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鷹槻れん

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#極道
鷹槻れん

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月詠 涼
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年が明けて程なくして、京介と芽生は田畑栄蔵から呼び出しを受けた。
新年の挨拶ならば家で済むだろうに、指定されたのは市内でも古くから続く料亭だった。
京介と芽生が指定された場所へたどり着いたとき、栄蔵はすでに個室の方で待っているとのことで、着物姿がさまになる女将が、「こちらでお待ちです」と、奥まった一室へ案内してくれた。
障子越しの冬の日差しはやわらかく、畳の上には凛とした空気が漂う。
襖が静かに開かれると、白髪をきちんと撫でつけた栄蔵が和装で座しており、ゆるやかに立ち上がって二人を迎えた。
こういう場所に呼ばれる時は、軽い話で終わったためしがない。経験からそのことを知っている京介は、じっと目の前の老人を見つめた。
「……わざわざこちらが指定した店まで出向いてもらって悪かったね」
三人が席に着くと、再び襖がすっと開き、着物姿の仲居が膝を滑らせるようにして入ってくる。
先付の膳が、一人ずつの前へ置かれた。
その奥、小ぶりな皿に盛られた向付には蟹味噌豆腐とほうれん草のおひたし、上には香り高い柚子の皮があしらわれている。
ほのかな潮の香りと、湯気を立てる蛤の潮汁が次いで運び込まれ、室内に冬の匂いが満ちた。
最後に青磁の皿へ乗せられた艶やかな寒ブリの刺身が並べられる。淡い脂が光を返し、冬の海の冷たさと豊かさを一片一片に閉じ込めているようだった。
京介は箸を取らず、まずは栄蔵の出方を待つ。芽生がそんな京介の横で、オロオロと男二人の様子を交互に見遣っている気配がする。
「まぁ、とりあえず食べながら話そうか」
栄蔵が湯のみを手に取り、熱い茶を一口啜って真っすぐ京介を見た。
存外穏やかな促しに、京介はひとまず肩の力を抜く。だが、視線だけは栄蔵から外さない。
「いただきます」
栄蔵へ向けて軽く会釈をし、行儀よく手を合わせると、ようやく箸を手に取った。
手始めに寒ブリの刺身を口に入れると、脂の甘みが口中に広がる。
芽生も京介に倣って「いただきます」をすると、ホカホカと湯気のくゆる潮汁へ手を伸ばした。
しばし器同士が触れ合う、かすかな音のみが支配する静かな時間が続いた。
ややして小さく吐息を落とした栄蔵が、手にしていた箸を箸置きに戻して居住まいを正すと、見定めたように京介へと視線を送る。
「今日呼び出したのはほかでもない。――相良くん、キミをわたしの後継者候補にしたいと思ってね」
不意の言葉に、芽生が箸を止め、細い肩がびくりと震えた。彼女が息を呑む音が、やけに大きく京介の耳に届く。
一瞬、室内の空気がぴたりと止まったように感じたのはそのためだろうか。湯気の立つ潮汁さえ、動きを失ったかのようだ。
栄蔵の言葉は、自分だけでなく、芽生の人生も左右することなのだ。そう思ったら、京介の胸の奥で、どくん、と鼓動がひとつ重く響いた。
京介はゆっくりと手にしていた箸を箸置きに戻すと、眼前の栄蔵をじっと見つめた。
(この言いよう。俺が葛西のオヤジから絶縁されて堅気へ戻らされたの、知ってるな)
瞬時にそう思った京介だ。
(もしや職を失った孫の婚約者を心配したのか? いや、だとしても、百歩譲って『さかえグループへ入社しないか?』だろ)
いきなり〝後継者候補〟とはどう考えても穏やかじゃない。
京介は食事の手を止め、まっすぐに栄蔵を見返すと、
「……理由を、伺ってもよろしいですか?」
声は低く抑えているが、その奥には探るような色が混じっていた。
京介のその反応は想定の範囲内だったんだろう。栄蔵は小さく笑みを浮かべると「もちろんだよ」と前置きしてからゆっくりと語り始める。
「まず第一に……これだけは勘違いしないで欲しいんだがね、今回の打診は芽生とキミがどうこうって話があるからじゃない。もちろんゼロとは言わんが、わたしだって社員の生活を守る身だ。博打みたいな真似をするつもりはない」
そこで心配そうに自分を見つめる芽生に優しくうなずいて見せると、栄蔵が続ける。
「先だって、葛西組の組長さんと話す機会があってね。キミのことを色々聞いたんだ。彼はキミを高く買っている感じだったよ。――情に深く、漢気のある人間だとね」
そんなこと、葛西のオヤジから直接言われたことなんてなかった京介は、なんだかソワソワと落ち着かない。
(そこまで買ってくれてたんなら何で俺を組から追い出したんだよ)
それが親心だと分かっていても、そう思わずにはいられない。
目の前のタヌキ爺とオヤジが繋がっているのは何となく察してはいたが、まさか裏で自分の査定をされているとは思いもしなかった。
「相良くん。キミは優しすぎるところがあるんだってね。葛西さんはそこを心配なさっていたよ。まぁ、それはさておき、だ。その話のなかでね、彼がキミのことを〝頭がいい〟と褒めていたんだ。わたしもキミと話していて、そういうのを端々に感じている。小規模とはいえ、相良くん。キミは組長もやっていただろう? 人を動かす力もまとめる力もある。それは縁戚になるからという私情だけでは作れないものばかりだ」
