episode13
所夜side
まずい。刃を止めてしまった。
映矢輝さんはまた斧を振りかざしている。今度は私の真上で。
無意識のうちに刃を止めてしまった事を後悔する時間は与えられないだろう。
己の不甲斐なさに苛まれていると、映矢輝さんの腹を折れ曲がった刃が貫いた。
身長差で顔がよく見える。ブライドだ。
安心して肩の力が抜けたような気がした。ありがとう。ブライド。
真上に迫った斧はピタリと止まり、映矢輝さんは力が抜けたように倒れ込んだ。
咄嗟に倒れる彼女を支え、膝を枕にして寝かせる。
さて、どうした物だろうか。
考えた先に口を開いたのはブライドだった。
「治療……どうする?」
「どうしましょうねぇ、」
「ですが、このままここに置いておく訳には行かないでしょう?」
「かといって、この子の家なんてどこにあるのか検討もつきません。」
「なんせ地獄だもんなぁ。」
「地獄ですものねぇ」
「……ならもう答えは一つだ。」
「所夜、映矢輝抱えろ。連れて帰るぞ。」
まあ、あなたならそう言うと思いましたよ。
本当に、感情がないとは思えないくらい優しい子です。
自宅に戻り、ソファに映矢輝さんを寝かせて治療を進める。
ブライドも元は戦場に駆り出されていた事もあって素早い対応だ。
治療をするうちに、違和感に気づいた。首周りが異様に肌荒れしている。
それだけでは無い。露出の少ない服で隠れているが、背中や腕、足にまで切り傷やアザが作られていた。
見るからに新しめの傷。封印された前後につけられたものでは無さそうだ。
痛々しくてとても見ていられない。映矢輝さんにこんな傷をおわせられるのはただ1人。映矢輝さんの義理の父親だ。
子供にこんな事をできるなんて信じられない。まあ年齢的にはご高齢の部類ですが。
治療をしてから数時間後、映矢輝さんが目覚めた。
割と深い傷なのに起きるのが早いなと思い彼女を見ると、困惑したような焦っているような表情をしていた。
驚いている彼女に私は口を開く。
「起きましたか?どうでしょう。傷の痛みは。」
その言葉に、自室にいたブライドが出てきて反応する。
「お、思ったより早かったな。」
映矢輝さんは青ざめた顔で目を見開かせたままこう言った。
「なんで、千ちゃんとえーちゃんがここにいるの!?てかここどこ!?」
あれ、なんかいつもの調子に戻ってる?
「ここは私の家ですよ。あなたにとっては狭いかもしれませんね。」
「うん。ちょっと居心地は悪いかな。」
「失礼ですねこの魔法使い。それよりもこっちの質問にも答えてくださいよ。傷の具合はどうですか?」
「刺されたは時すごく痛かったけどもう大丈夫、!」
「じゃ、敵のところに居ないでさっさと帰るんだな。お前がここにいることを父親が知ったら怒るんだろ?」
同感だ。なんとなくだがそんな感じがする。
プラス、討伐対象をいつまでも家に置くことは出来ない。
そんなことを考えると、映矢輝さんはこう口を開く。
「嫌だ。帰りたくない。」
「家に帰っても、パパに怒られちゃうだけだもん。」
ある程度想像はしてたが、やはり家庭環境が複雑なのだろう。
幼さからか、自分の親が世間的に悪い傾向にあるという事に気づいていないのだ。
仕方ない。出来ればこういう手段は選びたくなかったが……
「じゃあ、今日だけ泊まって行ってください。その代わり、諸々話してもらいますからね。」
そういうと、彼女は大きな目を光らせて今まで見た事が無いような笑顔になった。
「やったぁー!お泊まり、初めて!!嬉しいなぁ、ありがとう!!」
くっ、、子供の無邪気な笑顔って効くんですよね、
正直言ってめちゃくちゃ可愛いです、!
「ブライド、この子の破壊力どうなってるんでしょうね」
「さぁな。どっからどう見ても普通の女子だろう。」
「それより、家に子供用の寝巻きとか下着とかはあるのか?流石にこいつ、風呂入れねぇとやばい匂いしてるしよ。」
映矢輝さんはポカンとした顔で自分の服の匂いを嗅ぐ。
前言撤回。感情が無いとはいえそれはノーデリカシーですよ。
とはいえ、家に子供用の服なんてあるわけが無い。買いに行かなければ。
「映矢輝さん、自分の服のサイズは分かりますか?」
「サイズ?何それ!いつも同じ服しか着ないし分かんない!」
驚いた。長い間封印されていた影響か、はたまた子供だからか、少し世間知らずのようだ。
まあサイズくらいは知ってて欲しかったけど。
じゃあもう早く行かないと店が閉まる時間帯じゃないですか!!
