テラーノベル
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「え?」
私の聞き間違いだろうか。
何だかすごく意味深な事を言われた気がした。
視線を外せぬまま、一分程黙って見つめ合う形になった。
すると、
「――っぷ」
尚は急に吹き出し、
「あはははっ」
大笑いし始めた。
「っな!?」
突然の事に何が何だか分からないでいると、
「お前、今本気にした?」
若干涙目で尚は言う。
(やられた!!)
どうやら私は、尚にからかわれたようだ。
「今ちょっとときめいたりした訳? あーおかしい。ったく、本気にとるなよな」
「尚!」
「だいたい、お前みたいな色気のねぇ女、好きになんかならねぇよ。女装してる時の俺のがよっぽど色気あるわ」
何とも酷い言われようだ。
(ムカつく!!)
少しでもときめいてしまった事を、心底後悔した。
「何よ! 私だって尚みたいな女装趣味の変態男なんて好きになりません!」
ムカついた私は尚に言い返す。
「あ、おい、俺は別に女装趣味な訳じゃねぇよ! 仕方なくしてるだけだって言ってんだろ?」
「どーだか」
暫くこんな調子で言い合いが続いた後、
「あーあ、何かくだらねぇ言い合いしたら喉乾いたな……夏子、何か飲み物ちょーだい」
まるで何事も無かったかのように尚は私に話し掛けてきた。
「……あのね、それくらい自分でやりなさいよ」
「いいじゃんか」
「良くないわよ」
「頼むよ、夏子~」
なんて言うか、やっぱり調子のいいヤツ。
口は悪いし、自己中だし、イラつく事も沢山あるのに、
「もう、仕方ないな……」
結局、何だかんだ言われても私は尚の世話を焼いてしまう。
「っていうかさ、咲彩さんは尚の世話焼いてたんだよね? それを尚は鬱陶しく思ってたのに、私はいいの?」
「は?」
「いや、だってさ、咲彩さんは料理作ってくれたり、色々と尚の世話焼いてくれてたんでしょ? それって今の私とあんまり変わらない気がするんだけど……私の事は鬱陶しく感じないの?」
特に深い意味はなくて、ただふと疑問に思った事を聞いただけだった。
そんな私の質問に尚は、
「そ、そんなの、別に思ってねぇよ。つーか、お前と咲彩は違うし。だって夏子は、俺の事好きじゃねぇだろ?」
少し困ったような顔をして聞いてくる。
「あ、当たり前でしょ?」
『好き』という単語に、何故だか狼狽えてしまう。
「だからいいの」
「どういう意味?」
「好意を持ってる相手に色々されるのは面倒だけど、何とも思ってない夏子だから安心って事だよ」
「何それ」
「とにかく、俺の事、好きになるなよ?」
「心配しなくてもなりません」
私にだって、選ぶ権利はある。
尚みたいな偉そうな人、頼まれても好きになんかならない。
尚はあくまでも同居人。
その事を改めて再確認した。
尚と咲彩さんとの噂もだんだんと薄れつつあったある日、事件は起きた。
「何これ」
買い物から帰ってきた私は、集合ポストから取ってきた手紙やチラシの中からある物を見つけ、ポツリと呟いた。
「どーした?」
呟き、立ち尽くす私を不審に思ったのか尚が声を掛けて手元を覗き込んできた。
「……見てこれ」
そんな尚に、一通の手紙を見せる。
「ん?」
封筒と便箋を手渡された尚は読んでいいのか? と言うような表情で見てくる。
「いいから、読んで」
私がそう促すと、尚は便箋の方に視線をやった。
「なになに?……夏子、お元気ですか――」
その手紙は父の海外転勤について行った私の母親から。
わざわざ手紙をよこしてきたのには、理由があった。
「――母さんの知り合いの息子さんと一度会ってみてくれませんか?……って、これ、お見合いってヤツ?」
尚がひと通り手紙を読み終わり、私に聞いてくる。
そう、母親からの手紙は、まさかのお見合いの話だった。
「そうみたい」
「いいじゃん? 見合いしたら?」
他人事だからか、それとも面白がっているのか、尚は妙にお見合いを勧めてくる。
「嫌よ。しかも読んだでしょ? 私より十歳も年上だよ?」
「いいじゃん。年上の方が頼りになって」
いやいや、そういう問題じゃない。
いくら母親の知り合いの息子と言っても、そんなに年上の人とお見合いなんて、正直考えられない。
「じゃあ尚がこういう風に勧められたら、受けるわけ?」
「いや、俺は断るけど」
「でしょ?」
「けどさ、お前彼氏いないんだし、このまま出来なかったら大変だから、可能性広げておいた方がいいんじゃねぇの?」
「どういう意味よ」
「まぁ、俺には関係ないからどっちでもいいけど、見合いするってなったらお前の母親こっち帰ってくるの?」
「そうだね、来るかも。そしたら尚、暫く家から出てかなきゃいけないよ?」
「……それは困るな」
「でしょ?」
「ま、嫌なら早く断った方がいいんじゃね?」
「だね」
全く乗り気じゃない見合い話。
当然断るつもりでいたのだけど、そう簡単にはいかなかった。
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