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「ピュー! キュー! クゥウ~ン♪」
「わかったわかった、すまなかった。
今度はあまり家を空けぬようにする」
町へ戻ってきた私たちは―――
まず私はレイド君・ミリアさんと一緒に
事の顛末を報告しに、
メルはパックさん・シャンタルさん夫妻に
メープルシロップの確保のために、今後の
カエデ似の樹木の搬送の相談に―――
そしてアルテリーゼは孤児院に、我が子である
ラッチを迎えに行った。
さすがに10日間の遠征は長かったようで、
ラッチはアルテリーゼを見るなり、胸に
飛び込んでいき、
宿屋『クラン』で合流した時には―――
まるで飼い主にじゃれつく子犬か子猫のように、
彼女から離れないでいた。
そして私はというと……
「パンケーキ、30人分終わりました!」
「ありがとうございます!
あと20人分、頑張ってください!
それと果物のカットは順調ですか!?
出来る限り細かく刻んでください!」
ラッチがお世話になった孤児院へ
差し入れるため、パンケーキの調理に
追われていた。
「シン!
出来上がったのから、メープルシロップ
塗っていってー!!」
メルも一緒に忙しく厨房で駆け回る。
何せ今の孤児院は、40人ばかりの子供たちが
いるのだ。
それに院長先生やギル君やルーチェさん、
カート君・バン君・リーリエさん、職員さんも
合わせると―――
50人以上の分を用意しなければならない。
カルベルクさんの町でいくらかのシロップを
分けて頂いたが、量の少なさは否めず……
そこで甘さと量を補うために果物をカットし、
フルーツサンドみたいにしたのである。
「じゃあまずは第一号!」
と、この町で一番最初に出来たパンケーキは、
アルテリーゼのいるテーブルへ運ばれ―――
ラッチへ献上された。
「ほれ、留守番のご褒美じゃ♪
口を開けよ」
母親が『あーん』させて食べさせると……
ドラゴンの子供は目を丸くして驚き、
「ピュイィッ! ピュッ!!
ピュウゥウ~!!」
よほど気に入ったのか―――
スゴイ勢いで食べ始めた。
「うーむ、シンよ」
「ん? 何?」
アルテリーゼに呼び止められ、足を止める。
「残りのパンケーキ、早く作って
持っていった方がいいかも知れぬ。
多分この子、おかわりを求めるぞ」
「う~ん……
それはちょっと困るな」
そこで私は女将さんであるクレアージュさんと
相談し―――
孤児院への差し入れは、裏口からこっそり
持っていってもらう事にした。
1時間後―――
私たち家族は、ゆっくりとした足取りで
家路についていた。
「そういえばメル、パックさんたちは何と?」
「喜んで協力すると言ってました。
特に甘い樹液の出る木には興味津々で―――
何本か研究用にもらえるのなら、という
条件付きでしたけど」
研究欲の方が上か。
相変わらずあの夫婦は……
まあ協力してくれるのであれば有難いけど。
「シン、ギルドの方はどうじゃった?」
「あ、そっちの方は―――
ギルドというか町からの要請で、東西の
開拓地と結ぶ橋の部品が出来上がったので、
アルテリーゼ、シャンタルさんに頼みたい、
との事でした。
あと確か……」
何か言われてたよなあ、と首をひねり……
思い出してそれを口にする。
「何か、王都からお客さん―――
というか捕虜が来るらしいんですよ」
「?? どゆこと?」
メルが聞き返してくる。
まあ無理もないだろう。
私にもよくわからない案件だったし……
「あの、ドーン伯爵様のご子息で―――
アリス様の兄、ギリアス様っていたでしょう。
チエゴ国との戦争に加わって、指揮権を
引き継いだんですけど……」
―――シン回想中―――
「ギリアス様が捕らえた捕虜ッスか?」
「それがどうしてこの町に……」
レイド君とミリアさんが、わけがわからない、
という表情でギルド長を見つめる。
「何でもまあ、扱いに困っているって話だ。
ほんで王都ギルドのライオット本部長に
話が回って、この町で預かってもらえねーかと
言ってきたんだよ」
そこでジャンさんは、フーッと一息ついて、
「まあアイツもシンの正体を
知っているからな。
