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視界が開けるとそこはあの頃見た
診療室だった。
窓から見える星一つない夜空、
デスクには折西 融のカルテや情報が
沢山置いてあった。
そして、院長用の椅子に座っているのは
過去に折西を担当していた研修医の昴、いや
「隼人(はやと)」だった。
「…」
言葉を発しない隼人を見て折西は
ただ一言。
「貴方とした文通に、いつも勇気を
貰ってましたよ。」
と言い診療室を出る。
すると景色は白に覆われていく。
…その時、隼人は少し驚いたような
顔をしていた気がした。
・・・
視界が開けると先程と同じ診療室があった。
窓から眩しいほどの光が差し込む。
そこには大先生らしい人と
研修医の名札を付けた隼人がいた。
「隼人先生、そろそろ患者さんに
ついてみましょ!」
「わ、わかりました。」
「次来るの新患さんだからこれ渡しておくね!
私は隣で見てるからもし分からないことが
あればまた聞いて〜!」
そう言うと受付から受け取ったカルテを
そのまま隼人に流すようにして渡した。
「次の方どうぞ。」
看護師さんの声掛けがあり、暫くすると
当時の折西、「融(とおる)」と
おばあちゃんが部屋に入ってきた。
「こんにちは…!」
「初めまして、研修医の隼人と申します。
本日は忘れっぽいのが気になるとの事
でしたが…」
隼人が主訴の項目について聞くと
融はえへへと苦笑いした。
「はい、仕事を始めてから忘れっぽいまま
だとこれから大変だろうからって祖母が…」
隣にいた祖母は心配そうに融を見つめていた。
「そうなんですね…そうしたら少し学校や家で
忘れっぽくて困った事についてお伺いしても
よろしいでしょうか?」
「は、はい!」
そうして祖母を含む3人で話し合いが
始まるのだった…
・・・
話し合いが終わり、隼人と大先生が
少し席を外す。
「うつ症状その他症状無し…
今はADHDのみな気がします。」
「友達や御家族がサポートできているから
こそ二次障害がないのかもね…」
「けれど今後は友人とも御家族とも離れて
仕事をするみたいなので我々が様子を
見ていた方がいいかもしれません。」
「そうだね…」
・・・
隼人が診療室に戻ると融に診断名を伝え、
パンフレットを手渡した。
「もし、融さんが宜しければ投薬での
治療も可能ですが…どうされますか?
手続きが必要にはなるんですけど…」
「投薬治療、お願いしたいです。」
折西は真剣な表情で投薬の希望をした。
「分かりました、ですが投薬はあくまで
サポートの一つだと思ってください。」
隼人は書類を取り出し、
融に記入するように伝えた。
…
融が書き終わると隼人はその書類を預かった。
「我々も薬以外の所で融さんをサポート
しますので何でも話してくださいね。」
隼人が微笑むと融も笑顔ではい!と
返事をしたのだった…
・・・
あれから半年が経ったある日、融は
隼人のいる診療室に入る。
「隼人先生こんにちは!」
「こんにちは、融くん。」
融が隼人の名札を見ると研修医から
心療内科医に変わっていた。
「無事お医者さんになれたんですね!
おめでとうございます!」
「ありがとう。融くんも仕事決まって
働き始めてるけど…どう?上手くいってる?」
「はい!先生のおかげでミスも少なくなって
職員さんと仲良くできてます!」
「本当に!?やった!!!」
思わず融の手をギュッと握った
隼人は慌てて手を離す。
「す、すみません…つい嬉しくて。」
「いえいえ、大丈夫ですよ!
