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私はここ数か月の出来事を、かいつまんで叔父様に説明した。婚約破棄の件は、叔父様にも笑われてしまった。話をしつつ、私と師匠は叔父様が寝泊まりもしているらしい、かなり散らかっている研究室を少し片付けて、座れるだけのスペースを作る。「別に散らかってないと思うけどなぁ……」とぼやく叔父様の声は無視した。
「――というわけで、師匠は今、あらぬ疑いをかけられているんです。それをなんとかするために、魔術にお詳しい叔父様の知恵をお借りしたくて」
叔父様が出してくれたお菓子に合うお茶をいただきながら、私はそう協力を求めた。
「……分かった。いいよ。他ならぬレティシアの頼みなら」
叔父様はお菓子を食べながら、そう言ってくれた。叔父様は好物を持ち合わせれば、大抵のお願いは聞いてくれるのだ。なんだかんだ、姪には甘い叔父なのである。
そして私と師匠は、事件当日のことを叔父様に説明した。
「――結局怪しい人物がいたのかは思い出せずじまいですけれど、でも怪しい人物が複数人いれば、さすがに少しは記憶に残っていると思うんです。だから、おそらく現場に居合わせた魔術師は、一人なのではないかと私は考えていて」
「……なるほど」
叔父様は短くそう言うと、自身のこめかみをとんとんと指で叩いた。彼が思案するときの癖だ。しばらく黙っていた叔父様は、何か考えがまとまった様子で、また口を開いた。
「まず、話を整理しよう。間違っている部分があれば、適宜指摘してほしいんだけど……現場で拘束された犯人は二人。その他に犯人がどれだけいるかは、今のところは分からない。でもその上で、現場に魔術が施されたことは間違いない……」
すっと叔父様が私を見た。私は今のところ間違っていないと、小さく頷く。
「話を聞くかぎり、会場には『光を奪う』魔術、『闇に身を隠す』魔術、『動きを制限する』魔術が施された可能性が高い。これらの魔術は、取り立てて習得が難しいものではないから、使える術者は国内にたくさんいるだろう。だけど、ここで一つの疑問に突き当たる。……誰が魔術を施したのか」
叔父様は一度席を立つと、本棚の奥へと姿を消し、そしてすぐに戻ってきた。手には二冊の本がある。どちらも専門書ではなく、私にも見覚えがある、ありふれた書籍だ。
「これはそれぞれ、魔術と剣術に関する歴史書だ。……アランフェルト君、君は私とレティシアよりも騎士の歴史に詳しいだろう。今君、魔術を扱える騎士の名前、何人言える?」
「えっ? そうですね……」
師匠は質問に答えるべく考えるけれど、しばらく待っても答えは出てこない。
「……そう。それは正しい反応だ。魔術を扱える騎士は、歴史上ほとんど存在しない。少なくとも、この国の歴史においてはゼロだ。世界の歴史に目を向けてやっと、そういった人物は名前が出てくる。騎士は騎士に、魔術師は魔術師に――これが世界の常識だ」
叔父様は四つ目のイロリフを手に取ると、それをお茶に浸してから口へと運んだ。師匠はそれを見てぎょっとしたけど、私の故郷ではポピュラーな食べ方だ。
「つまり、今回会場で捕縛された犯人たちは二人の話を聞くかぎり、おそらくだけど『魔術を扱える騎士』ではない。ここで魔術の話の戻ってくるわけだけど……結論から言おう。実行犯は最低二人、それを手助けした魔術師は最低一人。特に魔術師に関しては現場を調査しないかぎり、これ以上のことはなんとも言えないかな」
「それは……どうしてです?」
「言葉どおりさ。今ある情報だけでは僕はおろか、国内のどんなに高名な探偵だって犯人を絞り込むことはできないだろう。……あれらの魔術はね、どれも根本的に異なる理論によって構築されているんだ。つまり、それぞれを習得することは容易くとも、それら全てを同じ人間が習得することは、極めて難しい。私の記憶が正しければ……三種を同時に扱うことができる術師は、国内にそう多くないだろう」
叔父様はそこで長く息を吐くと、カップに残ったお茶を一気にすすった。
「……だけど。もしレティシアの推測どおりなら、容疑者たりえる魔術師はかなりの数まで絞り込むことができると思うよ。それこそ、十人とかそれくらいまで。でも、それには現場の調査が必要だろう。それなりの術師が調査をすれば、どういった系統の魔術師が魔術を施したのか、判断ができるんじゃないかな。そこで初めて、魔術師が複数いたのか単独なのか、判断ができると僕は思う」
「……では叔父様。現場まで赴き、その調査をお願いできませんか?」
「めんどくさいなぁ……」
