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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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鷹槻れん

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月詠 涼
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リビングの方から、マンションのインターホンが低く鳴る。
玄関ではなく、エントランスからの呼び出しだ。
芽生の温もりを腕の中に感じながら、京介は目を閉じたまま応じない。
数度繰り返される呼び出し音に、ふいに芽生が身じろいだ。
(……芽生が起きちまうだろ。さっさと諦めろ)
心の中でそう毒づきながらも、肌が直接触れ合う心地よさを手放したくなくて、京介は動くつもりなんてない。
……ブーブー。ブーブー。
今度はしつこく耳障りなほどにバイブ音が響いてくる。
マナーモードにしたままリビングへ放りっぱなしの携帯だ。
「んっ」
その音に、芽生が眉根を寄せて小さく吐息を落とした。
このままでは完全に目を覚まさせてしまう。──それに、このしつこさ。相手は十中八九千崎だ。ならば、いずれにせよ逃げ場はない。
観念した京介は芽生を起こさないようそっと身体を起こすと、ベッド脇に脱ぎ散らかしていたワイシャツを片腕ずつ通した。
下着の上に無造作に上げたままのズボンは、ベルトも前立ても留めずに腰へ引っかける。
髪は乱れ、襟元からのぞく鎖骨にはかすかな赤い痕。芽生が無意識に引っ掻いたものだ。
軽く顔前にかかる前髪を手櫛で後ろへ掻き上げると、京介は寝室の扉を静かに開けた。
寝室前には殿様が待ち構えていて、すぐさま中へ入ろうとしてきたけれど、芽生はまだ裸のままだ。足で殿様を巧みにブロックしてリビング側へ押し留めると、後ろ手にドアを閉める。
「もうちぃーと我慢しろや」
足元で不満気に「にゃー」と鳴いて京介を見上げてくる殿様の頭を軽く撫でると、目線が自然下を向く。
ソファ前のフローリングに、横倒しの白い紙袋。口から札束がのぞいている。蹴とばした覚えはないが袋は倒れていて、中に帯封のかかった札束がぎっしり詰まっている――。
昨夜……いや、もう今日の未明、葛西のオヤジとの会合から戻ったときに置いたままのものだ。
(あー、あれも何とかしねぇとな)
オヤジが〝祝儀〟だと押しつけた一千万円。
祝福と、本気で〝幸せになれ〟という願いが込められているのは分かっている。
それでも京介には、その重みの中に〝この世界と縁を切れ。二度と戻ってくるな〟という静かな牽制が潜んでいるように思えてならなかった。
ブー、ブーというバイブ音は、一度は途切れたものの、すぐにまた再開する。
紙袋のすぐそば、ソファ前のローテーブルに無造作に放り出された携帯が、振動で卓上をじわじわと移動しているのが目についた。
小さく吐息を落とすと、京介は殿様を足元にまとわりつかせたまま携帯を手に取った。
相手は分かっている。
だから画面を見もせず、通話ボタンを押した。
「……何だ」
『開けてください。下にいます』
千崎雄二だ。いつも通り礼儀正しい口調だが、苛立ちを隠しきれていない。丁寧過ぎる喋り方が、それをまざまざと感じさせてくる。京介は小さく息を吐くと、ロック解除のボタンを押した。
数分後、京介の部屋への直通エレベーターが到着し、部屋前のチャイムが鳴る。
殿様をリビングに押し留めて玄関へ出ると、扉を開けた。
早朝だというのに、すでにきっちりとスーツに身を包み、マフラーとコートまで着込んだ千崎の眼鏡越しの冷ややかな視線が、京介を上から下まで舐めるように走った。
「……女を抱いてる場合ですか」
低く押し殺した声音は、冷えた空気を一気に張り詰めさせた。
千崎は靴を脱ぎ、リビングに入るなり、ソファ前で横倒しになっている紙袋に目を留める。
「……これ、葛西のオヤジからですか」
「ああ。結婚祝いだとよ」
「祝い、ですか」
