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しめさば
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「イリヤス。すまないが説明してやってくれ。本人から聞いた方が早いだろう」
白狐をモフモフしながらも、口を開くイリヤス。
ミアと同年代かそれ以下。ちゃんと説明出来るのかと訝しむ九条ではあったが、思いの外しっかりと説明出来ていた。
とは言え、その内容は九条が先程話した内容とさほど変わらない。
ハーヴェストに縛られた地縛霊だった彼女は、自分が見える九条を見つけ、依頼を出した。
その内容は『父であるバルバロスの捜索』で、報酬は九条たちをグリムロックへ導くこと。
九条はそれを快諾した。グリムロックに行ける唯一の方法であったという事に加え、迷える魂を救えるのであれば、手を差し伸べることもやぶさかではないと思ったからだ。むしろ、元の世界ではそれが本業のようなものである。
しかし、その依頼には一つだけ条件があった。それはイリヤスが九条たちに同行すること。それも物理的にである。
言い換えれば、骨を持って行ってくれということ。
九条が、ミアとシャーリーを先に海賊の元へと送ったのは、墓荒らしをこっそり行うためである。
それは立派な犯罪だ。二人に手伝ってもらうわけにはいかなかった。
海賊の娘。その墓は、人を供養しているとは思えないほど簡素な物。言うなれば、死んでしまったペットの魚を庭に埋めた……。その程度の代物である。
「ちょっと待って。九条はあのクラーケンを最初から知っていたの?」
「最初から知っていたわけじゃないが、イレースの歌を覚えているか? 海の王が差し向けた追手。アイツがそうらしい。倒すことになってしまったのは成り行き。だから、シャーリーとミアはこの街にいてくれて構わない。あくまで手伝う約束をしたのは俺だけだ」
海賊船の甲板でオルクスたちが九条に頭を下げていた時、イリヤスもまた九条を必死に説得していた。
魂の存在にも拘らず「一生のお願い」と言われた時、九条の心が揺らいだのだ。
その一生は既に終わっている。その短かった人生を賭けるほどオルクスたちを助けたかったのだろうと考えると、胸を打たれ目頭が熱くなった。
「ごめんなさい……。多分あれを呼んでしまったのは私の所為。私にママの血が流れているから……」
悲しそうに俯くイリヤス。その顔を見てしまえば文句なぞ言えるはずもない。相手はミアよりも幼い子供なのだ。
「仕方ないか。乗り掛かった船って言葉もあるしね。私も九条を手伝うわ。一応は冒険者だし、今は九条のパーティメンバーなんだから!」
笑顔でイリヤスに向かいウィンクをして見せるシャーリー。
イリヤスの表情がパアっと明るくなると、元気よくシャーリーの胸に飛び込んだ。
「ありがとう。お姉ちゃん!」
イリヤスの頭を満足げに撫でるシャーリーだが、それに待ったをかけたのは九条である。
「いや、待ってくれ。シャーリーにはミアの護衛を頼みたいんだ。街にいてくれた方がありがたいんだが……」
「そう? 私は連れて行った方が安全だと思うけど?」
それに力強く頷くミア。
「確かにそうかもしれないが、今回は特殊だ。船の上で戦うことになるんだぞ?」
「そうかもしれないけど……」
九条に気圧されるシャーリーではあったが、ミアには秘策があった。
「お兄ちゃん。船酔いはどうするの?」
「あっ……」
九条の顔が歪む。この世界には酔い止めの薬なんて存在しない。予防も不可能ということは、神聖術を使える者が必要不可欠なのだ。
「船酔いを予防する魔法とかってない?」
「ありませーん」
わざとふざけた様子でそっぽを向くミア。
「ならば仕方ないか……」
さすがの九条も、背に腹は代えられない。万全の状態で挑むには、ミアが必要ということなのだが、これは九条の勉強不足が招いた結果に過ぎない。
そんな九条の表情を見て、ミアはへの字に曲げた口をほんの少しだけ緩めた。
神聖術には、|異常耐性術《ディヴァインオーラ》という状態異常の耐性を上げる魔法が存在する。
ミアには使えない魔法であるが、ギルドで頼めばかけてもらうことは可能。だが、ミアは敢えて九条には教えなかった。もちろん、九条と一緒にいたいからだ。
……そんな健気な嘘に、カガリが気付かない訳がない。だが、カガリは九条に報告をしなかった。
それももちろん、九条と一緒にいたいからだ。
「そうだ九条。聞きたいことがまだ聞けてないんだけど?」
「なんだ?」
「いや、私が聞きたいのは鉱石狩りでなんで予想屋を信用したのかってことよ? 今の話がどう関係があるの?」
