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初めてのお披露目で。
しかも、大人の人がたくさん集まる会議で。
黙っていればいいのに、調子に乗って大きなことを言って、怒られてしまった。
その上、毅然とした態度をとれるわけでも、謝ることができるわけでもなく、泣きながら怒り返してしまった。
でも、あそこで何も言わなかったらどのみちトロンは滅んでいたわけで。じゃあ、どうしたらよかったのだろう。
間違えてはいけなかったのに、間違えてしまった。
間違えてしまったら、誰にも愛されないのに。
完璧でなければ意味なんてないのに。
静まりかえった会議室の空気が重い。
嫌だ、もう嫌だ。消えてなくなりたい。
(死んでしまおう)
そう思って弟切草の髪飾りに触れようとしたが、もう中に毒薬はない。これまでのループのように困ったからって死んで逃げることはできない。
もう毒薬は使ってしまった。そして、助けられた。
――彼に。
令嬢は気づいてなかったが。多くの場合、ひとが死を求めるのは苦痛や恥辱から解放されたいからで、必ずしも死を選ばなくてもいいことが多い。
追い詰められた令嬢が安心できる場所に逃げ込もうとするのも、自然なことだった。
「ううぅぅぅぅぅぅぅぅ!」
令嬢がアベル王子の膝に縋り付いて泣く。
顔をうずめる様はまるで幼い子供のようというか、幼い子供そのものだった。
アベルはというと、礼服が涙で濡れることも気にせずに令嬢の頭を撫でたり、背中をぽんぽんしたりしている。
小さな手がアベルの礼服をぎゅっと掴んでいた。
アベルが令嬢を見ると、かつてかけた氷の魔法の一部が解けかけていた。魔法をかけなおせば令嬢は痛覚を失い、苦しみも恥辱も感じなくなるだろうが、もうその必要は無い。
間違えることもまた大切なことだ。
苦しみ、痛み、恥辱に震えることで、得られるものもある。
間違えたっていいんだ。
僕が守ってあげるからね。
ぴったりとくっついた令嬢に代わって、アベルが告げる。
「令嬢はもう全部ムリになってしまったのでここまでだ」
何でもないことかのように端整な顔立ちに笑みを浮かべて、税務署長を見た。
「キャッチポール卿、お前の顔が怖いから泣いてしまったじゃないか。どうしてくれるんだ」
税務署長を務めるキャッチポール卿の爵位は最下位の男爵。少し前までただの平民だったアベルも今は王子である。その立場は天と地ほどの差があった。
「も、申し訳ございません」
平伏するキャッチポール卿にアベルが続ける。
「男爵であるお前が公爵家の令嬢に、よくもあのような大口が叩けたものだ。お前の稼業は命より優先されるものなのか?」
平伏するキャッチポール卿にアベルの姿は見えないが、鈍く輝く剣先が向けられたような圧力を感じる。
想像の剣先にこびりついた赤黒い汚れは、ついこの間まで殺していたランバルドの血だ。
「いえ、そんな。そのようなことは……」
キャッチポール卿が令嬢に怒鳴り散らした理由を述べるなら、その内面に差別意識があったからだ。彼が生きる物語の中では女子供は頭が悪く、大して役に立たないというのは常識だった。
その最も愚かな存在であるはずの少女に、大の大人が知恵で負けるなどあっていいわけがない。その上、それほどの知恵を持つ者が敵国の令嬢であっていいわけがない。
物語はいつだって正しくなければならない。
代々続く既得権益で、税収の上澄みを啜る日々が失われるなどあり得ない。
自分たちはただ、普通に生きてきただけだ。
なぜ急に脅かされなければならないのか。
アベルだって元は平民、男爵より下ではないか。
このようなことがまかり通っていいわけがない。
そうしてキャッチポール卿は自分自身の世界を守ろうとし、現実に反駁した。
だが、無駄なことである。
男であるとか女であるとか、成人であるとか子供であるとか、そんなことよりももっと苛烈な差別が、この世界にはあるのだから。
「僕の軍が税の回収を独占することが気に入らないなら、僕に言うべきだろう。さぁ、言ってみろ」
歴史を遡れば、王族の意向ひとつで爵位を褫奪(ちだつ)された貴族など、掃いて捨てるほどいる。最下位の男爵など木っ端のようなものである。
「僕は貴族たちの言葉に耳を傾ける、よき王子でありたいと思っているんだ」
キャッチポール卿は閉口した。
強大な軍の影と王権の威光を前に何も言えるわけがなかった。