テラーノベル
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『最後の呼吸を、君に』サイト-19の地下深奥。そこには、世界で最も静かで、最も残酷な部屋がある。部屋の中央にある医療用ベッドに横たわっているのは、一見するとただの干からびた老人の遺体だった。しかし、心電図のモニターは信じられない数値を刻み続けている。ピー、ピー、ピー。規則正しい音。それが、SCP-138――4000年以上前から「死ぬことを忘れた男」の心音だった。「1482回目の安楽死プロトコルを開始します」若い研究員の斎藤(さいとう)は、震える手で超高濃度の致死性薬物の注入ボタンを押した。数秒後、無色透明の液体が老人の痩せ細った腕の静脈へと流れ込んでいく。象一頭を即死させる量の猛毒だ。モニターの波形が激しく乱れ、やがて一本の直線になった。ピーーーーー。「……心停止を確認。脳波、平坦です」斎藤が安堵の息を漏らしたのも束の間。わずか30秒後、あり得ない現象が起きた。ペシャンコに萎縮していた老人の肺が、まるで意思を持ったかのように勝手に膨らんだのだ。ゴボリ、と老人の口から毒液混じりの唾液が溢れる。心電図の波形が跳ね上がった。力強く、何事もなかったかのように。「だめです! 心拍再開……バイタル、完全に正常値に戻りました!」ベテランの収容スペシャリストであるクラーク博士は、深くため息をつき、手元のタブレットに『実験失敗』の文字を打ち込んだ。「これで1482回目か。銃殺、絞首、窒息、ありとあらゆる毒物、財団が誇る最先端のレーザー照射すら、彼の『死』を呼び起こすことはできない」SCP-138は、肉体的な機能としてはとっくに限界を迎えている。内臓はボロボロに壊死し、筋肉は萎縮し、自力で指一本動かすこともできない。それなのに、肉体を構成する「細胞」の一個一個が、異常なまでの執念で生命を維持し続けているのだ。クラーク博士はベッドに近づき、老人の耳元で語りかけた。老人の目は完全に濁り、光を失っている。しかし、彼が「意識」だけは保っていることを、財団は知っていた。「……すまない、古代の友よ。今回も君を解放してあげられなかった」すると、老人の干からびた唇が、かすかに震えた。声にはならなかった。しかし、長年彼を観察してきたクラークには、彼が言おうとした言葉が分かった。――「頼む、終わらせてくれ」――彼は4000年前の古代エジプト、あるいはそれ以前の時代から生きている。彼を不死にしたのが神の呪いなのか、あるいは未知の異常存在(アノマリー)の仕業なのかは分からない。だが分かっているのは、彼は「生きたくて生きているのではない」ということだけだ。最愛の妻が老いて死に、子供たちが土に還り、自分が生まれた国が歴史から消え去り、文明が何度も入れ替わるのを、彼はただ見つめることしかできなかった。彼にとって「死」とは恐怖ではなく、何千年も追い求め続けている唯一の「救い」だった。「博士、なぜ財団は彼をここまでして『死なせよう』とするのですか? 彼は何も危害を加えないのに」若い斎藤が、疑問を口にした。クラーク博士は静かに首を振った。「財団の理念は『確保、収容、保護』だ。しかし、彼に関しては違う。彼は生きて収容されていること自体が、永遠の拷問なんだよ。彼を死なせてやることこそが、財団が彼に与えられる唯一の『保護』なんだ。……だが、世界のルールがそれを許さない」部屋の明かりが落とされ、実験は終了した。再び、静寂が部屋を包み込む。暗闇の中、SCP-138は動かない体で、ただ次の「安楽死の実験」を待っている。彼にとって、財団が繰り出す凄惨な殺害実験の瞬間だけが、微かな「死の気配」を感じられる唯一の希望の時間なのだ。ピー、ピー、ピー。冷酷な機械音だけが、男の終わらない旅路を狂いなく刻み続けていた。
コメント
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うわ…めちゃくちゃ重い話だったね。読んでる途中、息苦しくなったよ。 4000年も生きてて、しかも「死にたくてたまらない」ってとこが本当に辛い。クラーク博士が「彼を死なせてやることこそが唯一の保護」って言ったシーン、すごく印象に残った。安楽死の実験がむしろ希望の時間って皮肉すぎるよ。 続きがすごく気になる…このまま生き続けるんだろうけど、なんか救われてほしいなって思っちゃった🥀