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#不安障害
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Side 美緒
「わー、明るいお部屋」
三崎君の紹介で、借りたマンションの部屋は、オートロック付きで1LDKとういう間取り、3階の角部屋で日当たりも良い。
宮里医院を退院した足で、そのまま来たのだ。
まだ、左手はギブスで覆われ、肋骨の保護のためにコルセットを装着している状態。
でも、ひとり暮らしが始まると思うと、テンションが上がってしまうのは仕方がないと思う。
「紹介した俺としても、気に入ってもらえたなら、良かった」
「ホント、いい部屋ですよね。わたし、カーテン付けちゃいますね」
ケガで思うようにならない私のために、三崎君と里美が荷ほどきをしてくれる。
「ありがとう、スゴイ助かる。三崎君と里美にはお世話になりっぱしで、何かお返しが出来ればいいんだけど……」
「美緒さんは、そんなのは気にしないで、ケガを直すことを最優先にして」
「そうですよ。先輩は早くケガを治して、決戦に備えないと」
「そうね、引っ越しが終わったら、弁護士さんに相談しに行って、果歩を”ぎゃふん”と言わせないと!」
私は気合を入れて言ったつもりだった。
だけど、里美は目を丸くして、プッと吹き出した。
「あはは、リアルで”ぎゃふん”って使う人、初めて見ました」
「マンガでは見るよね」
そう言って、三崎君まで笑っている。
なんだか、恥ずかしくなってしまって、顔が熱い。
「まあ、冗談はさておき、だいたい片付きましたね」
里美は、満足気に部屋を見渡した。
カウチソファーにローテブル、それにベッドが入り、最低限の必要な物がそろった。
後は、衣類をどうにかするだけだ。
健治が居ない時間を見計らって、取りに行くつもりでいる。
私は、スマホを片手に、里美と三崎君に声を掛けた。
「二人とも、ありがとう。助かちゃった。お礼に何か食べていって」
私は出前アプリを立ち上げ、ご馳走する気満々だ。
それなのに、里美は困り顔で眉尻を下げた。
「あー、すみません。せっかくですが、この後、予定があって、また今度ご馳走になります」
「里美……、忙しいのに手伝いに来てくれたんだね。ありがとう」
「いいんですよ。私も先輩の新居見たかったんですから!あっ、三崎先生は、この後、大丈夫ですよね。私の分までご馳走になってください。では、ごゆっくり~」
里美はそう言ったと思うと、自分のバッグを掴み、ひらひらと手を振りながら帰ってしまった。
部屋に残された私と三崎君は、お互いに顔を見合わせ呆気にとられる。
「小松さんって、エネルギーのかたまりみたいな人だな」
「うん、里美には、いつも元気をもらっているの」
私が落ち込んだり、立ち止まったりしている時、里美は側に居て支えてくれる大切な友人だ。
その里美が帰ってしまった今、部屋には三崎君と私のふたりきりの状態だ。
それを意識してしまうと、妙に気恥ずかしい。
「あの……。ごはん、何食べる?一人だと出前も取りにくいので食べて行ってもらえると助かるんだけど」
三崎君を引き留める言葉が口からこぼれる。
「わぁ、美味しそう。宅配ピザなんて久しぶり」
四角い蓋を開けると、食欲をそそるチーズの香りが漂った。
「俺も、久しぶりだな。家に居る時は、定食屋が近いから」
「でも、たまにジャンクなの食べたくなるのよね。ずっと、病院食だったから嬉しいな」
左手がギブスで自由がきかないから、右手だけでも食べれそうなメニューで、ピザを選んだ。それなのに、いざ、食べようとしたら、ピザ同士がくっついて取れない。
いつもならフォークを使って、取っていた事に今更ながら気が付いた。
モタモタしていると、三崎君の手がスッと伸びて、取り分けてくれる。
