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「まさか、税がなくなるとは」「これで生活も楽になりますな」「材料費も何もかも安くなる、良いことずくめだ」
気をよくした参議会の面々の中で一人だけ、気づかれないよう怒りに震えている男がいた。商会長の隣に座る貴族然とした男だ。張り付けたような笑顔の奥に紅蓮の炎が燃えている。
(全員に利がある提案だったはずなのに、なぜ?)
令嬢は考えるが、何も思い当たらない。
一体、何を取りこぼしている?
「これでトロンも安泰だな」「端々は詰めなければならないでしょうが、実にいい会議だった」「はは、まだ会議は終わっていませんよ」「議長、次の議題は何にしましょう」
会議は上機嫌に進んでいく。
議長が手元の紙をめくり、こう言った。
「本来なら、最近急増している徴税請負人による詐欺行為について、その対策を話し合う予定だったのですが……」
ギルドマスターが苦笑すると、商会長と司教が続いた。
「トロン内での税の徴収がなくなるのなら、徴税請負人の仕事もないか。関税による税は軍が回収するだろう」
「詐欺を働こうにも……職業そのものが消滅してはどうにもなりませんね」
「ご令嬢の手は恐ろしいですな。一手で複数の問題を同時に解決されるとは」
では、次の議題を……。議長がそう続けようとした矢先、男が割って入った。
商会長の隣に座る、貴族然とした男。
徴税請負人を雇い、トロンの税を徴収する。
税務署長その人である。
「ちょっと待って下さい。我々は百年も昔から、トロンの徴税を請け負ってきたんですよ。いきなりそんなことを言われても困ります!」
「もし、関税がうまくいかなかったらどうされるおつもりなのですか! 一度下げた税を元に戻す大変さをあなた方はご存じないとみえる! 我々がどんな苦労をして民から税を集めているか知りもしないで!」
「そんなことをしてはトロンは破綻します! ランバルドに攻め込まれるまでもない! 内側から食い破られる!」
顔を真っ赤にした税務署長は令嬢を指差す。
「あの女は悪魔だ! ランバルドなんだ!」
長年続いた稼業がぽっと出の10歳の少女に潰される寸前なのだ。必死にもなる。
明確な殺意をもって令嬢を睨み付けていた。
令嬢の心が少しだけ凍り付く。
表面にできた薄い氷の膜が、心を守っていた。
(父はただ疎ましいからわたしを怒鳴りつけたけど、この人はちがう)
(追い詰められたから、抵抗しているだけだ)
頭ではそうわかっていても、足がぐらつく。
こわい。
以前の凍り付いていた心では何も感じなかったことも、心が溶けつつある今では指先が震えるほど恐ろしく感じる。
(わたしは幸せになることで、こんなに弱くなってしまったの?)
おどかされた恐怖で判断が鈍っていくのがわかる。
確かに関税が破綻した場合。
具体的には行商人がトロンに来なくなった場合、取引は激減し、税収は低下することになる。
そこから税を元に戻そうとした時、徴税人がいなければどうなる?
新たに徴税人を集めて、働かせるとして。どれだけ時間がかかる? 確かに一度下げた税を元に戻すのはかなり大変なことかもしれない。
いや、まだそうなると決まったわけじゃない。
そうならないようにすればいいわけで。
税務署長が何か言っている。すごい大声なのに全然聞き取れない。ものすごく罵声を浴びせられていることはわかるし、自分の顔も紅潮している。堪えていたけど、だんだん堪えられなくなってきた。
わたしはみんなのために頭を働かせているのに、なんでこんなこと言われなきゃいけないの!?
あーもう!!
「もうばか! 知らない!! あなたたちが悪事を働くからいけないんでしょ!! 字を読めない人ばっかり狙い撃ちにして、騙して! あなた税務署長なんだからちゃんと監督しなさいよ! ばーか! ばーか!! ばーーーーか!!」
本当に、本当に久しぶりに出した大声だった。
しかも、いつの間にか泣いてる。泣きながら怒っている。
自分にこんな感情があるなんて、思いもしなかった。
思うままさらけ出した心は、どうしようもなく無様で。
そのくせどこか心地よい。
(あれ、誰も何も言わない?)
ふと、見渡すと会議室は静まりかえっていた。
やってしまった。