コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
スマホ片手に、住宅街を彷徨う。
「ここが、彼の…」
思わず息を飲み込んでしまい、喉が詰まる。
カラカラと転がしたスーツケースが太陽を反射させた。
ネットで見つけた情報だけを頼りに、僕の推し… “ ころん ” さんの家を探す。
こんなことしてはいけない。
そう薄々感じ取ってはいたが、本能とやらでもみ消す。
沢山並んだ家を通り抜けた先にある、ころんさんの家。
その場所まで行けば、確かにころんさんの苗字が表記された表札が。
「まぁ、こんなのデタラメだよね…」
僕があまりにも焦りすぎたせいか、今はまだ朝方。
そういえばころんさんは、大抵この時間におはツイをしている。
今日はゴミ出しの日。
…ここで待ってたら、ころんさんはゴミを捨てにくるのかもしれない。
所謂、待ち伏せというやつだ。
住所を特定してここに現れる。それすらもが害悪と捉えられてしまうのに、僕はさらにいけないことをしている。
今の僕には背徳感と後悔が溢れていた。
「あ、おはようございます」
中々見慣れない顔ですね、引っ越しですか。
そう声をかけてきた、僕の推し。
ほんとだったんだ––––
冷や汗と共に、感動で零れそうになる涙を抑えて返事を送る。
「実は今度ここら辺に引っ越ししようかなとか思ってまして。何かいい所ありますかね、」
明らかに可笑しくなってしまったが、さすがは彼。
「そうなんですね、あ、僕の家の隣とかどうです?今ちょうど部屋空いてるらしいので…」
思わぬファンサに、今にもマウントを取りたくなってしまいたくなる。
物凄くナチュラルにお隣さんを推奨してくるころんさんを独り占めしたいな、とも思ってしまった。
今後ここら辺に引っ越してきた人たちは、彼にきっと惚れてしまうだろう。
そんな想像が、嫌になってしまった。
数日後。
引越しの手続きを済ませて、明日からはあの場所で新生活を始める。
楽しみだという気持ちと、不安だという気持ち。半々だ。
「はあ、ころんさんともっと仲良くなれたらな、、」
誰にも迷惑をかけない鍵垢の呟き。
いい年した大人がこんなことやるのも馬鹿馬鹿しく思えるけど、仕方が無い。
「でも…明日からはころんさんの “ お隣 ” 。頑張らなきゃ––––」
漫画のヒロインのような台詞を吐き捨て、ホテルのベットで一息ついた。
「あ、お久しぶりです。引っ越しできたんですね」
引っ越しはじめに必ずやる事、そう。挨拶。
取り敢えず色々とお世話になっているころんさんには、差し入れという名のお菓子を手渡した。
「はい、お陰様で…あの、ほんとにありがとうございます」
「いえいえ、」
天使のような微笑み。
きっとそんな事をできる彼は、本物のアイドル。
彼と日常会話をこれからも交わせるよう、まずはいきなりすぎるかもしれないが連絡先を聞いてみる。
「これから、よろしくお願いします、!!」
山羊が描かれたアイコン画像。
意外と女子力が高くて驚いてしまった。
推しと仲良くなってから数週間。
今ではごく稀に外食を共にしたりもする。
ころんさんは忙しいのだろうと思っていたが、個人の上今は休み期間。
その為かスケジュールはかなり空いていることが把握できただけで、僕はきっと幸せ者だ。
…でも、そろそろ本当の事を伝えないと意味がない。
折角仲良くなれたのにこのままではきっと僕がモヤモヤしたままになってしまうから。
彼を僕の家に呼び出して、話を始める。
「どうしたの、なんか分からないこととかあった?」
以前は使っていた敬語も、今の僕たちには必要ない。
呼び方も、「お隣さん」から「るぅとくん」に昇格した。
推しから名前を呼ばれるのはなんだか緊張するしドキドキする。
「あの、実は僕…
ころんさんのこと、追いかけてきたんです、」
大きな目をさらに大きくし、驚く彼。
爽やかな風が、喧嘩でもしたかのような重苦しい空気に変わる。
「ほんとに、ごめんなさ…」
僕が謝ろうとしたその瞬間。
「気づいてたから、僕は。謝らなくてもいいよ。」
まさかの返答に僕が驚きを隠せない。
ころんさん曰く、僕は彼が過去に行った握手会やチェキ会などによく参戦していたため、それから珍しく男性リスナーだった為。
認知とやらを貰ってしまっていたらしい。
僕がここにきたあの日。
知っている人だと感じて、彼は話しかけてきてくれたらしい。
追いかけてくる必要なんて無かった–––
僕の顔が嬉し涙によって潤った。
「後、それからもう一つ…」
でももう嫌われちゃったかな、思考回路をフル回転させてもネガティブに陥ってしまう。
それなのに、彼は。
「前から。握手会に来てくれた時から、るぅとくんのこと好きだった。…気持ち悪いとか思われちゃうかもしれないけど。真剣に、僕と付き合ってくれませんか。」
長文の告白。
ドッキリかと思っちゃうくらい、いつもと変わらぬ爽やかさで言ってくれて。
これがほんとの確定ファンサ…
ぼやけきった視界を通して見た彼の顔は、今まで見てきた中でも一番笑顔をしてくれていた。
それから約1年後の話。
僕も追いかける様にして配信者になり、グループに入り。
メンバーそれぞれがそれなりに有名人になっていった頃。
「【重大発表】ほんとにやばいです。」
というタイトルで配信を始める彼。
僕はこうして隣で見る彼の顔が、人一倍好きだ。
今日はタイトル通り。
今後の僕たちに必要な重大すぎる発表をする日。
「ちょっと緊張するね、」
「でもリスナーさんなら絶対分かってくれるはずだから。頑張ろ!」
配信開始を告げるツイート。
直後に、彼から発せられた言葉は–––
「この度、僕ころんは、同じ活動者のるぅとくんと…」