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あらすじを把握した上でお読みください。
続き物となっているので、一話目の「四月」から読まれるとよりわかりやすいと思います。
かじかんだ手で鉛筆を握る。スケッチブックはこれで三代目だ。そらさらと紙を滑る黒鉛はもう手馴れた動きをしている。最近は植物だけでなく、瓶やコップ、オブジェなどに手を出しているが、これがまた楽しく、ついのめり込んでしまう。埋まっていくスケッチブックを見るのは楽しいはずだが、最近はその心は空っぽである。理由はわかっている。先輩が引退したからだ。別に昼休みに一緒に弁当を食べるとか、廊下でたまに見かけるとか、そういうのが無くなったわけでもないが、部活動引退後にすることと言えば受験勉強であり、一年の俺が貴重な勉強時間を潰すのもなあ、と思ったので昼食は二週間に一回と頻度を減らそうと言ったのだ。先輩は何の気持ちを混ぜたのか複雑そうな表情を浮かべていたが、了承してくれた。
ともかく、先輩と関わる機会がめっきり減り、俺がこの美術室で三番目くらいに好きだった先輩がキャンバスに向き合う姿も無くなってしまった。一番は副顧問の英語の熟年女性教師が俺の絵を見て褒めてくれた時の表情だ。あれは良かった。
窓から外を見ようにも、美術室の窓から見える景色はグラウンドか、体育倉庫と、好き勝手生い茂った雑草しかない。だから校門を眺めるには美術室を出て少し移動しなければならない。真面目な先輩のことだから、きっと下校時間すれすれまで図書室で勉強しているんだろうな、と思うと俺も頑張らないとなあ、と思う。
レンガというものは馴染みの無いようなものに感じて、実際あまり無い、とレンガのデッサンをしながら考える。なんてったってここは和の国だ。レンガ造りの家なんて、見るには見るが多くはコンクリートみたいな外壁に覆われている。あ、でも学校の花壇はレンガが使われてたっけ。…まあ、学生の俺にとっては特に意識して生活することは無に等しい。サスペンスとかではたまに凶器になってたりするよなあ。前にデッサンしようとした時、うっかり足に落としてしまったことがある。レンガは割れはしなかったけど、俺の足は割れるように痛かった。幸い、骨に異常はなくただ腫れただけで済んだが。そんな話を屋上の寒空の下での昼食中、先輩にしたら爆笑してたなあ。そんな風に笑うなんて思わなくて、俺は呆然としていたが、段々つられて結局俺も笑ってた気がする。先輩は些細な俺のドジには呆れ気味に叱るが、まあまあ大きなドジには笑っているような気がする。ひどい。…思えば、美術部の活動だけでなく、この学校の場所は家庭科室とかの教室以外は先輩との何かしらがある気がする。思い出せるのは大抵しばかれた場所な気がするけど。最初はあんなに先輩を懐柔する!って意気込んでいたのに、今はどうだろう。懐くって言い方をすると間違いなく拳骨だけど、それなりに心を許してくれている気がする。名前で呼んでくれる頻度も増えたし。…会話の比率は一対四くらいだが。もちろん、俺が四だ。
部活という学年混合のコミュニケーションの場から外れれば、学年の違う人たちは距離を嫌でも感じるだろう。そこからは各々の意思が無ければ再び交流はできない。俺は大丈夫。俺は先輩と仲が良いと言える間柄ではないけど、先輩も俺のことを悪くは思っていないはずだし、何より会う習慣ができているから。じゃあ、先輩が卒業した後は?それこそ疎遠になってしまう。仮に連絡先を交換しても、俺は先輩の自由な意思に逆らえず、尊重してしまい、きっと簡単に疎遠になってしまう。別によくあることだ。人と人との別れなんて時が過ぎればいずれくるもの。そのきっかけが進学であり、年の差であり、関係値の問題であるだけだ。当然、とわかっていても、寂しくならないわけがない。でも、これ以上を先輩にねだる程いやしくもなれないし、かと言って、先輩!今までありがとうございました!とあっさり別れれる程浅い気持ちでもない。一番、中途半端な気がして、でもそれは先輩に進学してほしくないと言っているようなものではないのか、なんて素直に応援できない自分が嫌に思ってしまって、どうしようもなくなってため息をつくと、下校時間を知らせるチャイムが鳴った。ふと周りを見ると誰もいなかった。一人でした掃除はかなり時間がかかってしまい、その上鍵を返しに行った先の職員室で、先生にもう少し早く行動しろと叱られたため、先輩が帰ると勝手に予想していた下校時間をかなり過ぎてしまった。