俺もいるし、何かあっても
対応出来ると思ってんだろ」
すると若い男女はこちらを見て、
「結局はシンさんッスかー」
「そこに収束する運命なんですよね」
「望んでいないんですけど!?」
呆れるように話す2人に私は抗議の声を
上げ―――
それを見た3人は笑いながら、話を続けた。
―――シン回想終了―――
「……というわけでして」
事情を説明すると、妻2人も納得したような
観念したような表情となり、
「まー、シンがいればたいていの事は
解決するもんね」
「話はそれだけかの?」
すっかり寝入ってしまったラッチを抱きながら、
アルテリーゼは会話を続け、
「んー、後はミリアさんが退出する際、
レイド君を引きずるように出ていった事
くらいかな。
そういえば、
『メルさんとアルテリーゼさんから
教わった技を……』
とか何とかブツブツ言ってたような気が。
何か教えたのか?」
私の問いに、2人はクスっと笑い、
「それは女の子同士の秘密ですよぉ♪」
「あとは彼女次第―――
というところじゃな」
嫁2人の言っている事はわからないが……
女性同士の話なら、首を突っ込まない方が
身のためだろう。
こうして私たちは、久しぶりの我が家へと
戻っていった。
翌日から―――
本格的に仕事が始まった。
アルテリーゼとシャンタルは、まず東西の
開拓地域と中央の町を結ぶ、橋の建設に
従事する事に。
(メープルシロップの樹木の方は、さすがに
後回しにされた)
また、橋脚は石材で出来ているが、その上の
人が渡る部分は木材で作られていたので、
橋脚の設置さえ終われば後はとんとん拍子に
進み―――
細かな仕上げを除いて、3日ほどで
連絡橋、空中通路は完成した。
それから彼女たちは、カエデに似た木を
ブリガン伯爵領からピストン輸送している。
私の方はというと……
いつものメンバー、それにメルも連れて
漁と猟を行っていた。
本格的に冬が終わった事もあり―――
魚と鳥の需要は増えこそすれ減る事は
無いので……
適度に遠征しつつ、乱獲には気を付けながら
動物性たんぱく質の確保に勤しんでいた。
そんな多忙な日々を送っていたある日……
『お客様』がやって来た。
「えーと、この方たちは……?」
ブリガン伯爵領から戻って、10日ほども
経った頃だろうか。
私は例のギルド支部長室―――ではなく、
新たに拡張されたギルドの応接室で、
一人の女性と2人の男性を紹介されていた。
金髪のミドルヘアー、年は20代後半といった
ところだろうか、いかにも騎士っぽい女性から
口を開く。
「チエゴ国、辺境伯のセシリア・ナルガです」
短髪で、精悍な顔立ちの男性……
こちらは20代前半か半ばだろうか。
身分差のためか、彼女のやや後ろに
下がって一礼する。
「同じくチエゴ国の―――
ナルガ伯の部下、ミハエルです」
礼儀正しくはあるが、レイド君と同じくらいの
高身長で、威圧感を感じる。
「同じくゲルトじゃ。
よろしく頼みますぞ」
最後に挨拶した男性は、立派な口ひげを
たくわえた、やたら毛深い60代と思われる
老人。
そして横で聞いていたギルド長が3人の顔を
まじまじと見つめ、
「『剣聖の姫・セシリア』―――
そして
『貫く者・ミハエル』、
『ナルガ家の牙・ゲルト』……
まさかお目にかかれる日が来るとはな」
何か二つ名を聞く限り、ものすんごい
有名人、それも3人ともって感じだが……
セシリアさんは剣聖と呼ばれるくらいだから、
剣に特化した人だろう。
貫く者、というのは多分―――
槍か、それとも一点突破の攻撃魔法と
推測出来るけど……
「ん? ゲルトさん、牙というのは」
「あぁワシ、獣人なんじゃよ。ホラ」
すると老人は大きく口を開いて見せる。
そこには、とても人間とは思えない牙があった。
獣人は初めて見たが―――
ドラゴンもいるくらいだし、不思議ではないよなと
ひとり納得する。
「もうヨボヨボで、体毛もほぼ抜け落ちたから、
あまり人間族と外見は変わらんがの」
屈託なく笑う老人に警戒感も薄れ―――
次いで本題の質問に移る。
「あのう、聞いた感じだけでも名の知れた
方々だとわかるんですが、どうしてここへ?」
すると、辺境伯と名乗った女性が遠い目を
しながら、
