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「優ちゃん、乱視だったよな。学生時代は片目だけコンタクトしてたのに、なんで眼鏡にしたんだ? こんなに綺麗な目の形してるのに、隠すのはもったいないよ」
そう言って、わたしの手を離してから、ことりと音を立てて眼鏡をテーブルの上に置いた。
眼鏡が外したいんなら、そう言ってくれればいいのに。
まだ、どきどきが止まらない。
「なんかさ」と玲伊さんは続けた。
「優ちゃん、わざと地味に目立たないようにしているんじゃないかと思うんだけど、違う?」
う、鋭い。
「え、えっと……」
「えっと?」
ふと見ると、玲伊さんはいつになく真剣な顔をしている。
適当なごまかしは通用しない。
そう思っているのが、ひしひしと伝わってくる。
えー、どうしよう。
どう説明すればいいんだろう。
言葉が見つからず、目をそらすわたしに、玲伊さんは言った。
「前の会社でなんかあったのか」
その言葉にドキッとして、思わず彼を見た。
「浩太郎がめちゃくちゃ心配してたんだよ。優ちゃん、急に元気がなくなったことがあって、それから店を継ぐためとはいえ、あっさり会社を辞めてしまったって」
「お兄ちゃんったら……玲伊さんにそんなこと言ってたんですか」
「ああ。いくら聞いても詳しい話をしてくれないんだ、って落ち込んでたよ」
「話せなかったんです。お兄ちゃんが絡んできたら、よけいに事態がややこしくなると思って」
「まあ、あいつは直情型だからな。優ちゃんがそう言うのも頷けるけど」
玲伊さんは頭の後ろで手を組み、ソファーの背に身を預けた。
そして、正面を向いたまま、もう一度尋ねてきた。
「なあ、俺に事情を話してくれない? 浩太郎には言わないって約束するから」
それから、首をまわして、わたしを見つめた。
「浩太郎だけじゃない。俺もさ、優ちゃんのこと、ずっと心配だった。本屋で会ってもにこりともしないし。『どうせ~』や『わたしなんか』が口癖になってるし。いつか聞きたいと思っていたんだけど、なかなかきっかけがつかめなかった」
玲伊さん……じゃあ、わたしを心配して、何度も店に足を運んでくれていたってこと?
前に「わたしに会いに来てる」って言ってくれたのは本当だったんだ。
そうと知って、またきゅっと胸が痛くなる。
「そんな、なんで、わたしなんかの心配を……」
玲伊さんは前に店でしたときのように、人差し指を口の前に立てて、わたしの言葉を遮った。
「ほらまた『わたしなんか』って言ってるよ。言うまでもないだろう? 優ちゃんは俺にとっても大事な妹みたいなものだから」
そう言うと、目を細め、優しい表情をわたしに向けた。
「玲伊さん……」
それでもなかなか口を開かないわたしを、彼はじっと待ってくれている。
話すまで待つ、その意志を感じさせる強い眼差しを向けたまま。
仕方ない。
わたしは観念して、会社をやめることになったいきさつを話すことにした。
「たいしたことじゃないんです。本当に」
そうつぶやくと、玲伊さんはわたしを見つめてきた。
「会社で……ちょっとしたいじめ、みたいなことをされてしまって」
わたしの言葉に彼は眉根を寄せる。
「会社でいじめ?」
「陰口を叩かれたり、SNSで悪口を言われたり、そんなことです」
「なんでそんなことに?」
「きっかけは些細なことでした。ある男性社員のアシスタントになって……」
玲伊さんがどんな顔で話を聞いてくれているのか気になったわたしは、ちらっと彼に目線を向けた。
彼は険しい表情のまま、目で続きを促した。
「その人が飲み会の席で『前任者よりわたしのほうがだんぜん仕事がやりやすい』って話したらしくて。それがなぜか、わたしがそう言った、と社内で広まってしまって、指摘された女子社員に冷たく当たられるようになったんです」
「なんだよ、それ。優ちゃんにはまったく責任のない話じゃないか。言いがかりもはなはだしい」
「それは、そうだったんですけど……わたしがもっと毅然としていれば、そんなに事も大きくならなかったと思います。でも、おろおろすることしかできなくて」
玲伊さんは相変わらず険しい表情を崩さない。
わたしは話を続けた。