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# 第6話 毎日の帰り道
それから、俺の日常は少し変わった。
学校が終わると、そのまま家には帰らず、
近所の総合病院へ向かう。
「今日も来たよ、らんらん」
病室のカーテンをそっと開けると、
ベッドの上でらんらんが小さく笑う。
「……毎日来なくても、いいのに」
「でも、来たいんだ」
それ以上は言わない。
らんらんは、それ以上も聞かない。
その距離感が、今はちょうどよかった。
抗がん剤治療が始まってから、らんらんの体調は日によって大きく違った。
調子のいい日は、少しだけ会話ができる。
でも――悪い日は、見るのがつらいほどだった。
「……っ、う……」
顔をしかめ、らんらんが上半身を起こす。
慌てて、ベッドの横に置いてある洗面器を手に取る。
「大丈夫、ここ」
背中に手を添えた瞬間、らんらんの体がびくっと震えた。
「おぇ……っ、う……げほっ……」
喉の奥から、苦しそうな音が漏れる。
肩が小刻みに揺れて、息が乱れる。
「……う、うぅ……っ」
胃の中のものを吐き出すたび、洗面器に響く
「ぐっ……ごぼ……」
という音が、やけに大きく聞こえた。
「……ごめ……っ、こんなの……見せて……」
「いいから、喋らなくて」
背中を、ゆっくりさする。
らんらんの体は驚くほど軽くて、触れるのが怖くなる。
「……はぁ……っ、はぁ……」
吐き気が少し落ち着くまで、何度も波が来る。
そのたびに、らんらんは苦しそうに眉を寄せて、洗面器に顔を伏せた。
「……つらいね」
そう言うと、らんらんは小さく首を振った。
「……慣れる、って言われた」
慣れる。
そんな言葉で片づけていい苦しさには、
見えなかった。
吐き終わったあと、
ぐったりとベッドに戻るらんらん。
額には汗が滲んでいて、呼吸も浅い。
「……すち」
「なに?」
「……ありがとう」
それだけ言って、目を閉じる。
眠るというより、力尽きたみたいだった。
俺は、そっと椅子に座って、らんらんの寝顔を見る。
苦しそうで、でも、確かに生きている。
この痛みも、吐き気も、全部代わってあげられたらいいのに。
そう思うのに、俺にできるのは、そばにいることだけだった。
「……明日も来るから」
返事はない。
それでも、そう約束して、俺は病室を後にした。
帰り道。
近所の夜風が、やけに冷たく感じた。
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