コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
「ああ!それはナオだよ!成宮直哉!お前も知ってるはずだよ!小さい時何度か牧場に、連れて行って馬に乗せてやっただろう?西日本一の牧場主で兄貴が県会議長の!あの兄弟はこの島一の有名人さ! 」
ネネ婆さんが歳のわりには丈夫な歯で、バリバリ醤油せんべいをかじって言う
「あんたが、ずんだ餅を取りに来ないからナオがちょうどその時うちに居合せてね、お前に届けてくれるってね、今時優しい子だよ~、もっともアリスには成宮の男は誰も逆らえないみたいだがね~ 」
ホッホッホと婆さんは笑う
「おや?どうしたんだい紗理奈、そんなゴロゴロ転がって 」
「・・・私の事は放っておいて・・・」
ネネ婆さんの横で紗理奈が顔を真っ赤にして、ゴロゴロ縁側を転がっている
死にたいっ!小さく縮んでしまいたいっ!地球上から消えてしまいたい!雷に打たれたいと頼んだらやりすぎだろうか?
彼は男娼ではなかった!!
もう一度言うわ!マダムの所の男娼じゃないのよ!!
おばあちゃんの知り合いだったの?しかもずんだ餅のお使い人だった!!
ずんだ餅の配達人を男娼と間違えて、家に引きずり込んで、あんなことやこんなことまでっっ!
でも最悪なのはそれじゃない、この場で焼け死んでしまいたいっ!
彼にはすべてバレた!華麗な殺人が売りのミステリー作家の私が、去年までは雑誌の読者の性のお悩みにまで的確に応えていた私が!
水谷紗理奈が30歳の処女女だってことを・・・
紗理奈はネネ婆さんの「人生100歳まで生きる会」の会報で顔を覆ってうめいた
「何をそこで落ち込んでるんだい?おかしな子だよ、奥の仏壇の部屋の電気が切れてるんだ、替えておくれ 」
ネネ婆さんが紗理奈を見て言った
紗理奈は椅子に登って仏壇の上の間接照明を、替えながら考えた
私の作家としての威厳はボロボロだ・・・彼は私の秘密を誰かに話すだろうか
あの時慰めてくれたあの彼の温かい手は、本心だったのだろうか・・・
それともどこかで和樹のように私を、笑いものにしている?
ああ・・・いずれも彼には機密保持契約書を書いてもらっていない
もしどこかでバラされたとして訴訟を起こすことに、なったとしても、圧倒的にこっちが不利だ
だって自分から最大の秘密を、べらべらしゃべってしまったのだもの
自分のバカさ加減を呪った、そしてそれを引き起こしたものすごくセクシーな男を頭から締め出そうとした
とにかく!あの時家にはナオ以外誰も来なかったはず、マダムはあの時彼女の所の男娼さんを家によこしたのか電話で確認して・・・
数えきれない思いが脳裏を駆け抜けた
―驚き、疑い、不安―
この狭い島でどこかで彼に会うかもしれない、あんなセクシーな男が男娼以外にいていいはずがない
覚悟しないといけない、紗理奈はブルッと自分の体を抱きしめて震えた
ああっ!彼と偶然鉢合わせた時が怖い!彼は私を見てどんな顔をするだろう・・・
和樹とその編集部員が、自分を笑いものにしていた声を思い出した、様々な思いの断片が紗理奈の脳裏をよぎる、パニック発作を起こしそうだ
深呼吸をしてなんとか落ち着き、ネネ婆さんと一緒に晩御飯を作って二人で食べた
美味しいおばあちゃんの豚汁とアジの干物、ひじきの煮つけ、自家製野菜の揚げびたしを食べているうちに、なんとか困惑していた心も落ち着いてきた
帰り道車を一人運転している時に、ようやく頭の中で決断が出た
これから先・・・どこかで彼に会っても知らないフリを決め込もう
そうだ初めから彼など知らない、何もなかったことにすればいいのだ
向こうが何を言ってこようとシラを、切り通すのよ!紗理奈!そう心に決意した
紗理奈は真っ暗な山道を車で運転しながら祈った
ああ・・・神様
出来ればもうこれから一生彼とは会いませんように
..:。:.::.*゜:.