「簡単な話です。
先のウィンベル王国との一戦で―――
完膚なきまでに叩き潰されたんですよ。
何ですかあのブーメランっていうの。
何ですかあの投石部隊」
続いてミハエルさんが、
「まさかあんな僻地に、遠距離魔法を使う
精鋭部隊を送り込んでくるとは夢にも
思いませんでしたからね……」
最後にゲルトさんも、
「あれだけの規模の遠距離魔法に対する
備えなぞなかったからのう。
あっという間に蹴散らされたわい」
それは大変申し訳なかったというか……
遠因が自分にあると知ると、いたたまれなくなる。
「……ああ、そんな顔をしないでください。
確かにウィンベル王国に対してはいろいろと
思うところはありますが―――」
「別にあなた方に直接的な恨みが
あるわけではないですしね……
・・・・・・・
自分たちだけでどうこうするつもりは
無いから、安心して欲しい」
チエゴ国の若い男女を、ジャンさんは
じっと見つめるが―――
すぐに老人も口を開く。
「ま、本国も今頃、返還交渉の真っ最中
じゃろうし。
それに、ここのギルド長殿は『真偽判断』を
使えるのじゃろう?
ウソをついているかどうかはわかるはずじゃ」
フン、とジャンさんは鼻息を漏らすと、
私の方へ手招きして―――
一緒に部屋を出る事になった。
席を立つと、ふとギルド長と一緒にいるはずの
2人が見えない事に疑問を抱き、
「そういえば、レイド君とミリアさんは?」
「何かレイドが起き上がれなくなったとかで、
ミリアが看病しているんだ。
腰やったとか言ってたっけな。
このクソ忙しい時に何してんだ、ホント」
世間話をしながら、私とジャンさんは部屋を
退出し―――
後にはチエゴ国の3名が残された。
「……行ったか。
ゲルト、周辺の警備はどんな感じですか?」
「気配はありませぬのう。
……話が外に漏れる事は無いかと。
この町もそれなりに栄えておるようじゃが……
王都以上というのはあり得まいて」
主人である女性に、老人は小声で
ささやくように話す。
―――――――――――――――――――――
※■この町にはドラゴンがいます。
―――――――――――――――――――――
「『真偽判断』はあくまでも、ウソかどうかを
判別するだけ―――
条件付きで語った言葉にウソが無ければ、
気付かれる恐れは無い。
・・・・・・・
自分たちだけで、事を起こすつもりは
ありませんからな」
ミハエルの言う通り、『真偽判断』は
細かい設定までは見抜けない。
逆に言うと、それさえクリアすれば
ウソは見抜かれないのだ。
「王都から離れた土地にしては、堅牢な壁や
居住地を結ぶ橋に驚かされましたが……
警備は緩いと見ていいでしょうね。
見張りも付けず、あっさり我々だけ
部屋に残すのを見ても」
セシリアは部屋を見渡し、改めて室内に
身内しかいない事を確認する。
―――――――――――――――――――――
※■この町には人妻のドラゴンが
2人います。
―――――――――――――――――――――
「それで―――」
「いつ決起されますかの?」
元々大きな声ではなかったが、さらに小声で、
しかしハッキリとした意志で―――
女伯爵に部下2人が顔を近付ける。
「今すぐは無理でしょう。
しばらくは情報収集に努めないと」
彼女の言葉に、ミハエルとゲルトはコクリと
うなずく。
「ウィンベル王都をまたぐ事になるが……
本国か、隣国のクワイ国に何とか連絡を
付けられないかのう」
「なるほど。
どちらかからでも、手引きする者を
送り込んでもらえれば……!」
部下たちの提案に、彼女は微笑を浮かべ、
「その混乱に乗じる事が出来れば―――
こんな片田舎の町からの脱出など容易い事。
まずはどこの防備が手薄かを調べて」
相談が佳境に入ってきたところへ―――
急にドアが開かれ、3人は固まった。
「おう、スマン。
ノックもしないで……」
「あ、すいません。
ギルド長に開けてもらっちゃって」
私は、ジャンさんと一緒に応接室へと
戻ってきた。
いきなり部屋に入ったからか、
3人を驚かせてしまったようだ。
「……あの、話、聞いてました?」
おずおずとナルガ辺境伯様が聞いてくるが、
ギルド長は壁をゴンゴンと手の甲で叩き、
「ん?
