テラーノベル
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「——それにしても」低く、押し殺した声。
「たとえ義父であろうと……許せませぬ」
氏政がわずかに目を細める。
「早川の嫁ぎ先に攻め込み、我が妻を泣かせるとは……」
拳を強く握りしめる。
「もはや、情では済まされませぬ」
一歩、前へ出る。
「氏真殿とも、すでに手を結びました」
その言葉に、場の空気がわずかに揺れる。
「今川と北条、両家の名にかけて——」
氏政の声が、はっきりと響いた。
「必ずや、報いを受けてもらわねばならぬ」
氏康は、しばし黙した。
その目は遠く、戦の先を見ているようだった。
やがて低く呟く。
「……氏政」
静かな呼びかけ。
「気持ちは分かる。だがな……氏真だけでは足りぬ」
一拍置く。
「実の父の仇すら、容易には討てぬ」
広間に重い沈黙が落ちる。
氏康は小さく息を吐いた。
「どうしたものか……」
その声には、北条家の当主としての算段と、ひとりの父としての迷いが滲んでいた。
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