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ruruha
821
#執着
さぶれ
1,802
49
#元カレ
まぁ
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アリーシャ様の華やかな誕生パーティーの会場へ足を踏み入れた私は、まずは父の元へと向かった。
「お父様。お待たせいたしました」
「ああ、来たか。紹介しよう。こちらが我が娘のリリー・アルベールだ」
静かに丁寧なお辞儀をして顔を上げると、そこに立っていたのは真紅の髪を持つ、凛々しく洗練された顔立ちの青年だった。
「はじめまして、リリー嬢。ガルム公爵家次男、ベラグランデと申します。以後、お見知りおきを」
ベラグランデ――その名は、今日までにも何度も耳にしていた。
若干二十歳にして王立騎士団の副団長を務める、若き才俊。人柄の良さでも知られ、民からの信望も厚い人物だ。私とはわずか四歳差。貴族の政略結婚としては、極めて歳の近いお相手と言える。
彼に関する不穏な噂など聞いたことがない。実際、目の前に立つ彼はどこまでも誠実そうで、爽やかな気品を纏っていた。
……では、どうして?
どうしてこのような素晴らしい方が、私のような者を婚約者として望むのだろう?
「……少し、庭園へ出ませんか?」
彼に静かに促され、私たちは夜風が心地よい庭園へと足を運んだ。咲き誇る花々の甘い香りが、静かに風に揺れている。
「単刀直入にお伺いします。……今回の婚約のお話、いかがでしょうか?」
あまりにストレートな問いかけに、少しだけ驚いてしまった。けれど、まわりくどい社交辞令を並べられるよりは、ずっと彼らしくて好ましく感じられた。
「正直に申し上げますと、大変驚いております……。私のような者に婚約のお申し込みをくださるなんて。……一体どうして私なのですか?」
核心を突く質問を投げかけると、彼は一瞬だけ視線を泳がせ、耳の先端をほんのり赤く染めた。
「ずっと前から……貴女に深くお心惹かれていたのです。パーティーで貴女をお見かけするたびに、お声をかけようと思っていたのですが……挨拶を終えられると、いつもすぐに姿を消してしまわれるので……」
少し照れたように頭をかく彼の姿に、私は思わずパチパチと目を丸くした。
――確かに、リリー社交の場が昔から大の苦手だった。
挨拶さえ済ませてしまえば、すぐに人の少ない庭園やバルコニーへ逃げ込んでいたし、時には体調不良を装って早く辞去することすらあったのだから。
「ですが、私は……魔法も満足に使えない、落ちこぼれの令嬢です。それに……」
私は躊躇いながらも、自身の髪と瞳にそっと指先を滑らせた。
「この髪と瞳の色……父にも母にも、兄にさえ似ておりません。親戚をいくら辿っても、誰一人として同じ色の者はいないのです。学園では『捨て子なのではないか』と噂されるほどで……気味が悪いと陰口を叩かれることも珍しくありませんでした」
濃い青髪の父、柔らかな茶髪の母、そして爽やかな青髪の兄。
家族の誰も持っていない、私だけの異質な色。――それは幼い頃からずっと、私の心を重く縛り付けてきた呪いのようなものだった。
「そんな私などを選ばれるより、もっと相応しい方が――」
「そんなことはありません!」
私の言葉を遮るように、彼の強い声が重なった。
「貴女の髪と瞳は……夜空に白く輝く月のように、息をのむほど美しい。初めてお見かけしたその時から、私はずっと、なんて綺麗な方なのだろうと思っていました」
「……え?」
――こんな風に真っ直ぐ自分の容姿を褒められたのは、人生で一体いつ以来だろう。
「この婚約の件、私は決して諦めるつもりはありません。……また、お会いしに伺います」
そう言い残すと、彼は真っ赤になった顔を隠すように頭をかきながら、まるで逃げ出すかのように庭園を去っていってしまった。
私は――あまりの出来事に、その場からしばらく動くことができなかった。
━━━
静まり返った庭園で我に返った私は、先ほど彼が残していった言葉を何度も心の中で反芻していた。
「あんなに……真っ直ぐに褒めていただいたの、初めてだわ。……本当に、お噂通りの誠実な方……」
けれど、胸の奥にはどうしても拭いきれない理由のない拒絶感が渦巻いていた。
パーティー会場へすぐ戻る気にはなれず、私は一人で静かなバルコニーへと向かい、夜空を見上げた。
「月のように……か。私なんて、そんな大層なものじゃないのに」
ぽつりと呟きながらふと目線を下げると、澄んだ月光を受けて銀色に煌めく夜の海が視界に飛び込んできた。
「綺麗……。なぜかしら、昔から海を見ていると心が落ち着くのよね」
その時、胸の奥から溢れ出すように、ある愛おしい旋律が頭に浮かんだ。
――静かにその歌を口ずさみ始めたとき、リリーあの異国めいた雰囲気を纏う冒険者――レオと出会うことになったのだ。
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「……本当に、演奏なさるのね」
私は会場の吹き抜けの隅から、固唾をのんでステージ上の彼らを見つめていた。