他の人の幸せを喜べるのは
素敵な事だと思いますし…」
「そ、そうなんですかね…?」
「そう僕は思いますよ…あっ!先生に言われた
通りにメモして上司に見てもらうようにしたら
前よりミスが減りましたよ!」
そう言って融が取り出したのは付箋や
メモの沢山貼り付けられたボロボロの
メモ帳だった。
よく見るとテープで補強されている。
隼人はメモ帳を受け取る。
「すぐメモ帳がボロボロになるんですよね…
これも2冊目くらいなんです。そろそろ
3冊目も作らないとな…へへ…」
「…頑張ってきたんだね。」
隼人はメモ帳を見て微笑む。
「先生にいい報告が出来たらいいなって
思ってましたから!」
「そっか…僕のために…」
隼人は最後のページを見るといきなり
ふふっと笑い始めた。
「…先生?そんなにメモ帳面白いこと
書いてましたっけ…あっ!!」
最後のページにはうさぎのシールが
貼ってあり、その上に仕事を頑張った
ご褒美リストが書いてあった。
その中に、やたら他のご褒美の字より
大きく書かれた「バケツプリンを作る!」
が目立っていた。
「バケツプリンは誰かと一緒に
食べるんですか?」
「ひ、1人です…も、もう!やめてください!!
いいじゃないですか!?大きなプリンは
みんなの夢じゃないですか!!!」
「あらら、残念…僕も一緒に
食べたかったな〜」
くすくすと笑いながらメモ帳を融に返す。
少しムスッとしながら融はメモ帳を
受け取った。
「何がともあれ元気そうだし薬は
今の量のままで様子みて、減らせそう
だったら減らしていきましょう!」
診療が終わり、融が「失礼しました!」と
元気よく部屋を後にした。
「…本当に、融くんは向日葵みたいな人だ。」
キラキラした目で上を見続ける
向日葵のような融の事が。
「…好きになってしまいそうだ。」
隼人は融の居なくなった患者用のチェアに
どこか哀愁を感じていた。
・・・
「次の方どうぞ。」
看護師の声と共に現れたのは融だった。
しかし前回の診療時とは異なり、
少し疲れた顔をしていた。
「融くん、大丈夫ですか…?」
「は、はい…新しい部署に一時的に
入っているんですけど仕事量が多くて…」
融が椅子に座る。
具合が悪いのか融は少し俯いていた。
「そうなんですか…早く元の部署に
戻れるといいですね…」
心配そうにしている隼人の顔を見て
融は申し訳なさそうに目を逸らした。
「それと、ここに月1で通うのが
難しくなるんです…」
「…そうなんですね。
そうしたら2ヶ月に1回の診療にしましょうか。
会えなくなるのは寂しいですが…」
「そうします…僕もなんか悲しいです…
あっ!それならお手紙とかどうでしょう?」
融はそう言うと新しいメモ帳に何かを書き、
破って渡した。
「これ、住所です!」
「あ、あの…融くん?」
紙を受け取った隼人は
少し申し訳なさそうにする。
「はい!なんでしょう?」
「僕は医者で…その、住所は知ってるかな…」
「あっ…」
みるみるうちに顔が赤くなる融を見て
慌てて隼人はその紙の裏に自分の住所を
書いて渡した。
「ただ文通も時間かかると思うから
ゆっくりでいいからね、無理しないで。」
けど文通してることはみんなに内緒ね、と
隼人は口元に人差し指を持っていく。
「あ、ありがとうございます!」
紙を受け取った融は大事そうに
バッグの中のファイルに挟んだのだった…
・・・
それからというものの文通は暫く続いた。
おじいちゃんが育てたトウモロコシが
収穫の時期になっただとか、ひぐらしが
鳴き始めただとか。
この曲が好きで、あの料理が好きで、
実は雷が苦手で…
便箋の中に詰まった幸せは決して
少ない訳ではないけれど。
隼人は融からの手紙がもっともっと
欲しくなった。
だから必ず返事を書いた。
融の返事が来ることを祈りながら…
・・・
しかし、1ヶ月半後には手紙は
来なくなっていた。
誰もいない夜の診療の窓から星一つない空を
見上げ、隼人はため息をついた。
「忙しいのかな…」
椅子に腰かけため息をついた。
タッ、タッ、タッ
「…?」
足音は部屋の前で止まるとドアが勢いよく開く。
「先生!!!折西さんが緊急入院
されたって!!」
大先生が息を切らしながら診療室に入ってくる。
「き、緊急入院ですか!?」
「僕が車を出すから先生も一緒に乗って!