ココは防音魔法が施されてんだ。
よっぽど大声でわめかなきゃ、外には
聞こえねぇぞ?」
そこで3人は脱力したように息を吐く。
身内だけで話していたので、気が緩んだの
だろうか。
そう考えると気の毒な事をした。
「ところで、どこに行ってたのかの」
「それでご用件は?
何でしょうか」
当然の疑問を、ゲルトさんとミハエルさんが
口にする。
「あー、何って言われてもな、その」
ボリボリと頭をかくジャンさんに代わり、
私が説明する。
「せっかく来たんですから、この町の食事を
楽しんで頂こうかと思いまして」
そのまま私は持ってきた料理を、彼らが座る
テーブルの上に並べていく。
「シンー! ここでいいのー!?」
「おっと。
失礼するぞ、ギルド長」
さらに妻2人が部屋に入り、追加で置いていく。
「な、何ですかこの妙な……
そして美味しそうな匂いは」
彼女が目を丸くして質問すると、部下2人も
続いて、
「こ、これが料理だと!?」
「チエゴ国では見た事の無い物ばかりじゃのう」
出されたのは―――
まず生マヨネーズのサラダに、一夜干しの魚、
それに魚・鳥・貝・エビの天ぷらとフライの
盛り合わせ。
ツナマヨに鳥マヨ、ハンバーグにコロッケ、
メンチカツ……
お客さんが来ると聞いて、宿屋『クラン』に
頼んでいたのである。
ほとんどは私がこの世界に持ち込んだ物だが、
多少この町でアレンジされた物も混じり、
その見た目が彼らを圧倒していた。
「取り敢えず食べてみたらいかがですか?
さっきの話の続きでもしながら」
「まあ、そういう事でしたらお言葉に
甘えまして……」
私の提案に、まず辺境伯様から手をつけ、
そして他の2人もそれにならった。
―――30分後―――
「お、美味しい……!!
美味し過ぎる……!!」
ナイフとフォークを握りしめて、金髪を
揺らしながら彼女がうめくようにつぶやく。
「い、いったい何だ!?
この、どの食材にも絶妙に合う白い粒は!?」
「恐らく―――
ウィンベルの王都で一度だけ口にした、
『コメ』というものじゃろうな」
丼物にしたのもあるが―――
ミハエルさんとゲルトさんの話を聞いて、
はて? と私は首を傾げる。
「この料理って、王都に伝わってからだいぶ
経つと思うんですけど」
こちらにこの3人が送られてくる前は、当然
王都にいたはず。
それなのに、初めて目にするような発言に
違和感を覚える。
「あのなあ、シン。
お前の料理や調味料って、王都じゃ超が
付くほどの高級品なんだよ。
ましてや国の監視下にあったんだ。
好き勝手に食う物は選べねぇだろ」
あー……
そういえばこの人たちは捕虜だっけ。
そうなると食事はあっても支給だよなあ。
「し、失礼しました。
ところで、私たちが来るまで―――
何の話をしていたんですか?」
気まずいのを誤魔化すため、私は別の話題を
3人に振る。
「……えーと、何の話でしたっけ?