そこで小さく吐息を落とした千崎の視線が、真正面から京介を捉えた。
「カシラ……絶縁って、どういうことですか!」
分かってはいたが、やはりオヤジから千崎に通達があったらしい。正式な公表はまだだろうから、オヤジなりの京介の側近である千崎への配慮だろう。
(だからって仕事が早すぎなんだよ)
もう少し猶予をくれてもいいと思ってしまったのは、自分自身心の整理がまだしっかりついていないからだ。
京介は小さく吐息を落とすと、千崎の視線を真っ向から受け止める。
「だから、ちぃーと声を落とせ。まだ芽生が寝てんだよ」
「こんな時になに悠長なことを言ってるんですか。カシラ、破門じゃなくて絶縁なんですよ!? ちゃんと意味、分かってるんですか!?」
――そんなことはお前に言われなくても、俺が一番分かってんだよ。
そう言いたいが、それすら億劫でたまらない。
ほぼ徹夜明けの頭に、千崎の低音ボイスが結構響く。
何も答えない京介に業を煮やしたんだろうか。
「相良組はどうするつもりなんですか!?」
今一番言われたくないことを言われた気がした――。
昨夜、絶縁を言い渡されてからずっと、そのことを一番に考えていた京介である。
もう組に関わることは出来ない身とはいえ、オヤジからも相良組の今後については一任されているのだ。
京介が口を開き掛けた瞬間、まるで出ばなをくじくみたいに寝室の扉が開いて、パジャマ姿の芽生が顔を出した。
京介の足元で所在なげにこちらを見上げていた殿様が、これ幸いとそちらへ掛けて行ってしまう。
「京ちゃん、千崎さん……今の話、どういう、意味……?」
殿様の動きを追うまでもなく、京介は千崎とふたり、声の主を視界に捉えて――。京介はすぐさま眉をひそめ、大股で芽生へと歩み寄った。
「お前、その格好……」
いかにも寝起き。パジャマ姿でノーブラなのも頂けないが、なにより胸元に自分が刻んだ情事の痕跡がクッキリ見えて、それを千崎に見られるのが嫌だと思ってしまった。自分がそういう目で見られるのは構わないけれど、芽生の〝そういう姿〟を他の男に想像されるのは我慢ならない。
京介は芽生の肩を掴むと、寝室とは反対側の部屋へ押しやった。
「あ、あのっ、京ちゃん……!?」
「シャワー浴びて、服整えてから来い!」
「でも……」
こっちの気も知らないで、食い下がろうとする芽生に、千崎が静かに言った。
「神田さんにも関係のあることです。ちゃんと待ちますので、身支度を整えて来てください」
***
京介の指示通り、シャワーを済ませ、タートルネックのセーターにロングスカートといういでたちで戻った芽生が、そっと頭を下げる。
「……ごめんなさい、お待たせしました」
「いえ」
千崎が短く返し、京介が皆をソファへと促した。
芽生は京介の隣に腰を下ろし、殿様が芽生のひざの上へ乗る。
「……あ、あのっ、千崎さん。さっきたまたま聞いちゃったんです。破門……とか絶縁とか……一体どういう意味ですか?」
芽生のド直球な問い掛けに、千崎が〝カシラが説明してください〟と目で訴えてくる。確かに説明責任は自分にあると思った京介は、ゆっくりと口を開いた。
「簡単に言やぁ、破門は謹慎処分、絶縁は極道の世界から追放されるってことだ」
「……え……? でも京ちゃん、絶縁って……」
芽生の動揺を極力抑えてやりたくて、京介はわざと軽い口調で笑ってみせる。
「ああ、そうだ。俺は晴れてお前と同じ堅気の人間ってこった」
なのに芽生がまるで自分のことのように涙を落とすから……京介は居た堪れない気持ちになった。
「バーカ。何でお前が泣くんだよ」
泣きたくても泣けない自分の代わりに、まるで芽生が泣いてくれているようで、京介は困ったように眉根を寄せることしかできない。そんな京介の代わりに、千崎が芽生にハンカチを差し出してくれる。
「心配すんなや、芽生。お前や殿様に迷惑が掛かるようなことはしねぇし、むしろ逆だ。これからは表の世界で堂々とお前と生きていけるんだ、普通に……。それってすげぇことだと思わねぇか?」
辛うじてそんな軽口を叩いた京介だったのだが、千崎は許す気がないらしい。先程答えを伝え損ねた問題を再度投げ掛けてくる。
「……ですが、カシラ。相良組の今後は――」
