テラーノベル
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29
三日月さくら🎼🍵👑🌞
516
200
変われないまま 👻🔪視点
=雨がやんでも=
バットエンド
喧嘩
BL要素なし
まじで報われない
初心者
下手
伏字なし
収録が終わったあとも、雨は降り続いていた。
窓の外に滲んだ街の明かりが、濡れたアスファルトの上でぐちゃぐちゃに混ざっている。いつもなら、そういう景色を見ても何も思わない。雨は雨だし、夜は夜だ。明日になれば晴れるかもしれない。それだけの話だ。
けれど、その日は違った。
『……まだいたんだ』
背後から声がした。
聞き慣れた声だった。
星導ショウ。
俺は振り返らなかった。机の上に置いたスマホを手に取って、意味もなく画面を点ける。通知は何も来ていない。さっきから何度も確認しているから、そんなことはわかっていた。
「お前こそ」
『俺は忘れ物。小柳くんは?』
「忘れ物取りに来ただけ」
『何を?』
「……忘れた」
自分でも、最悪な返事だと思った。
星導は少し黙って、それから小さく息を吐いた。
『そういうの、最近多いね』
「何が」
『忘れたって言うやつ』
振り向くと、星導は入り口のところに立っていた。いつものように表情は読みにくい。笑っているようにも見えるし、呆れているようにも見える。
ただ、目だけが笑っていなかった。
「別にいいだろ」
『よくないよ』
「何がよくないんだよ」
声が、思ったよりも大きくなった。
静まり返った部屋の中に、俺の声だけが響く。星導の眉がわずかに動いた。
しまったと思った。でも、謝る気にはなれなかった。
ここ最近、星導とはまともに話せていなかった。
連絡をしても返事が遅い。予定を合わせようとしても、曖昧なまま流される。以前ならくだらない話を何時間でも続けられたのに、最近は会話の途中で途切れることが増えた。
そのくせ、他の奴らとは普通に話している。
笑っている。
俺には見せないような顔で。
そんなことを考えてしまう自分が、ひどく面倒くさかった。
『小柳くん、怒ってる?』
「怒ってない」
『怒ってる人の言い方だね、それ』
「だから怒ってねぇって」
『じゃあ、なんで最近ずっと俺の事避けてるの?』
胸の奥を直接掴まれたような気がした。
避けている。
その言葉を聞いて、初めて自覚した。
俺は星導を避けていた。
話しかけられそうになると別の奴のところへ行った。連絡が来ても、すぐには返さなかった。何かを誘われても、適当な理由をつけて断った。
でも、それは星導が先に俺を遠ざけたからだ。
そう思っていた。
「避けてねぇよ」
『避けてるよ』
「お前に何がわかるんだよ」
『わかるよ。俺のことだから』
その言い方が癇に障った。
まるで、全部見透かしているみたいだった。
「じゃあ聞くけどさ」
俺は椅子から立ち上がった。
「お前は最近、俺のことなんだと思ってんの?」
星導の表情が止まった。
『……何、それ』
「質問に答えろよ」
『どういう意味?』
「そのまんまだよ。前はあんなに絡んできたくせに、最近は俺がいてもいなくても同じみたいな顔してる。連絡も返さねぇし、話しかけても上の空だし。なのに他の奴とは楽しそうにしてる」
『それで?』
「それでって何だよ」
『俺が誰と話そうが、俺の勝手でしょ』
その言葉は、思ったより深く刺さった。
当たり前だ。
星導が誰と話すかなんて、星導の勝手だ。俺が口を出すことじゃない。そんなことはわかっている。
わかっているのに、喉の奥が熱くなった。
「……そうだな」
『小柳くん?』
「お前の勝手だよ。俺には関係ない」
『じゃあ、なんでそんなこと言うの?』
「知らねぇよ」
『知らないって、何それ』
「俺だって知らねぇんだよ!」
気づいた時には、怒鳴っていた。
星導が目を見開いて、すぐ悲しそうな顔をする。
その顔を見て、頭の中が急に冷えた。
言い過ぎた。
今ならまだ謝れる。ごめん、と言えばいい。俺が勝手に不安になっていただけだと、ちゃんと話せばいい。
でも、口から出たのは違う言葉だった。
「お前が何考えてるのかわかんねぇんだよ。近づいてきたと思ったら勝手に離れていくし、こっちが気にしても何も言わねぇし。俺と話したくないなら、最初からそう言えよ」
『……俺が?』
星導の声が低くなった。
『俺が何も言わずに離れていったって、本気で思ってるの?』
「違うのかよ」
『小柳くんが聞かなかっただけじゃん」
胸を突かれた。
『何度も話そうとしたよ。連絡もした。会った時だって、何かあったのかって聞こうとした。でも小柳くんはいつも、別のところに行った』