【関西・京都競馬場】
夏の日差しが京都競馬場の緑の芝生を眩しく照らしている、そんな広大な芝生の横にはディープインパクトのコントレイル像が鎮座し
今はガヤガヤと渋谷のハチ公前のように多くの、レースを待っている観客が像の前で待ち合わせている
そんな巨大な競馬場の広い3階フロア、「馬主、主賓席用ラウンジ」の天井は美しいステンドラスが張り巡らされ
フカフカの絨毯に空調設備は随時22℃、外の一般観覧席で日照りの下、ウチワを仰いで汗を流している、観客に比べたらとても優雅だ
フロアの真ん中にはラウンジ席、そして一面ガラス張りの向こうには、広々としたレース場が見え、ガラスに面して、観覧席が一面三列に設置されている
「マリコ先生!いくら競馬がわからない私でも、その服装はいかがなものかと思いますよ、ここは主賓席なのよ?たしかドレスコードは男性はジャケット、ネクタイ着用で、女性はそれに準ずる服装と、招待状には書かれていましたけど?」
双眼鏡を片手にガラス張りの、観覧席の一番前に座る紗理奈は、上下スウエット姿で隣に座る、仲良しの作家仲間の「木村マリコ」に言った
「着替えは持ってきてるわよ!つい3時間前まで締め切りだったのよ、わざわざ山上先生のご招待だから来たけど、ここだけの話、馬なんか見ても何もわからないわよ」
締め切り開けのボサボサ頭のマリコは、ふぁ~とあくびをして紗理奈に言った
「たしかに」
二人はプッと吹きだして笑った
紗理奈達が今座っている馬主、来賓特別室からは、素晴らしい芝生のパドック場が見え、絶好の眺望だ、それでも競馬のことなどまったくわからない二人には、この席は宝の持ち腐れだった
「おお!お二方!来てたのか」
そこへ本日紗理奈達を招待してくれた、紗理奈の作家サロンの主催者、「山上春樹」が現れた
山上を取り巻く騒々しい男達の声が主賓室に響いた、二人が振り返ると上機嫌な山上春樹が、ほがらかな顔をして紗理奈達の元へやってきた
「やっと今日のレースが完璧なものになりますな、勝利の女神のお二方が欠けていては、私は大損をするからな 」
山上春樹は日本人なら誰もが知っている、日本を代表する著名な作家で、紗理奈は5年前から彼が経営する、「作家育成サロン」のVIPメンバーだ
彼は紗理奈の恩師で紗理奈がデビューする時には、とても世話になったし、今でも親しくしてもらっている
紗理奈よりも二十歳は年上だが、今でも少年の面影を残しており、長い白髪も老いの象徴にはなっていなかった、彼はでっぷりした頬をふくらませて、いたずらっこのように笑った
「おお!本日の水谷女史はなんと艶やかなんだ!これじゃそこらの、牝馬がみんなかすれてしまうな、マリコ先生は・・・寝起きかい?」
二人の手をとって自分の丸々とした掌で挟んで山上が言う
山上の目線は、紗理奈の体の線をとても美しく見せてくれる、全身ブラックの総レースがあしらった、タイトワンピースを賞賛するように上下に動いている
「ご招待ありがとうございます、先生、でもお馬さんと比較されて喜ぶ女性はいらっしゃるのかしら?誉め言葉と受け取っていいのかどうか悩みますわ」
紗理奈は笑顔で彼をいさめた
「どうぞそういう誉め言葉は、もっとうぶなお嬢さん方におっしゃって!先生!ころりと騙されてくれるわよ!」
マリコも笑いながら言う
「だけどこの誉め言葉は、小娘達よりもあなた達がお似合いなのだよ、さぁ!次のパドックでワシの馬が出て来るぞ!賭けてくれ!なぁに!贅沢なお遊びさ!賭け金なんぞいくらでもいいんだ!精一杯応援してくれよ! 」
10年前に書いた作品が今でもドラマや映画に、飛ぶように売れて稼ぎまくっている山上は、コミニュティ商売も繁盛しており、沢山金も稼ぐが使うのも豪快だった
そしてそんな豪遊好きの彼の最近の遊びは、自分の購入した馬をみんなに自慢することだった
スーツに着替えたマリコと二人で、VIP席にある券売機で山上の馬の馬券を買い、その周りでキャアキャア予測した
「どのお馬さんが勝つのかしら?」
「それが分かれば我々は億万長者ですよ!水谷先生!」
紗理奈の隣の仕事仲間達がドッと笑った、今日の主賓席には山上のサロンの作家、出版者、挿絵画家、印刷業者など、顔見知りも沢山招待されていた
紗理奈もみんなと楽しく会話しながら、レースがはじまるまで、集まって雑談したり、分かれたり、また集まったりした
常にグループは動いていて会話が、さざ波のように会場に広がり、ときおり爆笑が聞こえた