それを聞いて、師匠はほんの少しだけ、焦りをにじませた。
叔父様も別に、意地悪でそんなことを言っているわけじゃない。本当に面倒だと思っているのだ。叔父様は昔からこういうところがある、変わった方だった。そして私はこういうときどうすればいいか、もうちゃんと理解していた。
「叔父様、久しぶりにリンファスト料理を食べたくはありませんか? 私がご用意しますので、今回はそれで手を打っていただけません?」
リンファスト――私の出身地、ウェストン公爵領のある地方をそう呼ぶ。つまりは私の、叔父様の故郷の郷土料理ということだ。
「……レティシアは相変わらず、用意がいいね。いいよ。それで手を打とう」
「ありがとうございます……!」
師匠の安心した顔を見て、私も少し緊張の糸が緩む。
事件の構造からして、師匠の疑いを晴らすには、今回魔術師の協力は必須だ。でも同じ騎士団長にも疑われている以上、著名な魔術師であればあるほど、協力は期待できない。著名なほうが事件解決に貢献していただけるだろうけれど、著名であればあるほど他の騎士団長の息がかかっていると考えられるからだ。その点、叔父様は実績的には折り紙付きであり、性格的にも他人に大人しく従うような人じゃない。今回の件、頼れるなら多分叔父様だけ――そう考えて私は今日、師匠を連れてここへ来た。
その判断は今のところ間違ってなさそうで、私は少し胸を撫で下ろした。
✕ ✕ ✕
同時刻。クラウディアはアランフェルトの依頼どおり、犯人の取り調べが行われている庁舎へと足を運んでいた。
建物へ入ってすぐに、クラウディアは違和感を覚える。中には慌てた様子の人が多く、空気もどこかピリついている。クラウディアはそこへいる人の中に顔見知りを見つけ、声をかける。
「ごきげんよう。みなさん、なんだか慌ただしい様子ですけど、何かありましたの?」
「ああっ、クラウディア!! 大変よ、容疑者が取り調べ中に突然倒れたみたいで……!」
クラウディアの中で、嫌な予感が大きくなる。彼女はそこで会話を打ち切ると、そのまま建物の中を駆けていく。当然、騒がしいほうを目指して。
そして彼女は建物の三階のとある部屋の前に、人だかりを見つけた。ごめんなさいと断りを入れつつ、クラウディアは人混みを割って前へと進む。やがて彼女の目の前に、部屋の中の様子が飛び込んできた。
男が口から泡を吹いて、倒れていた。目は大きく見開かれ、体もまったく動く気配がない。彼がもう死んでいることは、そこにいる誰の目にも明らかだった。
✕ ✕ ✕
同じタイミングで庁舎に戻ってきたクラウディアさんから、私と師匠は驚くべき話を聞かされた。実行犯が二人とも、取り調べ中に亡くなったらしい。
「……そうか」
師匠は沈痛な面持ちで短くそう言う。私も多分、同じような表情をしていると思う。
「検視官の方が来られるまでその場にいて、検視の内容も少し聞くことができましたが……何らかの毒物によって亡くなったことは間違いなさそうです。向こうの庁舎は、蜂の巣をつついたような騒ぎになってましたわ。まさか騎士団の庁舎内で、暗殺まがいの行為が行われるなんて、どなたも想像していなかったでしょうから……」
「服毒自殺……という可能性はありませんか?」
「当然、向こうの方もその可能性は検討されてましたけれど……持ち物は全て押収済みで、口腔内にも毒物の痕跡はなかったようです。あとは事前に毒物を飲み込んでおいて、取り調べ中に毒が効き始めた……という可能性もなくはないですけれど。拘束されてもう随分と経ちますし、そもそも王子の暗殺を引き受けるような者たちがそのような準備をしておく、とは考えにくいでしょうね」
「……ご苦労だった。おそらくはその件で、私への容疑は一層強まるだろうな」
私は師匠を勇気付けたかったけれど、どうしてもいい言葉が見つからなかった。今の状況ではどんな言葉も、ただの慰めにしかならないと思ったから。
✕ ✕ ✕
その後、私は寮に戻り、どうすればいいのか色々と考えたけれど、答えは見つからなかった。それならもう今はこれ以上、事件のことについて考えてもしょうがない。きっと叔父様が、師匠の無実を証明してくれる――
私はそう信じて、頭を切り替えた。食事と入浴で心を癒やして、寝る準備をしていると、不意に部屋のドアがノックされる。出てみると、廊下にはクラウディアさんが立っていた。
「クラウディアさん! こんな時間にどうしたんですか? ……あ、もしかして、事件のことでまた何か……」
「いえっ! そういうわけではなくて、ですね……」
なんだか歯切れが悪い。頬も少し紅潮していて……緊張、しているのかな? でも、どうして?