「それは……」
『俺だって、好きで避けられてると思いたくなかったよ』
「避けてたのはお前だろ」
『だから、それは小柳くんが先に――』
「俺が何だよ!」
声が震えた。
怒っているのか、悔しいのか、自分でもわからなかった。
「俺が何したんだよ。言えよ。俺が気に入らないなら、そう言えばいいだろ」
『気に入らないなんて言ってない』
「じゃあ何なんだよ」
『小柳くんが、俺のことを必要としてないみたいだったから』
言葉が途切れた。
雨音だけが聞こえる。
星導は俯いていた。
『俺が話しかけても、適当に返す。誘っても断る。俺がいなくても、小柳くんは誰かと楽しそうにしてる。だから、邪魔なのかなって思った』
「そんなわけ……」
『じゃあ何?』
今度は星導が俺を見た。
その目には怒りよりも、悲しさがあった。
『俺にどうしてほしかったの?』
答えられなかった。
わからなかった。
ただ、離れてほしくなかった。俺のことを見ていてほしかった。できれば、俺だけを見ていてほしかった。
そんな束縛気質な願いを、口にできるわけがない。
だから俺は、別の言葉を選んだ。
「別に。どうもしなくていい」
『……そう』
「俺たち、無理に一緒にいる必要もねぇだろ」
『小柳くん』
「お前が俺を必要としてないなら、俺もお前に合わせる理由はない」
言いながら、自分で自分を殴りたくなった。
違う。
本当はそんなことを言いたいんじゃない。
でも、もう止まらなかった。
「今までがたまたま仲良く見えてただけだろ。別に、俺たちが特別だったわけじゃねぇし」
星導の顔から、表情が消えた。
その瞬間、取り返しのつかないことを言ったのだとわかった。
俺たちが特別だったわけじゃない。
それは、俺が一番信じたくなかったことだった。
『……そっか』
星導は静かに言った。
『小柳くんは、そう思ってたんだ』
「違う」
反射的に否定した。
けれど、星導は首を横に振った。
『いいよ。もう』
「違うって言ってんだろ」
『何が違うの?』
その問いに、俺は答えられなかった。
『特別じゃないって言ったのは小柳くんでしょ』
「……」
『俺は、そうじゃないと思ってた』
雨が、窓を強く叩いた。
星導は笑おうとした。けれど、うまく笑えていなかった。
『俺だけだったんだね』
「星導」
『小柳くんにとっては、僕だけが勝手に大事にしてたんだ』
『ごめんね』
「違う」
『じゃあ、何が違うの?』
俺は拳を握った。
違うと言うだけでは、何も伝わらない。
けれど、どう言えばいいのかわからない。
好きだとか、大切だとか、離れたくないとか。そういう言葉は、俺にはあまりにも重たくて、口から出すには恥ずかしすぎた。
だから結局、俺はまた逃げた。
「……もういいだろ」
『うん』
『お互い、頭冷やした方がいい』
「そうだな…」
「今日は帰る」
『うん』
星導は、引き止めなかった。
それが一番きつかった。
俺がドアに向かって歩いても、何も言わない。背中に視線を感じることもなかった。
いつもなら、最後に何か一言くらい投げてくるはずだった。
またね、とか。
気をつけて、とか。
くだらない冗談でもいい。
けれど、その日は何もなかった。
ドアノブに手をかける。
ここで振り返れば、まだ間に合う気がした。
さっきのは全部嘘だった。俺はお前を必要としている。特別だと思っている。だから、勝手に離れていくな。
そう言えばいい。
なのに、喉が固まって動かなかった。
「……じゃあな」
ようやく出た言葉は、それだけだった。
返事はなかった。
俺は部屋を出た。
廊下に出ると、雨の音が少し遠くなった。けれど、耳の奥にはまだ星導の声が残っていた。
――俺だけだったんだね。
違う。
何度もそう思った。
違う。お前だけじゃない。俺も同じだった。
ただ、俺はそれを言えなかった。
言わなかった。
その結果が、今だった。
*
それから、星導とは必要最低限の連絡しか取らなくなった。
仕事の話はする。
予定の確認もする。
表面上は、何も問題がないように振る舞った。
周りから見れば、少し距離がある程度だったかもしれない。誰も、あの日のことを知らない。俺たちの間に、もう戻れない線が引かれていることも。
俺は、何度もメッセージを打った。
「この前は悪かった」
そこまで書いて、消す。
「話したい」
それも消す。
「本当は、特別だと思ってる』」
書いた瞬間、恥ずかしくなって消した。
結局、何も送れなかった。
星導からも、連絡は来なかった。
最初の頃は、忙しいだけだと思っていた。
そのうち、時間が経てば自然に戻ると思っていた。
でも、時間は何も解決しなかった。
ただ、怒りや寂しさを薄めて、その代わりに諦めを残していった。