ミハエル?」
忘れたのか、ナルガ辺境伯様が彼に質問し、
「……何でしたっけ?
ゲルト、覚えてるか?」
「ワシもちょっと思い出せんのう」
一緒にいたメルとアルテリーゼも話に加わり、
「思い出せない程度の話なら、たいした話じゃ
無かったんじゃないですか?」
「そうそう。
気にする事もなかろう。
ところで、シン。
そろそろデザートも持ってくるか?」
そこで『お客さん』の中の女性が席を立ち、
「デ、デザートもあるんですか!?」
するとギルド長が飲み物から口を離して、
「おー、お前さんたちも運がいい。
ちょうど出来上がったばかりの新作が
あるんだ」
「メープルシロップはまだ少ない量しか
採れませんが―――
今日は奮発しますよ」
そこで私とメル、アルテリーゼはいったん
宿屋『クラン』へと向かい……
今度は出来上がったばかりのデザートを
3人に振舞った。
干し柿に始まり―――
果汁で作ったシャーベット、アイスキャンデー、
最後に出したのは、生卵から作ったメレンゲと
カットされた果物を挟み、そこにたっぷりの
メープルシロップをかけたパンケーキだった。
それを食した彼らの反応は……
「……! こ、これはハチミツ!?」
辺境伯の女性が驚きの声を上げる。
この世界にも蜂蜜ってあるんだ。
「似ているけど違います。
これ、木の樹液なんですよ」
それを聞いた3人はパンケーキと私の顔を
交互に見回し、
「これが木から採れるとは……」
ミハエルさんがメープルシロップを、フォークで
撫でるようにして眺める。
「この、何とも不思議な食感のものは何じゃ?」
今度はゲルトさんがメレンゲを、スプーンで
つつきながら話す。
「卵から作られたものだよー」
その言葉に、今まで料理を楽しんでいた
彼らの表情がサッと変わる。
多分、生だとわかる口あたりだろうし、
警戒するかもなーと思っていると、
察したのかアルテリーゼが私より先に説明
し始めた。
「ああ、心配せんでもよいぞ?
この町の卵は特別でな。
生で食べられるように処理されておる」
次いでギルド長も付け足すように、
「今まで食った料理にかけてある調味料も
ナマの卵を使ったヤツだ。
でも別に腹具合は何ともねえだろ?
不安なら加熱したのもあるから、今後は
それに変える事も出来るが」
一通り話は聞いてはいるが、恐らく卵が
生で食べられる、という事自体が理解出来て
いないのだろう。
すると女性が意を決したようにこちらを見て、
「どちらが美味しいですか!?」
その気迫に押されるように、私はたじろぎ、
「ふ、風味は異なりますが、両方美味しいと
思います、ハイ」
「では今後は両方ともお願いします!」
ミハエルさんもゲルトさんも同調するように
うなずき―――
それを見てギルド長と嫁2名は苦笑していた。
それから、彼らはギルド支部の来客用の
部屋を拠点として、町で滞在する事に
なったのだが……
「シン殿。どちらへ行かれるのですか?」
「何か見慣れない物を持っているのう」
ある日、ギルド支部でブロンズクラスの人たちを
連れて、漁と猟に行こうとしたところ……
興味を持たれたのか、ミハエルさんとゲルトさんに
話しかけられた。
「これは、トラップ魔法で使う物で―――
これから魚と鳥を獲りに行くんです」
2人は話を聞いて顔を見合わせると、こちらへ
向き直り、
「我らが同行しても構わぬか?」
「狩りはともかく、警護くらい出来るじゃろう」
「いいんですか!?」
正直、今まで私一人が警護しているような状態
だったので―――
何人、何十人で行こうが、行ける場所は一ヶ所
だけだったのだ。
これは非常に効率が悪かったのだが……
チーム毎に分ける事が出来れば、作業量は
各段に上がる。
こうして―――
私・ミハイエルさん・ゲルトさんの3チームに
別れ……
それぞれにカート君・バン君・リーリエさんが
ついて、各方向へ向けて遠征が可能となった。
ところ変わって……
ギルド支部の訓練場では、ジャンドゥと
セシリアが対峙していた。
「これは何をしているのですか?
