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事故死した秘書の実家は農家だ。
両親は〈米作り〉をして、妹は老人介護施設で働いている。
秘書の父親は、紗姫との面談を断った。
「錦藤家の姫様に謝られても困る。怒るわけにもいかない」
マスコミ取材が殺到して、疲れ果てたようだ。
母親にも「話すことはない」と断られた。
紗姫は、農作業する両親を畦道から見つめた。
(お仕事が終わるまで待ってみよう)
女性が、紗姫に声を掛けた。
「錦藤紗姫さんですね? 坂口 恵美と申します」
26歳の恵美は眼鏡を掛けている。
質素で地味な雰囲気だが、清楚な美人だ。
「坂口秘書の妹さんですか?」
はい、と答えた恵美に、紗姫は深く頭を下げた。
「この度は本当に申し訳ございませんでした。ですが、」
「解ってます。貴女のせいでは無いと思います」
「え!?」
紗姫は、頭を下げまま驚いた。
「兄が不倫するなんて、ありえません。兄の部屋に来て下さい」
恵美の家は、日本家屋の一戸建てだ。
敷地の倉庫には〈農業用トラクター〉や〈稲刈り機〉が並ぶ。
秘書の部屋は八畳の和室だった。
部屋の三方が本棚だ。
法律、経済、外交、防衛、環境、教育、労働……。
政治の専門書がズラリと並んでいる。
机の上には『国会議員政策担当秘書 資格試験』の〈参考書〉と〈問題集〉がある。
「坂口さんは、政策秘書を目指してましたね」
『政策担当秘書』になるには[資格試験に合格]するか[選考採用審査認定]を受けるかだ。
「認定はハードルが高いから試験に合格したい、と言ってました」
「資格試験も、すごく難しいですよね」
「頑張ると言ってました。そんな兄が! 貴女と不倫するでしょうか?」
「していません。これは絶対です」
紗姫は、パソコンデスクが空いていることに気付いた。
「パソコンが無いですね」
「兄が亡くなった翌日に、議員事務所の人が押収しました」
不倫の証拠は「秘書のパソコンから見つかった」と報道された。
『不倫を認めたメモ入力』と『写真』だ。
そんなものは無いのに「押収したパソコンから発見した」ことにしたようだ。
「まだ返さないんですか?」
「はい。家中のパソコンを返してくれませんでした」
「家中⁉」
恵美の家族は、全員がパソコンを所有していた。
秘書は勉強用。恵美は小説投稿用。父は仕事用。母は推し活用だ。
「ぜんぶ押収されたんですか?」
「はい。家中を見て回って、すべて持っていきました」
「そんなバカな。警察でもないのに」
「抗議しましたが、父が好きにさせろ、と」
「自信があったからですね。で、返さない?」
「はい。これは窃盗だ、といったら、4台分のお金を送ってきました」
なぜ? なぜ?
パソコンに不倫の証拠があるはずない。
『でっちあげ』をしたいなら、秘書のパソコンだけ でいいはず。
家族全員のパソコンを取り上げて、返さない???
「もしかして……」
紗姫は、得体のしれない不安を感じた。
「お兄様のパソコンは1台だけですか? 例えばタブレットとか」
「1台です。もともと電子機器が嫌いで、手書き派でしたから」
「手書き……。あっ! 失礼します!」
紗姫は、秘書の机の引出しを開けた。ノートがたくさん入っている。
「これを見てもいいですか?」
「どうぞ」
紗姫は数十冊あるノートを、片っ端からすべて見た。
『国会議員政策担当秘書 資格試験』の勉強に使われたものだ。
丁寧な文字で、試験のポイントが記入されている。
「あ……」
一番下にあったノートを見た紗姫は、思わず声を上げた。
「そうか、そういうことなんだ」
家中のパソコンが押収された理由が解った。
彼らが捜していたのは【このノートに書かれていること】だ。