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ある日の夜、静かな公園。ブランコがきしむ音と、遠くの蝉の声だけが響いていた。
ベンチに並んで腰掛けたのは、洛北祥雲学園バスケ部の1年生エース・長峯昌吉と、その兄貴分である轟木剛造。
互いに無言のまま、缶ジュースのプルタブを開ける。
「なあ、昌吉」
「はい?」
「お前、高校に入学したとき俺、なんて言ったっけ?大事なことを言ったよな?」
長峯は少し考えて、素直に答える。
「奨学金のことは、誰にも言うなって。口外しない方がいいって言われました」
「理由も言ったよな?」
「はい。この学校には、ちょっとそういう偏見が残ってるって。轟木先輩自身、苦労されたって」
轟木は缶を傾けたまま、ゆっくりとうなずいた。
「じゃあ改めて聞くけどさ。お前、自分が奨学金で入ったこと、誰かに話した?」
「いえ。一度もないです」
「親からは何か?」
「親は『自慢になるようなことじゃない』って。入学直後にきつく言われました」
「そうだよな」
轟木はしばらく何も言わず、ジュースを飲み干した。
空になった缶を足元に置き、少し遠くの空を見つめる。
「じゃあさ。なんで三好が、お前のこと『奨学金野郎』って言ったんだろうな」
その言葉に、長峯の表情がわずかに曇る。
「たしかに。おかしいですね。絶対に知られてないはずなのに」
「じゃあ、誰かが漏らしたってことだ」
轟木は真剣な眼差しを長峯に向けた。
「お前、あのとき、三好に絡まれた場所覚えてるか?」
「ええ。1年校舎から、バスケ部専用体育館へ向かう途中の渡り廊下です」
「その場にいたのは誰だ?」
「三好先輩と、取り巻きの二人。それから」
長峯はそこで言いよどむ。
「ああ、音無先輩が来て、助けてくれました」
「音無」
轟木は静かに繰り返した。頭の中で、複数の記憶を照らし合わせていく。
「音無って2年の4組だよな。三好も2年4組」
「あ、そうなんですか」
「なのに、なんであの時間に、1年校舎の渡り廊下にいたんだろうな」
長峯は一瞬、黙り、答えに詰まる。
「さあ。僕には」
轟木はゆっくりと立ち上がり、ポケットからスマホを取り出した。
スマホに収めた写真を探しながら、心の中では疑惑が膨れ上がっていく。
(やっぱり、何かがおかしい)
(あいつ音無 奏)
「みてくれ。メモ書きだ。お前が奨学金野郎だって内容が、三好の机に入ってたらしい」
長峯は言葉を失った。数秒の沈黙ののち、小さく呟くように思い出す。
「2年4組の人間が、同じ時間にたまたま用事があるはずのない一年の渡り廊下にいた。それって何となく不自然じゃないか?」
長峯は黙る。轟木はさらに、釘を刺す。
「なあ昌吉。お前、音無や三好と話したときのこと、思い出してみてくれ。何か気になること、言われなかったか?」
「気になること?」
「例えば、なんでそんなこと知ってるの?って、思ったことはなかったか?」
長峯は少しのあいだ、考え込むように目を伏せた。
やがて、はっとしたように口を開いた。
「あひとつ、ありました」
「なんだ?」
「音無先輩。最初に話しかけてくれたとき、こんなこと言ってました」
「俺も奨学金でこの学校に来ているんだ。だから君みたいな努力家は、つい応援したくなるって」
その言葉を聞いた瞬間、轟木の中で、点と点が線になった。
「でもこないだ助けてもらったあのときのこと、ずっと感謝してます」
「俺もそう思いたい。けどな」
音無、やはりお前は知ってたのか???
轟木は缶コーヒーを一口だけ飲み干し、夕陽に目を細めた。
冷えた空気の中で、心の奥がふつふつと熱を帯びていく。
「ありがとう、昌吉。助かった」
「え? あの、何か」
「いや、何でもねぇよ」
「悪いな、昌吉。ちょっとスッキリしただけだ」
轟木が立ち上がり、缶コーヒーをゴミ箱に投げ入れた。
答えの代わりに、轟木はただひとつの感情を胸に刻んでいた。
#三角関係