ジャンドゥ殿」
各々が指導を受けている光景を不思議に思い、
彼女はギルド長へ質問する。
「ここでは基本的な格闘訓練をしてるんだ。
風魔法や飛び道具を持った連中には、
さらに補助道具を使っての訓練も教えている」
基本的な訓練は―――
接近戦と投石の2つである。
接近戦は腕を取って相手の中心に回す、
というもので、
投石は離れた的に投球フォームで石を投げて
あてるもの。
この2つをマスターするのは、このギルド特有の
基本であった。
また、飛び道具系の魔法使いには照準器が、
風魔法を少しでも扱えるのであれば、
ブーメランが支給される。
照準器についてはギルとルーチェが―――
ブーメランについてはレイドが『教官役』
として指導に付いていた。
いずれもシンが導入したものだが……
そもそも、一定の訓練を設けている事自体、
彼女には新鮮に見えた。
「通常、冒険者というものは―――
極端な個人主義だと思っていましたが」
「こんなのはウチだけだから気にすんな。
でもまあ、悪い事じゃねえだろ?」
あちこちで訓練している冒険者たちを見て、
彼女は少しうつむき、
「……もし、よろしければ私が稽古を
付けましょうか?
『武器特化魔法』のジャンドゥ殿ほどでは
ないにしろ―――
剣であれば、それなりに教える事が
出来るかと」
「そりゃ願ってもない提案だが、いいのか?」
すると彼女はフッ、と微笑み、
「毎日、美味しい食事を頂いている
お礼ですから。
それに―――」
「?? それに?」
「……まさかドラゴンがいるなんて想定外も
いいところですからね。
敵対は愚かな選択です。
そりゃ協力的にもなりますよ」
アルテリーゼ、そしてシャンタルの存在を
3人が知った時……
脱出計画は封印され、本国からの返還要請が
来るまで、大人しくしようという方針になった。
そんな彼らが町に来てからしばらく経った
ある日の事……
「話とは何でしょうか、ギルド長」
私は、ギルドの支部長室ではなく応接室に
通されていた。
いつものメンバーであるレイド君・ミリアさんも
室内におり、そしてあのチエゴ国の3人も、来た
当時のようにそこにいた。
その中の一人、ミハエルさんが立ち上がると、
私の方へ近付いてきて姿勢を正し、
「……名うての盗賊を倒し、ワイバーンすら
落とした強者―――
ドラゴンと、シルバークラスの女性を妻とし、
数々の難題を解決したと聞いております」
あー、うん。これは、アレか。
彼に続き、主である女性もこちらへ歩み寄り、
「チエゴ国に戻る前に、是非とも武人として
貴殿と手合わせをしてみたく」
「ワシもお願いするが―――
老いぼれゆえ、手加減してくだされ」
私はジャンさんの方へ視線を移すも、彼は
「……やるのは7日後だ。
ただ、シンはシルバークラスなのでな。
3対3の勝ち抜き戦とする。
俺・レイド・シンの3人と―――
『剣聖の姫・セシリア』、
『貫く者・ミハエル』、
『ナルガ家の牙・ゲルト』
この3名の模擬戦で勝負だ。いいな?」
それを聞いた3人は次々と頭を下げ、
そして私とギルド長・レイド君・ミリアさんは
退出し、支部長室へと移った。
「はぁ……こんな事だろうとは思いましたが。
でも7日後って中途半端な感じですね?」
ジャンさんは問いに答えず、レイド君の方を
向くと、
「王都に手紙はきちんと届けたな?」
「ええ、全速力で走ったッスから、3日前には
届いているッス。
7日後なら十分間に合うッスよ」
一体何の話を? と思っていると―――
ミリアさんがジャンさんとレイド君の間に入って
2人の耳を引っ張り、
「ちゃんとシンさんに説明しないと
ダメでしょう!