そこだけはどうしても避けては通れない道だ。
京介は皆に分からないよう、一瞬だけグッと奥歯を噛みしめる。
「その話だがな、千崎」
京介は真っすぐ目の前の男を見据えた。
「俺は相良組をお前に託そうと思う」
言った瞬間、千崎の表情が揺らぐ。
だが構わず京介は続けるのだ。
「言わなくても賢いお前なら分かってんだろうが、相良組の看板は降ろせ。……俺の名に囚われるな、千崎」
理由はどうあれ、絶縁になった人間の名前をいつまでも冠していては、組にとっていいことなんてない。下手をすれば、葛西のオヤジへの謀反とも取られかねない。
京介の横で、千崎のみならず芽生がヒュッと息を詰めたのが分かった。
だが、頭のいい子なので有難いことに口は挟まないでいてくれる。
まるでこの場には千崎と京介しかいないみたいに、今までずっと自分を傍で支えてくれていた千崎を見つめた京介に、拳を握ったまま、千崎が低く言う。
「……そんなこと、できるわけないでしょう。私らはずっと相良組でやってきたじゃないですか」
「冷静になれや、千崎。誇りごと墓へ入れる気か」
短いやり取りの間に、二人の視線が火花を散らす。
そもそも、相良組にいるのは千崎だけではない。他の組員たちのことも考えてくれなくては困るのだ。
「……いっときだけでも、貴方の名を残させてください。そうでないと下の者が落ち着きません」
「好きにしろ。だが、それもオヤジから公に通達があるまでだ。あんま猶予はねぇぞ?」
さっさと新しい組名を決めてくれなければ困る。
京介は芽生や殿様がそばにいることも忘れて煙草を咥えた。
ライターの蓋を開く音が、やけに大きく響く。
炎を映した京介の瞳は、微塵も揺れてはいない。
――ただ、吐き出した紫煙の奥に、微かな翳りが滲んでいた。
「あと、古い代紋ごと俺のことはきっぱり忘れろ」
「酷なことを言いますね。……けど、カシラの覚悟は分かりました。私も腹を括って貴方の言に従いましょう。ですが――」
京介の言葉に千崎は短く息を吸い込むと、静かに……しかしはっきりと言った。
「……組のみんなへは、カシラからもちゃんと話つけてやってください。それがケジメです」
京介は視線を千崎に向け、しばし無言で煙を吐いた。やがて小さく頷く。
「……ああ」
それを聞いて、千崎がわずかに肩の力を抜いた。
京介に言われるまでもなく、千崎にだって相良組のまま自分たちの組織が存続することなんて不可能だと分かっていた。
だが、すぐさまその旗を降ろすのは、皆の思いもある。さすがの千崎にだって、荷が重いのだ。
千崎はほんの束の間目を閉じると、ややして京介を見詰め、小さく吐息を落とした。
「……ホント、貴方は最後まで人使いが荒い」
低く呟いてから、静かに立ち上がる。
「帰ります」
そんな千崎を、京介はあえて見送ろうとはしなかった。
リビングの扉が開いて閉じるまでの間、廊下の先、玄関扉までゆっくりと遠ざかっていく千崎の背中を、京介はただじっと最後まで目で追うのみ――。
無骨で、融通が利かず、義理堅いくせに誰よりも合理的に物事を考えることが出来、自分よりもよっぽど極道に向いた男の背中。
もう、肩を並べて歩くことはない背中だ。
そんな男が、最後の最後にほんの少しだけ人間らしさを滲ませてごねた。そのことが何となく嬉しかったと言ったら、千崎は怒るだろうか。
静かに扉が閉じ、オートロックのカチャリという乾いた音が響いたあと、京介は灰皿に煙草を押し付けて、ソファに背を預けた。
横では芽生が黙って京介の袖口を握り、その膝の上では殿様が丸くなっている。
愛しい女と一匹の体温を確かめるように、京介はゆっくりと目を閉じた。
コメント
2件
千崎さん、京ちゃんのこと、本当に大切に思っていたんだなって伝わってきて切なくなった。
うわっ…第54話、めっちゃ重くてあったかい話やった…。千崎が珍しく感情的になって詰め寄るところ、「そんなことできるわけないでしょう」って――あの千崎がそう言うって相当やばいわ。でも最後の「人使いが荒い」って呟きから、千崎なりの納得と敬意が滲んでてグッときた。背中を見送るしかできない京介の心情、刺さるなあ…🔥 芽生が代わりに泣いてくれる構図も良かった。