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第十三章 天才外科医 目黒
手術室の前。
白い廊下は、どこまでも静かだった。
さっきまでの騒がしい病棟とは、まるで別世界だ。
音が、ない。
自分の呼吸だけがやけに大きく聞こえる。
消毒液の匂い。
無機質な壁。
冷たい光。
翔太💙「……」
手のひらが少し汗ばんでいる。
心臓の音がやけに大きい。
隣では目黒先生が無言で手術着に着替えていた。
看護師が素早くガウンを渡す。
腕を通す。
結ばれる紐。
そのたびに、空気がひとつずつ切り替わっていくみたいだった。その動作に、無駄はなかった。
まるで儀式みたいだ。
翔太は思わず見入ってしまう。
長い指。
骨ばった手。
その手が――
人の命を救う。
蓮🖤「何」
低い声。
翔太💙「えっ」
蓮🖤「見すぎ」
翔太💙「す、すいません」
蓮🖤「……」
ほんの一瞬。
目黒先生が小さく笑った。
蓮🖤「倒れるなよ」
翔太💙「倒れません!」
蓮🖤「新人はだいたい倒れる」
翔太💙「倒れません!」
蓮🖤「そうか」
淡々とした声。
でもどこか楽しそうだった。
蓮🖤 「……触れないのがもどかしいな」
翔太💙「?」
手術室のドアが開く。
冷たい空気。
強いライト。
中央にはすでに患者が横たわっている。
モニターの電子音。
ピッ……ピッ……ピッ……
一定のリズム。
翔太の背筋が伸びた。
看護師「麻酔導入します」
麻酔科医が淡々と準備を進める。
管。
機械。
数字。
すべてが正確に動いている。
看護師「血圧安定」
看護師「心拍安定」
そして――
看護師「開始できます」
一瞬の静寂。
目黒先生が前に出る。
空気が変わった。
それまでの冷たい沈黙が、
一瞬で
支配される。
蓮🖤「メス」
看護師が差し出す。
銀色の刃。
迷いなく受け取る。
翔太は息を止めた。
瞬きすら、できなかった。
その手は信じられないほど静かだった。
震えない。
迷わない。
――ためらいが、ない。
蓮🖤「切開」
メスが皮膚に触れる。
すっと線が走る。
血がにじむ。
翔太の視界が一瞬揺れた。
……血。
喉が、ひゅっと鳴った気がした。
でも。
目黒先生の声は変わらない。
蓮🖤「吸引」
蓮🖤「ガーゼ」
蓮🖤「もう少し」
指示は短い。
でも
全員が一瞬で動く。
まるで最初から分かっていたみたいに。
翔太はただ見ていた。
手。
目。
動き。
すべてが速い。
でも慌てていない。
むしろ静かすぎる。
蓮🖤「ここだ」
小さな声。
モニターの映像が切り替わる。
蓮🖤「やっぱり」
蓮🖤「出血源」
ピッ
ピッ
ピッ
モニターの音が少し速くなる。
看護師「血圧低下」
翔太の心臓が跳ねた。
でも目黒先生は動じない。
蓮🖤「大丈夫だ」
低い声。
自分に言うでもなく。
全員に言うでもなく。
ただ事実を言うみたいに。
蓮🖤「止める」
その瞬間。
手が動いた。
早い。
でも
正確。
血が止まる。
モニターの音が戻る。
ピッ……ピッ……ピッ……
静かなリズム。
看護師「血圧回復」
看護師「安定」
ピッ……ピッ……ピッ……
一定のリズムに戻る。
ほんの一瞬。
目黒先生の視線が、こちらに向いた。
翔太💙「……っ」
見られた、と思った。
逃げ場がないくらい、まっすぐに。
黒い瞳。
さっきまで患者を見ていた目と同じなのに、
ほんの少しだけ、色が違う気がした。
蓮🖤「……立ってろ」
小さく、それだけ。
すぐに視線は手元に戻る。
何事もなかったみたいに。
でも――
心臓の音だけが、さっきより大きくなっていた。
手術の音よりも。
誰かが小さく息を吐いた。
翔太は――
気づいたら
目を見開いていた。
すごい。
すごいなんて言葉じゃ足りない。
目の前で起きているのは手術じゃない。
魔法みたいだった。
蓮🖤「縫合」
短い一言。
そのまま作業が続く。
時間がゆっくり流れる。
そして――
蓮🖤「終了」
ライトが少し弱まる。
看護師たちが動き出す。
機械の音。
布の音。
すべてが現実に戻っていく。
翔太はまだ動けなかった。
目黒先生が手袋を外す。
ぱちん。
ゴミ箱に投げる。
そして
翔太を見る。
黒い瞳。
蓮🖤「どうだ」
翔太💙「……」
言葉が出ない。
翔太💙「……すごい」
やっと出た声。
先生は少しだけ笑った。
蓮🖤「だから言っただろ」
ガウンを外す。
蓮🖤「天才外科医だ」
ほっとした瞬間。
足先にほんの少し温かさが戻ってきた。