それに答えたのはイリヤス。
「イスハークのこと?」
「イスハーク?」
「うん。そうだよ。イスハークはシーサーペント海賊団の仲間……。今は違うのかな……。でも、間違いないよ? 十年も経ってるからちょっと老けてたけど、あの暗号を書けるのもイスハークだけだもん」
シャーリーはそれを聞いてハッとした。予想屋のデータを見て感じた既視感は、まさにその暗号であった。
船長が残したメモの裏に描かれていた、よくわからない記号と数字の羅列。それに酷似していたのである。
イスハークは一流の航海士でもあった。だが、海賊だと面が割れていれば、真っ当な仕事として再び海に戻ることは難しい。故に予想屋として、ひっそりと余生を送っていたのだ。
「イスハークは凄いんだよ? ちょっと見ただけで、岩礁の位置とかがすぐにわかるんだって。いっぱい海図を見せてもらったの! 適性がどうのって言ってたけど忘れちゃった! でも、人を騙すようなことはしなかったよ?」
イリヤスはそれだけではなく、他の海賊の仲間たちの話などを嬉しそうに語ってくれた。
生きていた頃の思い出。それは十年にも満たない短い人生であるが故に、強く残る記憶。
思い出せば思い出すほど感情が溢れ出てきてしまい、目には大粒の涙を溜めていた。
それでも誰かに聞いてほしくて、自分の生きた証を爪痕として残したくて、九条たちに全てを吐き出したのだ。
しまいには九条に抱き着いてしまうイリヤス。その涙を九条のローブでぐしぐしと拭うと、少し赤くなった顔で満足そうな笑みを浮かべていた。
「なるほどね。九条はそれを信じたってことね?」
「ああ、そうだ。あの時イリヤスが俺に言ったんだ。イスハークは信用出来るってな。まあ、失っても金貨一枚。……だから俺は何もしていない。カネを払って、後は言われた通り掘っただけなんだよ」
予想屋が当たらなかった訳じゃない。予想屋を頼った者たちが、予測地点まで掘り進められなかっただけの話。
九条がイスハークにミスリル鉱石の塊を譲ったのも、予想のお礼とは別にそういう経緯があったからだ。言うなれば、それはイリヤスからの贈り物なのである。
ということは、ミスリル鉱石を掘れたのは、イリヤスの口添えがあったからこそ。ならば、その恩は返さなければとシャーリーは俄然やる気になった。
「ねえ。イレースが歌い終わった後、九条のこと見てたの気づいてた?」
「ああ。急に目が合ったもんだから驚いたよ」
「彼女、イリヤスちゃんのこと気付いてるんじゃないの?」
「いや、どうだろうな……。従魔たちもいたからな。それを珍しがってこちらを見たって可能性もあるだろ?」
「そうかなあ。どうせなら会わせてあげたら?」
「バカいえ。同時に俺の秘密もバレるだろ……」
「九条がやったって言わなきゃいいんじゃないの? イレースはミンストレルだよ? この街にずっと滞在してる訳じゃない。イリヤスちゃんもお母さんに会いたいよね?」
そんなことシャーリーに言われずともわかっている。九条は、イリヤスに言われたからこそ、あの店を選んだのだ。
イリヤスもそれに頷きはするものの、曇った表情はあまり乗り気ではないといった様子。
ここで会ってしまえば、心に迷いが生まれてしまうことを自分で理解しているのだ。自分は一時的によみがえっただけ。別れが辛くなることを知っているのである。
「死体が勝手によみがえるわけがないだろ。一人で会わせてゾンビやゴーストだと勘違いされたらどうするんだ?」
「それは……」
子供が会いたくても、親が会いたいとは限らない。それは受け取り方の問題だ。
九条がイレースの前で蘇生を実践すれば、恐らく八割方が受け入れてくれるだろう。
プラチナプレートの冒険者であれば、それも可能だろうと考えるからだ。
問題は残りの二割。子供がよみがえったと信じられなかった場合である。
九条が姿を見せなければ、その確率は格段に上がる。死んでしまった娘が十年の時を経て、急に目の前に現れたらどうするのか。
この世界でのゴーストやレイスと言われる霊魂の類は、魔物扱いだ。逃げ出すだけならまだいいが、最悪勘違いされ攻撃される危険性すらある。
そんな事になったら、確実にイリヤスのトラウマになるだろう。子供の霊は不安定だ。心に傷を負ってしまえば悪霊へと姿を変え、一気に魔物の仲間入りという可能性も無きにしも非ず。
それこそ親には見せられない。目の前で娘を再度殺すのだ。その悲しさと辛さは、考えなくともわかるはず。
(シャーリーの気持ちもわかる。だが、それは全てが終わってからだ……)
その時、まだ会いたいと思うのであれば……。その気持ちに嘘偽りがなければ、一応は考慮しようと九条は心に決めていた。