ある日、共通の予定が入っていた。
久しぶりに、星導と同じ場所に立つことになった。
俺は少しだけ期待していた。
もしかしたら、話せるかもしれない。
今度こそ、ちゃんと謝れるかもしれない。
けれど、星導は俺を見ると、他の誰かに声をかけた。
こちらには来なかった。
俺も、追いかけなかった。
収録中、星導はいつも通りだった。
笑って、話して、場を回していた。以前と変わらないように見えた。
ただ、その笑顔の中に俺はいなかった。
俺が何か言っても、必要な分だけ返事をする。それ以上の会話はない。目が合っても、すぐに逸らされる。
それだけのことなのに、胸がひどく痛んだ。
終わったあと、俺は一人で外に出た。
雨は降っていなかった。
あの日と違って、空には雲がなかった。街は明るく、濡れてもいない。風も穏やかで、何もかもが普通だった。
だからこそ、余計に苦しかった。
世界はどんどん変わってる。
あの日のまま変われてないのは、俺たちだけだった。
スマホが震えた。
星導からの連絡かと思って、急いで画面を見る。
届いていたのは、事務的な予定の通知だった。
俺はしばらく画面を見つめたあと、スマホをポケットにしまった。
その時、少し離れたところに星導がいるのが見えた。
誰かと話している。
楽しそうだった。
声までは聞こえなかったが、肩を揺らして笑っていた。
俺の知らない笑い方だった。
いや、本当は知っていた。
俺といた時も、星導はああやって笑っていた。
ただ、もう俺の隣では笑わないだけだ。
星導がこちらを見た。
一瞬、目が合った。
俺は何かを言おうとした。
名前を呼ぶだけでもよかった。せめて、久しぶり、と言えればよかった。
けれど、星導はすぐに視線を逸らした。
そして、そのまま別の方向へ歩いていった。
俺は追わなかった。
追えば、まだ間に合ったかもしれない。
間に合わなかったとしても、何かを変えられたかもしれない。
それでも、俺は足を動かさなかった。
あの日と同じだった。
言いたいことを言えないまま、相手が離れていくのを見ているだけ。
違うのは、今度はもう、星導が振り返らなかったことだ。
「……馬鹿みてぇ」
誰にも聞こえない声で呟く。
自分のことなのに、どうしようもなく他人事みたいだった。
本当は、喧嘩なんてしたくなかった。
傷つけたかったわけでもない。
ただ、置いていかれるのが怖かった。
必要とされなくなるのが怖かった。
だから、捨てられる前に自分から離れようとした。
その方が、まだ耐えられると思った。
けれど、実際には何も耐えられていない。
俺の中には、あの日からずっと、言えなかった言葉だけが残っている。
――お前は俺にとって、特別だった。
――今でも、大切だ。
――本当は、離れたくなかった。
どれだけ心の中で繰り返しても、星導には届かない。
届かない言葉は、最初から存在しなかったのと同じだ。
夜の街に、車の音が流れていく。
星導の姿は、もう見えなかった。
俺は一人で立ち尽くし、ポケットの中のスマホを握りしめた。
画面を開く。
星導とのトーク画面には、最後に俺が送った短いメッセージだけが残っている。
「了解」
それだけ。
たった2文字の言葉が、俺たちの間に残された最後の会話だった。
俺は新しいメッセージを打った。
「今度会える?」
しばらく眺めてから、送信する。
既読はつかなかった。
数分待っても、数時間待っても、翌朝になっても。
既読はつかなかった。
星導が見ていないのか、見ていて無視しているのか、それすらわからない。
わからないまま、時間だけが過ぎていく。
やがて、トーク画面の上に表示された名前を見て、俺はスマホを閉じた。
もう、追いかけることもできなかった。
俺たちの間に降っていた雨は、いつの間にか止んでいた。
けれど、俺の中では、あの日からずっと降り続けている。
止ませる方法を、俺は最後まで見つけられなかった。
コメント
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うわ……読んでて胸がぎゅってなったよ……。 小柳くんも星導も、どっちも「言いたいこと言えないまま」ですれ違ってて、すごいもどかしかった。 特に「お前は俺にとって特別だった」って心の中で思ってるのに、口に出せなくて、最後に送ったのが「了解」だけってのが切なすぎる……。 雨の描写とか、止まない感情の比喩がすごく刺さりました。お互い必要だったのに、伝わらなかっただけでこんなに壊れちゃうんだなって。 ゆろさんの描く“言えなかった後悔”のリアルさ、本当に好きです。つらいけど、ちゃんと読みました。