あの、今回の模擬戦の要望は、実は結構前から
出ていたんです。
それで、王都までレイドに宣伝のため……
ひとっ走りしてもらったので」
「宣伝?」
私が聞き返すと、耳を引っ張られていた両者が
解放され、
「ホラ、西側の新規開拓地区は富裕層向けに
するって言ってただろ?
このイベント……もとい、模擬戦をこの町で
行う事で、武力や食事、各施設をアピール
出来るからな」
「それに王都では、シンさんの戦いを
見たいっていう、冒険者や有力者が
結構いるッス。
それならいっそ、これを利用しようって事で」
「で、ですが……
私の『能力』は、あまり大っぴらに出来る
ものでは」
そこへミリアさんがクイッ、と眼鏡を直し、
「ですから、3対3の勝ち抜き戦を
提唱したんです。
模擬戦自体はギルドの都合ですので……
マズイと思ったら、シンさんはすぐに
試合を降りてください」
なるほど……
1対1の形では、勝つのも負けるのも
誤魔化すのは難しい。
そこでいつでもギブアップ出来るように
対応したという事か。
その後は、ナルガ辺境伯様とミハエルさん、
ゲルトさんの情報を一通り聞いて―――
私はギルド支部を後にした。
「んー?
シンおじさん、また戦うんだー」
「応援に行くから、絶対勝ってよね!」
私はその夕方―――
自宅で妻2人と、複数の子供たちと一緒に
食事をリビングで取っていた。
連絡橋が完成したという事もあり……
往来の安全性は確保されたので、
孤児院や町の住人の中から、屋敷の掃除や
雑用で来てもらっている。
「まー、あの3人が来てからこうなる予感は
してたけどね」
「それでどうするのじゃ、シン?
勝算はあるのか?」
「ピュイッ?」
メルとアルテリーゼ、ラッチの
家族からの質問に、
「今は私も一家の主だからね。
意地ってモンがあるよ。
それにあの3人の情報は教えてもらったから、
後は訓練次第かな」
そこで私は今後の予定として……
漁や猟などの仕事は午前中に終わらせて、
午後はギルド支部の訓練場に行く―――
それを模擬戦のある日まで続ける事を話した。
そして時は過ぎ、試合当日―――
私は試合会場となった訓練場で、ゲルトさんと
向かい合っていた。
「シン殿が一番手とはな。
嬉しい限りじゃて。
……しかしすごいのう。
まるで祭りじゃないか」
「まあ、ある意味……」
改めて周囲を見渡すと、それこそ町の住人全てが
集まったのかと思えるほどの人だかりで―――
ゲルトさんの後ろの方を見ると、セコンドの
ように主人のセシリアさんと、ミハエルさんが
待機していた。
上を見上げると、いかにもお金持ちっぽい人や
身分の高そうな人たちの中に、ドーン伯爵様や
その奥方、子息であるクロート様、ファム様の
姿が……
他、クラウディオやオリガさん、
ロック前男爵や付き人のフレッドさんといった、
見知った顔もあった。
そして会場の最上段には、ギル君とルーチェさん、
2人が立っていて―――
「それでは皆様、これより冒険者ギルド支部の
『模擬戦』―――
我がギルドのゴールドクラス、ジャンドゥ、
シルバークラス、レイド、
同じくシルバークラス、シンの3人と―――
チエゴ国のナルガ辺境伯、
その部下であるミハエル、
同じくゲルトの3人での勝ち抜き戦を
行います!!