スポットライトを浴びて立ち上がるのは、あの噂の三人組。
彼らが手にしているのは、この王国の宮廷にはあまりにも不釣り合いな、けれどどこか言いようのない懐かしさを感じさせる――不思議な形の楽器群だった。
……よく見れば、南棟の「楽園」でソウタたちが大事に手入れしていたものと、驚くほど構造が似ている。
会場には、冷ややかで不穏なざわめきが広がっていた。
困惑と不信感、そして隠そうともしない露骨な嘲笑。
「一体何が始まるというのだ? あんな奇妙な道具で演奏だと?」
「宮廷楽団の代わりが、一介の冒険者だと……?」
「ふん、エルフとウルフ族の余興か。見ものだな」
貴族たちの顔には、蔑みを含んだ薄ら笑いが浮かんでいた。
まるで「無知な平民の滑稽な見世物でも拝見してやろう」とでも言いたげに。
それでも――レオは微動だにしなかった。
その背筋はどこまでも真っ直ぐに伸ばされ、その瞳には揺るぎない強い光が宿っている。
どんな冷酷な視線を浴びようとも決して動じない、確固たる自信と誇りがそこにはあった。
何より、彼はリリーがひそかに書いていたあの「詩」を知っていた。
作者の名前などどこにも載せていないはずなのに、最初からリリーが書いたものだと確信していた。
初めて会ったはずなのに感じる、あの切なくも懐かしい感覚。
その理由を、今のリリーはまだ知る由もない。
気づけばリリーは、胸の前で両手を固く握りしめていた。
恐怖と不安で押し潰されそうだった。けれど、それ以上に――彼らの奏でる音を信じたかった。
「まったく……どうせただのお遊びでしょうに。期待するだけ無駄ですわ」
お誕生日の主役であるアリーシャ様が、隣で不機嫌そうに溜息をつく。
その言葉に合わせるように、中央の国王陛下もゆっくりと玉座の背もたれに体を預けた。
「さあ、見せてもらおうか。ただの無謀な余興か、それとも――」
レオが、合図のように静かに手を挙げた。
そして――
次の瞬間、世界の空気が一変した。
ドラムの重低音が、会場の床を揺らして激しく響き渡る。まるで落雷のような衝撃。
その一打の凄まじさに、冷やかだった会場が一瞬で静まり返った。
誰もが息を呑み、絶句して目を見開く。
続いてピアノの華やかな旋律が、夜空を舞う鳥のように伸びやかに響き始める。
軽やかでありながら、芯の通った力強い音色。
そこにレオ様のギターの低く深い音が重なり、旋律全体に圧倒的な熱量を吹き込んでいく。
「なっ……!?」
誰かが上げた驚愕の声が、静寂を切り裂いた。
シャンデリアの眩い光が揺れて見えるのは、会場全体が音の波によって振動しているからだろうか。
まるで、この広大な空間そのものが、彼らの鳴らす音によって支配されていくようだった。
「すごい……っ! 音が、身体と心に直接突き刺さってくる……!」
思わず、感動の声が口から漏れ出していた。
自分でも身体が微かに震えているのが分かる。
こんな音楽、生まれてから一度だって聴いたことがない。――それなのに、知っている。
先ほどまで嘲笑っていたアリーシャ様が、目を見開いたままステージに釘付けになっていた。冷め切っていた表情は消え去り、顔全体が驚愕に染まっている。
陛下の瞳も鋭く細められ、その奥には――隠しきれない強い驚きと深い感銘が光っていた。
(やっぱり……すごいわ……!)
私は、一秒たりとも目を逸らすことができなかった。
音が、私の胸の奥を激しく揺さぶる。押し殺していた心の奥底を、まっすぐに掴んで離さない。
見たこともない演奏。聴いたこともない激しい旋律。
それなのに、どうしてこんなにも切なく、愛おしく、懐かしいの……?
「……知っているわ。この音……この、胸が張り裂けそうな感覚……」
呟いた瞬間、胸の奥がキュッと締め付けられるように痛んだ。
知らないはずの音。それなのに、私の中の「誰か」が、歓喜の声を上げて強く応答していた。
ステージの上から放たれる“音”は、どんな言葉よりも雄弁に、まっすぐに伝わってくる。
どこまでも優しく、けれど力強く、私の魂を揺さぶってくる。
気づけば、頬を静かに温かい涙が伝い落ちていた。
どうしてこんなにも胸が苦しくて、愛おしい気持ちになるのだろう……?
(この曲は……一体、なんなの……?)
心の奥底で、静かに、けれど決して消えることのない情熱の火が芽生え始めていた。
「まだ……聴きたい……っ」
そう願わずにはいられなかった。
この音は、私にとって絶対に特別なもの。
そして私は――確かに、この音を知っているのだから。
コメント
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わあ、第14話、すごく良かったです……! ベラグランデ様が「月のように美しい」って真っ直ぐに伝えてくれるシーン、胸がきゅっとなりました。リリーが自分の髪や瞳の色を呪いのように感じていたからこそ、その言葉の重みが違いますよね。それでいて、後半の演奏シーンへの流れが見事で……「知っているはずのない音に魂が応答する」感覚、すごく共感しました。音楽の力で過去と現在がゆっくりと結ばれていく予感がして、続きが待ち遠しいです!