鏡の世界が大きく軋み、崩れ始めていた。
足元の大地が砕け、闇の裂け目が口を開く。
「……涼ちゃん!若井!」
大森は声の限りに叫びながら、暗がりの中を駆け抜けた。
破片のように散らばる光の粒が頬を切り、血がにじんでも立ち止まらない。
『ここだよ、元貴!』
『助けて!』
『俺を信じろ!』
若井と藤澤の声が、四方八方から反響する。
まるで何十人もの彼らが一斉に叫んでいるかのように、音が渦を巻く。
大森の心臓は激しく脈打ち、全身に汗が滲む。
——偽物が紛れている。
鏡が生み出した影。
本物を間違えれば、2人を永遠に失う。
やがて目に飛び込んできたのは、闇の中に立ち尽くす藤澤の姿だった。
その隣には、歪んだ笑みを浮かべる「偽の藤澤」が寄り添っていた。
『お前、必要ある?』
偽の藤澤が囁くように言う。
その声は甘く、しかし耳に棘を刺すようだった。
『キーボードなんて誰も求めてない。逃げていれば楽だよ。こっちにおいで……』
偽の藤澤は指を絡め、藤澤の顎をすくい上げる。
唇が触れそうな距離で、不気味に微笑んだ。
『鏡の世界は、お前を欲してる』
藤澤の瞳に迷いが浮かんだ。
肩が震え、身体は偽物に引き寄せられていく。
「……俺は……」
大森は必死に手を伸ばした。
「藤澤!お前は俺たちの音だろ!ここにいる意味は、自分で決めろよ!」
その言葉に、藤澤の瞳がかすかに揺れた。
偽の藤澤が囁きを強める。
『逃げていれば、楽になれるんだ』
藤澤は唇をかみしめ、声を絞り出した。
「……周りに何を言われようが、関係ない。僕には必要としてくれてる仲間がいる。それを信じて前へ進む。……だから、僕はもう逃げない!」
その瞬間、偽の藤澤はガラスが砕けるように崩れ去り、光の粒となって消えていった。
藤澤の足元から鎖のような影がほどけ、彼は自由を取り戻す。
「……元貴」
彼は息を荒げながらも、しっかりと大森の手を握った。
2人は再び駆け出す。
崩壊の音が迫りくる中、今度は若井の声が響いてきた。
「……元貴!涼ちゃん!」
振り返った先、若井は闇に絡め取られていた。
偽の若井がすぐそばに立ち、薄笑いを浮かべている。
『お前はずっと元貴の影だ。自分の音なんて持ってない。本当の自分が欲しいんだろ?』
その言葉に若井は顔をゆがめ、必死に否定するが、影の鎖が全身を締め付ける。
「違う……俺は……」
偽の若井はネクタイをぐっと掴んで引き寄せる。
『ほら、こっち来いよ。本当の自分、見つけられるぞ』
唇がかすめるほど近づいた瞬間、藤澤が叫んだ。
「若井!影かどうかなんて関係ない!」
大森も声を張り上げる。
「お前はお前の音を鳴らせばいい!俺たちはずっと、その音を聴いてきた!」
若井の瞳に迷いが走る。
しかし、次の瞬間には炎のような光が宿った。
「……そうだな。俺は……元貴の影かもしれない。でも、それでいい。影でも……俺は俺の音を鳴らす。それが“俺”なんだ!」
偽の若井がひび割れ、内側から黒い煙を吐きながら崩れ落ちた。
鎖が音を立ててほどけ、若井が自由になる。
「……元貴、涼ちゃん」
若井は涙をにじませ、2人の手を掴んだ。
「行こう……!3人で!」
三人は光へと飛び込んだ。
背後で世界が砕け散る音を聞きながら、強く手を繋いだまま。
⸻
背中に固い床の感触。
気づけば三人は旧校舎の倉庫に倒れ込んでいた。
3人の血に濡れた手が、しっかりと重なっていた。
大森は震える指で二人を確かめた。
「……本物、だよな?」
若井が苦笑する。
「ああ。俺だ」
藤澤も涙を拭いながら頷いた。
「僕も、本物だよ」
三人は互いを強く抱きしめた。
血と涙と埃にまみれながら、それでも確かに現実を取り戻していた。
背後で、鏡が完全に砕け散った。
まるで役目を終えたかのように、粉々の破片となって床に消え去る。
「……もう、終わったんだ」
倉庫の窓から差し込む朝日が、三人を照らしていた。
その光は柔らかくも鋭く、まるで「生」を刺すようだった。
コメント
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オォ(*˙꒫˙* )!!大森くんすごい! メンバーの大切さを言うところが1番好き(*^ω^*)
3人ともよかったねー! 泣きそうになりながら読んでました… いつも素敵なお話をありがとうございます!