まずはシンとゲルトの対戦を開始します!」
すると、ひときわ歓声が大きくなり―――
その中で私の耳は、ある声を拾っていた。
「シンー、頑張ってー!!」
「油断するでないぞ、シン!!」
妻2人の声援をもらい、片手に木剣を握りしめて
改めて目前のゲルトさんと対峙する。
「では行くかのう……」
「!」
ゲルトさんは武器を持ってはおらず、身を屈め、
素手の両手の手の平を地面についた瞬間―――
思わず私は野球のホームスチールを思わせる
フォームで、その場から退避した。
風と共に、私がいた場所を通り過ぎ―――
砂ぼこりが収まると、その中からゲルトさんが
現れる。
ナルガ家の牙・ゲルト―――
獣人という事と、戦い方の事前情報は
あったものの……
聞くと見るとは大違いだと痛感する。
「い、今の見えたか!?」
「獣人って話だったが……
あの年で、あんなに動けるのかよ」
ギャラリーの歓声が、一気にどよめきに
変わった。
カルベルクさんの『飛走』に似ているが、
その性質は全く異なる。
『飛走』はあくまでも移動手段だが……
ゲルトさんのそれは、移動がそのまま攻撃に
なっているのだ。
「! オリガ!
シンさんの足……!」
「わかってる」
かつて戦った事のある2人はすぐ気づいた
ようで……
私のズボンの片方の足元は、鋭利な刃物で
切られたかのように、スッパリとその切り口を
開けていた。
これがゲルトさんの武器であり戦い方なのだろう。
ただでさえ人間以上の身体能力を持つ獣人が、
さらに身体強化を上乗せしたらどうなるか?
という事を今まさに見せつけられ―――
年老いたとはいえその牙は、ダテではないと
実感させられた。
「ふぅ、やはり年かのう。
10年前なら仕留めておったわ」
彼はゆっくりとこちらを振り返る。
どうやら連発は出来ないようだが……
カルベルクさんの『飛走』が直線のレーザーなら、
これはホーミングレーザーとでも言うべきもの。
目で追えない事は無いが、それだけで―――
対処出来るかどうかは別だ。
サッカーのPK戦で、逆にボールに
当たらないよう動いている感覚に近い。
だが事前情報で……
獣人、そして突進系の攻撃を得意とすると
聞いていた私は、対抗策を考えていた。
「……!?」
私はゲルトさんの正面に立つと―――
サッカーのキーパーのように両手を左右に
広げた。
「ゲルト! 油断しないで!」
「っ、何をする気だ……!?」
セコンドに付いていた若い男女が、
思わず声を飛ばす。
ゲルトさんは慎重に距離を取り、それでも
先ほどと同じように、両の手の平を地面に
置いた。
それを見届けると、私も身構える。
彼は猫のように背中を反らせ―――
獲物を捕らえるタイミングを待つ。
だが、ハンティングをする動物にはひとつ
弱点が存在する。
飼い猫や犬がいる人にはわかるだろうが、
前足は左右に開く構造をしていない。
よくだらしなくのびている画像があるが、
あれは人間でいうところの肘から下の関節が
左右に曲がっているだけで―――
少なくとも自力では、上腕部分から左右に
完全に開く事は出来ないのである。
つまりそれだけ『突進』に特化した構造で
あるわけで……
「!」
溜まった力を放出するかのように、ゲルトさんが
私へ向かって突進してくる。
行動自体はまだだが、そう感じ取った私は、
両手を左右に伸ばしたまま―――
ある動作を行った。
「ぬおっ!?」
その瞬間、ゲルトさんの驚いた声が聞こえた。
獲物を追いかける動物に取って―――
逃げる対象は、背後、もしくは必ず多少
傾いているはずである。
だが私が取った行動は、地球では反復横跳びと
呼ばれるもの。
真正面のまま、真横へ移動して避ける。
長く生きてきた彼の中でも、初めての経験だったに
違いない。
そして同時に、自分の能力を小声で発動させる。
身体強化など
・・・・・
あり得ない、と―――
次の瞬間、制御を失ったかのように彼の体は
前転するように勢いを付けて転がった。
慌てて起き上がろうとする彼の目の前に、
私は木剣を突き付け……
「ワシの負け、じゃな」
剣先を見つめたまま、ゲルトさんは
敗北を認めた。
「勝負あり!!」
「そこまで!!」
ギル君とルーチェさんの決着の宣言に、
一瞬、会場内が静寂に包まれ―――
間を置いて、大歓声が支配した。