大学へ入学してから出会ったKは、基本気のいいやつだったがとても変わったやつでもあった。
サークル仲間と共にサイクリングに出掛けた時には、何故かKは必要もないロープを持参してきた。
「……何でロープ?」
「必要になるかもしれないし、一応ね」
「そんなの何に使うんだよ」
「山で遭難するかもしれないしさ」
そう答えたKは、ニッコリと爽やかに微笑んだ。
「いや……登山なんてしないだろ」
そもそもサイクリングをしに来たのだ。いくら途中で山のすぐ傍を通過するとはいえ、だからといっていきなり登山なんてするわけがない。
Kが何を思ってあの時そんな事を言ったのかは分からなかったが、きっといわゆる天然というやつなのだろう。そういう節は前々から所々にあったように思う。
だからといって何か支障をきたすわけでもなく、慣れてしまえばそんなKの突飛な言動は見ていてとても面白いものだった。
「いや〜、ホント嬉しいなぁ」
何がそんなに嬉しいのか、先程からずっとこんな調子でやたらとテンションの高いK。
ワンルーム八畳程しかない俺の自宅をキョロキョロとしながら、ニコニコと笑顔を浮かべて鼻歌まで口ずさんでいる。
「何がそんなに嬉しいんだよ。前にも来たことあるだろ?」
「あるけどさ、二人きりって初めてだし」
そう答えながらいそいそと鞄を漁り始めたKは、中からブルーシートを取り出すとそれを床へと敷いた。
「何だよこれ……」
「ん? 必要かと思って」
確かに床に何も敷いていないとはいえ、だからといってブルーシートはどうかと思う。相変わらずのKの突飛さに苦笑しながらも、俺はブルーシートの上に腰を下ろすと缶ビールの蓋を開いた。
「で、何だよ相談て」
「それがさ、好きな子の話なんだけど」
「おっ。恋愛話かよ。なになに、どんな子なんだよ?」
「凄く優しくていい子なんだ」
「へ〜。それって大学の子?」
「うん。でもその子、彼氏がいるんだよね」
「マジか……。でもたかが彼氏彼女だろ? そんなの奪っちまえよ」
「そうだよね?」
「うん、そうそう。 ……で、どの子? 俺の知ってる子?」
「それは内緒」
「え〜。ここまで言って内緒かよ〜」
そんな会話を交わしながら、酒とつまみを消化してゆく俺達。
「Tこそ最近どうなの? 彼女とは上手くいってるの?」
「いやいや〜、上手くいきすぎて困っちゃうよね〜」
デレデレとした顔でそう答えれば、そんな俺を見て「……キッモ」と言ったK。
「いや〜マジな話さ、好きすぎてどうにかなっちまいそうだよ。マジで俺、このまま付き合ってたら死ぬかも」
「そうだね」
Kと一緒に恋愛話をするだなんて、そんな経験が初めてだった俺は、その嬉しさからグビグビと酒を煽った。
二時間程が経過する頃には大量の空き缶が転がり、思いの外酔ってしまった俺は目を回した。
「うっ……気持ち悪、」
突然の吐き気に思わずその場で嘔吐すると、Kが用意してくれたブルーシートを見つめながら感謝する。
最初こそ驚きはしたものの、結果的にこうしてちゃんと役に立ったのだ。
「お前が用意したブルーシート、役に立ったな」
そう言いながら顔を上げると、いつの間に身に着けたのか雨ガッパを着たKが立っている。
いくら吐瀉物で汚したくないからとはいえ、雨ガッパなんてものを着てしまうところはやっぱり変わり者のKらしい。
「雨ガッパは流石にやりすぎだろ」
苦笑しながらそう告げると、そんな俺のすぐ横で腰を屈めたKは、無表情な顔を浮かべたまま俺の顔を覗き込んだ。
「いや、だって返り血浴びたくないし」
【解説】
以前から、虎視眈々と主人公の命を狙っていたK。
その理由は、主人公が付き合っている彼女。Kの片想いの相手は主人公の彼女なのだ。
以前から感じていたKの突飛な行動も、全ては主人公を殺す為に用意していたモノや行動によるもの。
それに気付けなかった主人公は、Kのことをただの変わり者だと勘違いしていた。
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