「廊下でというのもなんですし、とりあえず中へどうぞ」
「ええ、そうですわね。ありがとうございます」
クラウディアさんには机に備え付けられた椅子に座ってもらい、私は自前の魔術道具でお湯を沸かし、お茶を用意する。クラウディアさんはずっとそれを見守り、その間、何も言わなかった。
ソーサーを渡すと、彼女はカップを優雅に持ち上げ、お茶を一口すする。私も同じようにしていると、クラウディアさんはすぐにカップをソーサーに預け、机の上に安置した。
きゅっと小さく手を膝の上で握りしめると、ゆっくりとその口を開いていく。その視線は、彼女の手元を見つめたままだ。
「ここ数日、考えていたことがありまして……ずっと、どうしようか迷っていたのですけれど……」
「はい」
すっと目線を私に向け、クラウディアさんはその潤んだ瞳で私を見据えた。
「ぜひレティシアさんに、教えていただきたいことがあって……!」
そして前のめりに、そんなことを言ってくる。
「はい、なんでしょうか?」
「その……」
次に彼女から何を言われるのか、私は全然想像ができなかった。
「ライルさんのこと、色々と教えていただけませんか! 奥様はっ!? というか、ご結婚は!!」
「ええっ、ライル? ……あ、あぁ!! そういうことですかっ!」
完全に想定外な話題を振られて、変な声が出てしまった。
彼女の緊張は、つまりはそういうことだったのだ。私もこれまで縁があったとは言えないので、恋する乙女の表情を見せたクラウディアさんの胸のうちに、まったく気が付いていなかった。
なんだか久しぶりに明るい話題を耳にした気がして、私も自分のことのように嬉しくなる。
「ライルは結婚していて、子供が二人いますよ。確かお二人とも、私よりも年上ですね」
「えっ、あ……そう。そう、でしたか…………なるほどです」
クラウディアさんの表情が、一気に暗くなる。でも貴族らしく上品に、口元には微笑みを携えたままだった。私はそんな彼女を勇気付けるべく、次の言葉を口にする。
「でも何年か前に、奥様をご病気で亡くされて……それからはずっと、独り身のはずです」
「……そうなのですね。……っ、はぁ…………」
クラウディアさんは苦笑しつつそう言って、さらに表情を暗くした。私はすぐに、彼女の胸のうちを察した。
「わたくし今、久しぶりに自分のことが嫌になりましたわ……。今は一人とお聞きして、胸の奥に喜んでいる自分が、確かにいるんですもの。本当に、浅ましくて、嫌らしい……貴族として、情けないですわ」
クラウディアさんは膝の上の手を、強く握りしめる。
私はソーサーを机に置くと、その手をそっと両手で包んだ。彼女の視線は、そこに落ちる。
「私も経験がなくて、本からいただいた知識ですけれど……恋心の始まりって、そういうものではないでしょうか? 相手のことが気になって、ライバルのことすら恨めしく思ってしまうほどの……」
いつか私にもそんな日が来るのかなと、ふと思う。
「そこからは相手のことを想って行動するのか、自分の欲望のために意志を通すのか……本来であれば、そういう話になりますけど。でも今、彼に関して言えば、そのことはもう気にしなくていいんです。もし、まだ少しでも気になるようなら……彼の奥様に、花を手向けてはどうでしょうか? それで十分ではないかと、私は思います」
「そう、なのですかね……?」
「それでもクラウディアさんの気が済まないなら、いっそライルに告白するとき、そのことを話してみてはどうでしょう?」
「こ、こっ、告白だなんて、そんな……! まだライルさんのこと、何も知りませんのに……」
すっと顔を上げて、真っ赤な顔で照れるクラウディアさん。普段から可愛らしいシルエットの彼女が恋に焦がれて照れている姿は、本当に愛らしい。思わず抱きしめそうになったけれど、そこはなんとか理性で我慢した。
「少なくとも今交際している女性はいないと思いますし、好意を寄せているような方もいない気がしますので……好機ですよ、クラウディアさん」
「そうです、か……では、えっと…………どうしましょう?」
私は何でも協力すると彼女に伝えて、その晩はひとまず解散することにした。
私はクラウディアさんからいただいたあたたかな気持ちのまま、ベッドへと潜り込んだ。
✕ ✕ ✕
おそらくは、深夜。微かな物音で、私の意識は夢の底から浮上した。
きぃと小さく何かが鳴り、その少しあとに、今度は多分、床がわずかに軋む。
部屋に誰かいる――そう直感はできたものの、まだ半分眠っている頭の私は、間抜けにもこんな言葉を口にしてしまう。
「……こんな時間に、どなた?」
次の瞬間、何者かが馬乗りになり、腕を振り上げる。
その手に握られた切っ先が月明かりを受けて煌めき、私は一気に覚醒した――