引っ越し作業を手伝ってくれたお礼の食事なのに、結局また手を貸してもらっている。
「片手だと、大変だよね。なんでも言って」
「うん、ありがとう。意外と出来ないことが多くてビックリしちゃう」
本当は、実家に帰って養生すれば良かったんだけど、祖母が退院したばかりで、私までお世話になったら、母も大変なので退院したと連絡だけ入れたのだ。
実際、退院して動いてみると、病院では気がつかなかった事が出て来る。
ペットボトルの蓋は開けられないし、着替えも一苦労だ。
「本当になんでも言いつけていいよ。俺でよければ、いくらでも手をかすから」
「そんなこといわれたら、私、三崎君に甘えすぎちゃう」
「いいよ。いくらでも甘えて」
そう言って、三崎君のダークブラウンの瞳が、優しく弧を描く。
ドキドキと鼓動が早く動き、私は落ち着かない気持ちなる。
部屋に二人きり、手の届く距離。
膨らむ気持ちを必死に押さえ込む。
甘くなる空気を変えたくて、私は饒舌にしゃべりだした。
「あのね。弁護士さんが見つかったの。今はメールでやり取りしているけど、退院もした事だし、今度の水曜日に弁護士事務所に行って、離婚と刑事告訴の手続きを進める予定なんだ」
それを聞いた三崎君は、驚いたように目を見開いた。
「退院してきたばかりで、そんなに動いて大丈夫なの?」
そう、三崎君はいつも私の心配をしてくれる。
こんなに大切にされたら、惹かれてしまうのは無理もないと思う。
「うん、少しでも早く。前に進みたくって……。じっとしていられないの」
「そうか」
「離婚届も渡したから……。早めにサインしてもらうつもり」
だから、自由になったら、三崎君に想いを伝えたい。
「ん、応援してるよ」
「ありがとう」
「水曜日に弁護士事務所に行くのって、午後?」
「うん、弁護士さんの都合で16時からなの」
「じゃあ、帰り頃、ラッシュの時間帯にあたるね。俺、車で迎えに行くよ」
それは、いくらなんでも、三崎君だって仕事があるのに甘えすぎだと思う。
私はアワアワと慌ててしまう。
「そんな悪いし、タクシー拾うから、大丈夫だよ」
そう言いながら、右手を振ったその拍子に、テーブルの上のグラスを倒してっしまった。
「あっ」、と思った時には、私にジュースがもろにかかる。
「美緒さん、大丈夫?」
そう言って、三崎君は立ち上がり、さっき片づけたタオルを取って来てくれた。
「タオル持って来たよ」
「ありがとう、ドジやっちゃってゴメンね」
と顔を上げた直ぐ目の前に、三崎君の顔があった。
「だめ……」と思っているのに、膨れ上がった気持ちが私の背中を押した。
ケガのない右手を三崎君の肩に添え、自分から顔を寄せると、重なった唇から熱が伝わり、心が震える。
少しだけ、唇を離してつぶやいた。
「……好きです」
「俺も好きだよ」
それを聞いた瞬間、気持ちが溢れて一筋の涙が頬を伝った。
すると、三崎君の指先が私の涙を拭い、頬を包み込む。
「美緒さん……」
三崎君の唇が私の唇に、そっと重なった。
二度目のキスは、離れ難く感じて、何度も啄むようなキスを繰り返した。
とろけるような甘い感触に、傷ついた心が癒されていく。
やがて、息が上がり始めた頃、ふいに唇が離れた。
「ごめん。美緒さん、ケガ人なのに……」
その言葉に私は首を横に振る。
「あやまらないで、私、嬉しかったの」
本当は、あやまらなければいけないのは自分の方だ。
離婚前提で動いているとはいえ、自分はまだ既婚者で、夫以外の人と口づけをしてしまったのだから。
冷静になって考えれば、これは浮気になってしまう。
「私の方こそ、ごめんね」
「美緒さんこそ、あやまらないで、気持ちを伝えられて嬉しかったよ」
「うん、私も……。もう少しだけ、待っていてね」
私の心の中は、喜びの感情であふれかえっていたが、奥底で罪悪感が燻っていた。