話を先に聞き出そうとしたが、優先度が変わった。
「映矢輝さん!服を買いに行きますよ!」
「ええ、!?そんな、いいよ!!」
「良くないです!」
「あたしはほかの服とか興味無いしお金の問題とかもあるでしょ!?」
「ガキが金の事なんて気にすんな。なぁに、所夜は急に貧困になりはしないよ。」
「でも、!」
「おら、ずべこべ言わずに行くぞ。こいつ、服のセンスはいいから安心しろ」
「いやそう言う問題ではなくてぇぇ!!」
ブライドside
前になんか見た景色だなと思ったら、私の服を買いに来た所じゃないか。
しかもあいつ、また1人で悩んでるしよ。
変人という言葉が似合う女はお前くらいだぞ。
そんな所夜が面白くておもわず店の前で見入ってしまっていた。
一方で、彼女の隣に引っ付いている映矢輝は何度も試着に付き合わされている。
所夜があれがいいそれもいいと言うもんで、映矢輝も結構気疲れしてしまっているようだ。
懐かしいな。私もあいつに服を選んでもらった時は心做しかすごく疲れたよ。
「ほら!こっちもすごく可愛らしいお洋服ですよ!?」
「いや、もうこっちでいいよ、!早く帰りたい……」
「おい所夜。映矢輝もこう言っている事だし。こっちでいいじゃないか。」
「むぅ、分かりましたよ……」
買いに買いまくって6件目。
こんなに1夜で使わないだろと思いつつも付き合っていたらもうこんなに店を回っていた。
4件目辺りから映矢輝は店の外で静かに待つようになった。まぁ、ここまで付き合わされて疲れないわけないか。
少し待ってろと告げ、近くの自販機で子供向けのジュースを買って映矢輝に渡す。
自販機の使いかたには未だに慣れていない。こんなの私の生きていた時代にはなかったからな。
所夜に教えて貰いながら少し覚えたが、それでもなおぎこちない買い方をする私に所夜が爆笑していたのは今でも忘れていない。
映矢輝は疲れきった表情から一気に眩しい笑顔になった。ジュースってすげぇ。
「そんなに美味いか?」
思わず聞いてしまった。いやだってこいつ美味そーに飲むからよ。
「うん!地球の飲み物はなんでも美味しい!地獄も魔界も、水でさえ清潔じゃないからね!」
「1回地球にきて飲み物いっぱい飲んだことがあるんだけど、どれも美味しくて!買ってくれてありがとう!えーちゃん!」
「そうか……。また飲みたくなったら言えよ。疲れただろ?」
「うん!」
大きめのボトルで買ったはずなのに、既にジュースは半分ほど減っている。
同じく買った小さめのコーヒーでさえまだ沢山残っているのにな。不思議なもんだ。
何気なくそんな会話を繰り返す内に、両手いっぱいに紙袋をもった奴が店から出てきた。
「お待たせしましたー!すいません、疲れさせてしまったみたいですね。」
いつもは察しがいいのにこういう時は気づくの遅せぇんだよなこいつ。
「ううん!えーちゃんがジュース買ってくれてもう回復したよ!!」
あら、あなたにそんな事が出来るなんて!とでも言いたげな顔でこっちを見る所夜と、笑顔で所夜に抱きつく映矢輝。
なんともまあ、微笑ましいものだ。親子かおまえら。
所夜side
店にいる時から、何を笑顔で話してるんだとは思っていたが、手元までは見えていなかったので驚いた。
まさかあの圧が強くて力がゴリラのように強くて感情の欠落しているブライドが!?
映矢輝さんに、、、ジュースを買った!?
これは今年一の驚き。いや、人生一の驚きかもしれません。
そんな事を思ってブライドを見てると、何やら照れたのか、頬が少し赤くなっている。
感動。それ以外の言葉が見つかりません……
「あれ?えーちゃん顔赤いよ?大丈夫?」
「大丈夫。きっと暖房が効きすぎているだけさ」
「そう?ならいいんだけどさ、」
「そろそろ帰りましょうか。少し長く居座っていましたものね。」
「それはお前のせいだがな。」
「いいんです!ほら、疲れたので空間で移動しましょう」
「おい、人の話を」
「転移」
ブライドside
寒い空間からいきなり暖かくなったので、肌が少しヒリヒリする。
雪の中で戦うことはあったが、大体厚着なうえ日本ほど寒くなかった。
異常だな。暑い時はしっかり暑くて寒い時はしっかり寒いんだからよ。どうなってるんだ日本。
そんな事を考えながら、家でまでも大はしゃぎしている2人を横目に夕食の準備に取り掛かる。
子供でも好きそうなもの……自分が子供が苦手な事を忘れていた。何が好きなんだ子供。
まぁ適当に美味いもの作れば誤魔化せる。そう言い聞かせ、得意料理であるイギリス料理を作る。
日本ということもありイギリスでは一般的な調味料はあまりないが、日本の調味料も美味いから何とかなる。
手際よく調理を進めると、乙女すぎる声で話す声が聞こえてくる。
「可愛らしいです映矢輝さん!!次こっち試着してみてください!!」
「ほんと!?嬉しい!おっけー。ぱぱっと着替えてくるね!」
なにやらリビングでは小さなファッションショーが開催されているようだ。
元気だなお前ら。あんだけ動いといてまだそんなにはしゃげるのかよ。すげぇな。
正直一日で本当に沢山の事が起こった為、心身ともに私は結構疲れていた。
100年、2000年以上生きててなおそこまでの反応が出せるのを心底尊敬する。
そんなこんなで料理が完成し、呼ぼうとしたら目に入ったのは意外な光景。
映矢輝が所夜に頭を撫でられている。
何故かと思い周囲を見回すと、異様に机や部屋が綺麗になっていた。
いくら集中して掃除をしてもここまで綺麗にはならない。恐らく魔法を使ったのだろう。
なるほど。それで褒められる代わりに撫でてもらっているのか。
にしてもあいつ、あんな母性あったか?
「ほら、飯できたぞ。手伝ってくれ。」
「はーい!お手伝いするね!」
「あらあら、頼もしいお手伝いさんですね」
「お前も手伝えよ?」
「はいはい。映矢輝さん、じゃあこっちを。」
「うん!」
急展開かと思いますがまぁお許しを。
映矢輝ちゃんお泊まり編次回に続きます!
コメント
2件
今回も最高でした!✨こういうのをツンデレっていうんですかね?驚きと胸キュンと感動に同時に襲われました😊✨早朝から声が出ちゃいました✨