緊張していたのだろう。
指先はまだ冷たい。
脳裏に残る、手術の光景。
部屋を出ようと、踏み出した一歩。
床が、遠い。
足の感覚が、ない。
次の瞬間、視界がぐにゃりと歪んだ。
――倒れる。
床に落ちると思った。
でも。
腕が掴まれた。
強い力。
ぐっと引き寄せられる。
翔太💙「……っ」
視界がぼやける。
次の瞬間。
背中に回された腕。
身体が支えられていた。
蓮🖤「バカ」
低い声。
でも怒鳴ってはいない。
翔太💙「す……すいません」
蓮🖤「言っただろ」
腕の力が少し強くなる。
蓮🖤「新人は倒れる」
翔太💙「倒れてません……」
蓮🖤「倒れかけた」
翔太💙「……」
言い返せない。
まだ頭が少しふらつく。
先生は小さくため息をついた。
蓮🖤「座れ」
近くの椅子に押される。
ストンと腰が落ちた。
翔太💙「すいません……」
蓮🖤「謝るな」
短い声。
翔太はまだぼんやりと手術室を見ていた。
ライト。
機械。
モニター。
そして――
さっきまで命を救っていた手。
翔太💙「……すごかったです」
蓮🖤「……」
翔太💙「ほんとに」
翔太💙「魔法みたいでした」
沈黙。
目黒先生は少しだけ視線を逸らした。
蓮🖤「魔法じゃない」
翔太💙「え?」
蓮🖤「訓練だ」
淡々とした声。
でもその目は少しだけ柔らかい。
蓮🖤「見てただけだろ」
翔太💙「はい」
蓮🖤「次は」
少し間。
蓮🖤「もっと近くで見ろ」
翔太💙「え?」
蓮🖤「逃げるな」
黒い瞳がまっすぐ見てくる。
そしてふっと笑う。
蓮🖤「雪うさぎ」
翔太💙「やめてください」
蓮🖤「顔色悪い」
翔太💙「大丈夫です」
蓮🖤「嘘だ」
そう言うと
いきなり手が伸びた。
翔太の顎を軽く持ち上げる。
翔太💙「えっ」
距離が近い。
黒い瞳。
全部見透かされそうな目。
蓮🖤「……」
少し観察するように見て
蓮🖤「貧血」
翔太💙「違います!」
蓮🖤「違わない」
翔太💙「違います!」
目黒先生はくすっと笑った。
蓮🖤「強がるな」
その声は
さっきの手術の時より
少しだけ
優しい目をしてる。
蓮🖤「立てるか?」
ゆっくりと腰上げて立ち上がる。
再び眩暈がしてふらつくと、
床に落ちるはずだった身体が、
ふわりと浮いた。
翔太💙「えっ……せっせんせい」
蓮 🖤「暴れるな」
翔太💙「降ろして、恥ずかしい」
蓮 🖤「うるさい。大人しくしろ」
こんな近くで見るなんて。
さっきまで、命を救っていた人の腕の中にいる。
蓮の腕の中にいる自分が、
手術室の前の扉に映る。
恥ずかしそうに頰を赤らめて、
でも何処か嬉しそうな表情の自分。
俺って……こんな顔してたの////
廊下を歩く一人分の足音。
白い床。
静かな空間。
お姫様抱っこのまま歩く蓮。
翔太💙「恥ずかしい……です」
蓮 🖤「自業自得だ」
翔太💙「一人で歩けるもん」
蓮 🖤「倒れてんだ。大人しくしろ」
倒れてないもん……
騒がしくなる廊下。
若い看護師が、うっとりと見つめる先は
目黒先生。
キャァキャァと歓声が上がる中を、抱き抱えられ
恥ずかしくて、先生の胸に顔を埋めた。
白衣を掴んで香った香水の香りは、
どこか男らしい……そんな匂いだった。
亮平💚「……何してるの?」
二人同時に振り向いた。
亮平先生だった。
翔太💙「違うんです!」
蓮🖤「倒れた」
亮平💚「なるほど」
一瞬。
沈黙。
亮平は小さく笑った。
亮平💚「俺に渡して」
蓮🖤「断る」
亮平💚「……そっか」
小さく笑う。
柔らかい声。
いつもと同じはずなのに――
その目だけ、少し冷たく見えた気がした。
でも、気のせいだと思った。
亮平💚「なんで?」
蓮🖤「運んでる」
亮平💚「俺の患者だけど」
蓮🖤「……今は俺のだ」
亮平💚「でもさ」
ほんの少しだけ、視線が鋭くなる。
亮平💚「甘いって言ったのは、蓮だよね」
一瞬。
空気が止まる。
逃げ場が、なくなる。
亮平💚「――今は、甘やかす時でしょ」
亮平💚「つまり……俺の出番ってわけだ」
柔らかく笑う。
翔太💙「喧嘩やめてください…自分で歩けますから」
蓮 🖤「ダメだ」
亮平💚「ダメよ。こっちへおいで点滴しましょう?あれから何も食べてないんでしょ?」
亮平💚「いいね、蓮?これは内科医の管轄だ」
俺は二人の間で揺れながら、
なぜか
胸の奥が
少しだけ騒がしかった。
――手術の時よりも。
ずっと、うるさい。
コメント
3件
やん💙好き!!!!! どっちもかっこいい!!!! 翔太可愛い😍😍😍