詳しいことは中で話すから…」
大先生は隼人の腕を強く引くとそのまま
助手席に乗せて総合病院へと行くのだった…
・・・
大先生が言うには融がいきなり職場で豹変し
職員たちに重症を負わせたとの事だった。
その後融も気絶し、意識不明の状態だと言う。
「…僕らが出した薬の話や治療の話を
総合病院側が聞きたいらしくて、だから
連れてきた。」
「…融くんが2ヶ月分の薬を一気に
飲んだとは思えません。」
けれど自分が出した診断が、
薬が原因だったら…と掌にびっしりと汗をかく。
「あのね、誰も先生を責めるつもりはないと
思う。ただ今回起きた事件が大きいだけだ。」
運転席の大先生は安心させるように
ポケットから飴を取りだし
「これ、食べていいよ」と隼人に渡した。
しかし隼人は食べる気にはなれず、後で
食べると伝え、飴を自分のポケットの
中に入れた。
車は総合病院の前で止まり、
そこで隼人を降ろした。
急いで中に入り、融の入院している
部屋の番号を探し、中に入った。
「融くん!!!」
完全個室の部屋の中に融はいた。
息はしているようだが意識は無いようだ。
暫くすると総合病院の院長が部屋に入ってきた。
「…隼人先生ですか?」
「は、はい…申し訳ございません!!!
私のせいで融くんが…」
「いや、隼人先生のせいじゃありませんよ。
今回の採血で”私らが扱えない薬の成分”が
入ってましたので。一応先生が治療に使った
薬の事も調べておきたかっただけです。」
「…それはどういう意味ですか?」
「麻薬ですよ、しかもこの国じゃ
普通は流通してないやつ。」
「なっ…麻薬!?」
「あ、先生…今『こんなに真面目そうな子が
麻薬なんてする訳ない』って思ったでしょう?
逆ですよ。」
院長は隼人に歩み寄り、距離を一気に詰めた。
「こんなに真面目な子ほど麻薬に手を
つけちゃうんです。」
「!!」
「まあ、心の病なんてそんなもんです。
医者が少し介入した所で変わらない。」
それでは、と院長は部屋から出ていった。
「…そんな。」
融を覗き込む。
死んだように安らかに眠る融を見て嫌な未来を
見てしまいそうだと目を逸らそうとした。
すると融はいきなり目を開き、腕を伸ばして
ガッ!と隼人の首を絞める。
「…お前のせいで苦しい思いをした。」
ギリギリと食い込む爪は柔い首の皮膚を切る。
融の周囲には黒い帯状のものがいくつも
近くを漂っていた。
この黒いのはなんだ?
ヒューッ、ヒューッと細くなる息は
融に対しての質問すら通してくれそうにもない。
近くのナースコールは隼人から触れられる
位置にある。
ただ、融を変えてしまった自分に
そのナースコールを使う資格なんて1ミリも
ない。そう思った隼人はそのまま首を
絞められたままでいた。
融は暫く首を絞めていたが急に手の力を抜き、
また意識を失った。
「…あの帯はなんだ?」
息を切らしながらあの時見えた帯の
ことを思い出す。
「あの帯が融くんに取り憑いてるって
事なのか?」
「帯」を取り除かなければ「融」は
帯に身体を取られて死んだままだ。
「融」を取り戻すにはもっと知識が、
頭脳がいる。融を苦しませた自分が
責任を持って融を取り戻さなければならない。
「トオルクン、トリモドシタクナイ?」
いきなり話しかけてきたのは浮遊した
モニターだった。
「誰だ!?」
「ボクハ タダノ ファージダヨ。
ケーヤクスレバ ズノウモ テニハイル。
ドウ?ケイヤク シナイ?」
「…融くんを取り戻せるなら。」
「ワカッタ、ソウシタラ ダイショウハ
ドウスル?」
「なんでもいい。」
「フーン、ソレジャア 『ヤサシサ 』
ナンテドウ?」
「優しさか、わかった。それでいい。」
「リョウカイ!」
モニターは昴の周りをクルクルと何周もし、
光を放つ。
昴は迷いもなくモニターに
手を差し出したのだった…
・・・
やがて視界が白に覆われ、白は黒へと
姿を変えて目の前には鍵が浮いていた。
「そんな…!僕こんなことしていたん
ですか…!?」
鍵を取り、握りしめる。
「僕の始めた悪夢だから、
ちゃんと終わらせないと…!」
握った鍵は汗でじっとりと濡れていた…