すことになったのでは?」
「でっ……でもさ。田中さん殺害はどうなの?あれも警察に電話来たりとか死体とかで絶対計画性ないじゃん」
「それも一理ありますが、あの事件には血痕がなかった。つまり、拭き取る程の時間があった、ということでは。大島さん殺害は血痕が残っていたので、拭き取る時間すらない程焦っていた、もしくは慣れていないのかなと考えたのです。仮に紅上氏が大島さん以外を殺したとすると、件数は相当ですから、殺人に慣れてきていて、焦っていたとしても血痕くらいは拭き取る、それが田中さん殺害に現れています。実際あそこまで証拠残されたら『残りは俺が殺す』ってなりそうじゃないですか?」
「……だいぶこじつけじゃない?」
「それは否めません。しかし、全て紅上が殺していたら大島さん殺害は明らかにおかしいというのは、先程の話で分かってくれたかと」
まずい。非常にまずい。
このままだと二人とも逮捕のバッドエンドになる。
なんとかして論破しないといけない。
しかしターニングポイントが全くない。
実際、今源治が言ったことは細部は違うものの着地点は正しい。
少しでも事実から逸らせれば、後は未来の私がなんとかする。
……いや、そうだ。”逆転の発想”をするんだ。
二人から減らすんじゃない。増やせばいい。
「……やっぱり、田中さん殺害が引っ掛かってんだよね。これまでの事件と明らかに違うし、大島さん殺害ともなんか違う」
「それは同感であります。今の私の意見は田中さん殺害が障壁ですから」
「うん。だって田中さん殺害は今までのと違って死体が回収できたし、現場見てる人もいたし。もし紅上が殺人のエキスパートだって言うんなら、東本よりやらかしてるというか……不自然だよ、やっぱ。現場見た人も失踪してる。ワンチャン殺されたのかな」
「……ですね。仮に失踪をAタイプとすると、大島さん殺害はBタイプ、田中さん殺害はCタイプのような気がするであります」
「うん。それで私はさ、Aタイプは紅上、Bタイプは東本っていうのはいいと思うんだけど、Cタイプは紅上じゃないと思う」
「となると、誰が容疑者となるのですか?」
「私の予想だと、小野寺さん」
「理由をお聞かせ願えますか?」
「小野寺さんが亡くなった事故は7月22日。田中さん殺害はおそらく7月21日。田中さん殺害の時点だと小野寺さんは生きてる」
「しかし……小野寺氏は7月21日急患が入って夜中も病院内に居たのでは?犯行は不可能という結論だったのでは」
「21日は、でしょ?22日はどう?」
「……?22日は小野寺氏が亡くなる日では」
「22日の何時に亡くなったの?」
「19時頃とお聞きしていますが……もしやその前ならと?」
「うん。最低でも松崎さんの失踪……というか殺害は出来そうじゃない?」
「ですが……私達が追っているのは田中さん殺害であります故……」
「もし、仮に小野寺さんが松崎さんを殺したんなら、田中さんも殺しそうじゃない?二人はいつも一緒にいるわけだし」
「……そうか。田中さんの死体の詳しい分析を行う前に死体を盗まれたのでした。だから7月21日の何時に殺されたかまで分からなかったと」
「うん、小野寺さんは21日の午前、頭痛で出勤しなかったんだって。だから仮に田中さんが午前に死んでたら殺害可能。どう?」
「一理ありますが、やはり賭けになるのですね」
「やっぱムズいよ」
「しかし、両者の主張は一貫して紅上氏と東本氏が殺害を行っていると」
やはりこうなるのは防げなかった。なぜなら事実だからだ。
しかし、雪菜はなんとか事実から逸らした。
現状、ここからどうなるか分からないが、この行動がいつか実を結ぶと信じて。
全ては東本のためだ。
「もしまた殺害が起きる場合は紅上氏が殺すのでしょうね」
「まあエキスパートだし」
「なので、暫く紅上氏の自宅周辺、坂ノ束大学、一応東本氏の自宅周辺を張っておきたいのですが」
「警部の話だと2週間までだっけ」
「……ですが2週間ほど殺人が起きなかったこともありますし……やはり3週間は欲しいであります」
「え、でも警部だよ、上司だよ?逆らっちゃだめでしょ」
「しかし、確実に紅上氏を仕留めるにはスパンが必要です。相手側もそろそろバレていると気付いているでしょう。私は確実に犯人を仕留めます。例え地位が落ちようと、それが私の大切な使命なのです」
使命。源治はそう言った。
雪菜が東本を守りたいのも、一種の使命かもしれない。
そう、雪菜にとっての東本が、源治にとって「犯人を仕留めること」だったという、ただそれだけ。
警察と犯人は相反する存在であり、争わなければならない存在であり。
しかし、それを破ってなお守りたい大切な人がいる。
上司の話は当然絶対で、それを破れば厳罰があり、失敗は絶対に許されず許せない。
しかし、それを承知してなお倒したい巨悪がある。
お互いに譲れない。勝負は3週間で決着がつく。
「ん、お互いに頑張ろう」
「はい!必ず悪を滅しましょう!」
相反する存在と相成った二人は、固い握手で決闘を誓った。
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