第5話:すれ違いの先で
それから数日、結名と無一郎の関係は微妙に変化していた。
放課後に図書室で一緒に過ごす時間も、並んで帰る道も、いつものように続いていた。
けれど、結名の胸の奥にはどこか寂しさが残っていた。
無一郎は、あの日の告白に対して、答えをくれたわけではない。
“少しは俺のことを理解してほしい”
彼のその言葉は、期待と不安の両方を結名に抱かせていた。
ある日の放課後。
結名は図書室ではなく、屋上へと足を運んだ。気持ちの整理がしたかった。
秋の風が、制服の袖をやさしく揺らす。
「……どうして、あんなに近づけたと思ったのに、また離れていくのかな」
思わず口に出た独り言に、自分で苦笑する。
すると背後から、聞き慣れた声が聞こえた。
「…誰かと思えば、お前か」
振り返ると、そこには無一郎が立っていた。
「無一郎くん…なんでここに?」
「いつも図書室にいるお前が来ないから、探しただけ」
その言葉に、結名の胸が小さく跳ねた。
「…私、また一人で焦ってたのかな。無一郎くんが返事をくれないから、ちゃんと伝わってないって思ってた。でも、違ったんだね」
無一郎は何も言わず、結名の隣に立った。そして、ぽつりと呟いた。
「…お前のこと、嫌いじゃないよ」
その一言に、結名は目を見開いた。
「え…」
「ただ、好きって簡単に言えるほど、自分の気持ちが整理できない。昔から、感情を出すのが苦手で…どうしたらいいのか、ずっとわからなかった。でも、お前がそばにいてくれて、何度も話しかけてくれて、少しずつ…変わったんだ」
結名は黙って、無一郎の横顔を見つめていた。
「それって…私のことを、少しでも想ってくれてるってこと?」
無一郎は目をそらし、空を見上げたまま頷いた。
「…うん。俺も、お前のことをもっと知りたいって思ってる」
涙がこぼれそうになるのを、結名は笑顔でごまかした。
「もう、それで十分だよ」
無一郎は少しだけ顔を向け、珍しく口元をわずかに緩めた。
「それなら、また明日も一緒に帰ろう」
「うん!」
結名の笑顔は、今日も変わらず明るかった。でも、その奥にはこれまでとは違う、静かな強さが宿っていた。
**
夕暮れの校舎を背に、二人は並んで歩き出す。
すれ違いから始まった想い。
一方通行だった気持ちが、ゆっくりと交わり始める。
言葉は少なくても、そこには確かな“つながり”があった。
恋は、いつもまっすぐには進まない。
だけど、寄り添おうとする気持ちがあれば、少しずつでも歩み寄れる。
そう信じられるだけで、世界は少し優しく見える気がした。
——すれ違う恋愛は、もうすれ違いだけじゃない。
終わり