栄蔵の視線は静かに、だが真っすぐに京介を捉えている。
「こう見えてわたしも経営者のはしくれだからね。私情だけで自分の跡目を選んだりはしない。……そこだけは、しっかり理解しておいて欲しい」
その言葉の通り、栄蔵はかつて一応に血の繋がりがあった細波鳴矢を〝見込みがない〟という理由で、後継者候補から外している。何年もかけて育てていたにも関わらず、だ。
その辺は経営者らしく弁えているということだろう。
それが細波親子の、芽生への暴走を生むきっかけになったことを含めて知っている京介は、わずかに眉根を寄せて栄蔵の視線を受け止めた。
「それは……俺もそばに置いてみて駄目だと思ったら後継者候補から外してくれること前提だと思ったんで間違いありませんか?」
恐らくはそういうことだろう。
「まぁ、多分そうはならんだろうがね。有り得ないことではない」
栄蔵の忌憚なき言葉を聞いた、京介はスッと居住まいを正した。
「分かりました。そういうことでしたら俺も安心して身を預けられます。――よろしくお願いします」
言って、深々と頭を下げる。
京介にしても芽生や殿様を養わねばならない。仕事が与えられるのは願ったり叶ったりなのだ。
(ま、十中八九、俺の絶縁にゃ、この爺さんが噛んでるだろうがな)
だとしたら少しぐらい世話になっても罰は当たらないだろう。そう思った。
京介が存外すんなり話を受けてくれたことにホッとしたんだろう。栄蔵の表情が和らぐ。
芽生も、よくは分からないけれど京介にまともな仕事が見つかったことが嬉しかったんだろう。京介の横でホゥッと吐息を落とした。
そんな孫娘を優しい眼差しで見詰めた栄蔵が、話を切り替えるタイミングを教えるみたいに箸を手に取った。
「それと、もうひとつ……。ここからは芽生への話だ。なぁ、芽生。おじいちゃんと一緒に奈央子さんへ会いに行こう」
「……おばあちゃんに?」
いきなり話の矛先を向けられた芽生がポツンとつぶやいて、だが次の瞬間にはキラキラと目を輝かせる。
「うむ。遠方の老人養護施設でお世話になっているらしいからね。相良くんのことも、ぜひ紹介したい。芽生が幸せだって分かれば、彼女も安心してくれるだろうし、わたしも奈央子さんに直接会って謝りたい」
言って、京介に視線を移した栄蔵が、「相良くんも一緒に来てくれるだろう?」と窺うような眼差しをする。
京介は無言のまま、その視線を受け止めた。
ほんの一瞬――いや、わずかな逡巡の間。栄蔵の目は笑っているが、その真意までは読み取れない。
(……この場の舵を握ってるのは、間違いなくこの爺さんだ)
「行くよね!?」
これにすぐさま頬をわずかに赤らめた芽生が援護射撃をしたのもきっと、栄蔵の計算のうちだろう。
芽生に大きな目でじっと見詰められた京介に、拒否権などなかった。
それに、京介も奈央子には会いに行きたいと思っていた。
「……ああ、もちろん同行させてもらうよ」
京介のバリトンボイスに、芽生が「有難う、京ちゃん!」とギュッとすぐ横の京介へ抱き付いた。
祖父の前だというのをすっかり忘れていそうな芽生のその態度に、京介はわずかに眉根を寄せると「こら」と芽生をたしなめた。
栄蔵はそんな二人の様子を〝表向きは〟ニコニコと見つめていたが、タヌキ親父のこと。実際どう思っているかは分からないと思ってしまった京介だ。
二人きりの時には基本〝京介呼び〟を強要するのだが、皆と一緒の時に芽生が〝京ちゃん〟と呼ぶのは容認している。
いついかなる時にも〝京介〟と呼んでくれるようになるのが理想ではあるが、今、栄蔵の前で芽生から〝京介〟と呼ばれるのは何となくまずい気がした。
「では、今度の日曜にしようか。朝から向かえば、日帰りできる距離だ」
そう言って微笑む栄蔵の目には、経営者としての冷静さと、家族を思う温かさが、奇妙に同居していた。
***
――そして日曜の早朝。
日の出前の町はまだ薄墨色の中にひっそりと眠り、冷え切った空気は吐く息を白く染める。
マンションから田畑栄蔵の家までタクシーで乗り付けた芽生と京介は、田畑家の立派な数奇屋門前、門灯に照らされる形で黒塗りの高級セダンが横付けされているのを見た。
そうしてその横に、家人を付き従える形で栄蔵が立っていた。
「おじいちゃん、ごめんなさい。寒いのに……待たせちゃった?」
約束の時間までは、まだ十五分以上ある。
コメント
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京ちゃん、さかえグループの後継者候補!? すごいじゃない! きっと京ちゃんならなれるし、もしそうなれたら芽生ちゃんの生活も安泰だ!
あらためて第55話、「幸せにするために①」読了!🌸✨ 料亭の描写がめっちゃ美しくて、お料理の一品一品から冬の贅沢な香りがしてきたよ〜🥺💕 そして栄蔵おじいちゃんからの「後継者候補」発言、かなり重い空気になりつつも、京介の冷静な対応かっこよすぎ!芽生ちゃんの「行くよね!?」からの「京ちゃん!」のギャップが尊い…😭💖 奈央子さんに会いに行く流れも気になるし、次回が楽しみすぎるよ〜!!