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「それで、もうなんか、すべてのことが億劫になってしまって眼鏡に変えました。コンタクトだとしょっちゅう眼科に通わないといけないですし。会社ではその状態が半年ほど続いて、それとなく上司に相談したこともあったけど、結局、解決することはできなくて」
話をしている間、玲伊さんは顎に手を当てて、考え込んでいるようだった。
「祖父が亡くなったのが同じ時期で、書店を継ぐことを口実に、結局、うやむやのまま、逃げるように辞めてしまいました。店を潰したくない気持ちも、もちろんあったけれど、あの会社にいたくないというのも大きかったんです。人前に出るのが怖くなってしまったし」
玲伊さんはひどい目にあったのが自分であるかのように顔を歪めた。
「なるほど。浩太郎がその話を聞いたら、会社に怒鳴り込みにいっただろうね」
わたしは頷き、話を続けた。
「親にも言えませんでした。もう大人なのに、いじめで悩んでるなんて。とにかく、わたしがぐずぐずしていたのがいけなかったんです。それでよけいに問題がこじれちゃって」
そう言うと、玲伊さんはさらに眉根を寄せて、少し強い口調で言った。
「何、言ってるんだよ。悪いのは、面白半分に噂を広めた奴や、自分の立場を利用してきみをいじめた奴、そして同調した奴らじゃないか。恨むならともかく、自分に落ち度があったなんて思う必要はまったくない」
あまりにも強い口調に、わたしの体はびくっと震えた。
「やっぱり今回のモデル、どうしても優ちゃんにやってもらうから」
「えっ? だから無理です。人前に出るのが怖くなったって、今、話しましたよね」
「いや、今の話を聞いて、ますます気持ちが固まった」
玲伊さんはそこで一旦言葉を切り、わたしの手を取ると、自分のほうを向かせた。
「決して『人は見た目だ』って言いたいわけじゃないよ。でも優ちゃんみたいに対人関係で悩んでいるときには、ことさら外見が大きく影響することがあるんだ。たぶん、きみが思っている以上に。俺にまかせてくれれば、絶対、自信を持てるように変われるよ」
「玲伊さん……」
彼は時計に目をやり、よし、と立ちあがった。
「おいで。今言ったことが本当だって証明してみせるから」
そう言って差し伸べられた手を、わたしはためらいながらも握った。
彼はリビングを横切り、サイドボードの横にあるドアを開けた。
そして、その部屋に入るように促した。
「わあ……」
一歩足を踏み入れるなり、息を飲んだ。
そこは、まるでヨーロッパの宮殿の一室のような、豪奢なインテリアで飾られた部屋だった。
部屋の中央には大きなシャンデリアが輝き、窓にはドレープを描いた光沢が美しいベージュピンクのカーテンがかけられている。
その前には、大きな陶器の壺に白を基調とした花々が生けられ、床は薄いピンクにグレイの斑入り大理石。
金色の猫足のアンティークの寝椅子がソファー替わりに置かれていた。
「ここは?」
「VIP専用のサロンだよ」
部屋の奥には真珠色のオーガンジーで仕切られたブースがあった。
中に入ると、大きな鏡の前にアンティーク家具を思わせる革製のセット椅子が置かれていて、サイドに洗髪台も備えられていた。
「さ、こっちへ来て」
上着を脱ぎながら、玲伊さんはわたしをセット椅子に座らせた。
「準備するから、ちょっと待っていて」
彼はカラカラと音をさせて、アンティーク調のワゴンを引いてきた。
ケープの色は黒。
え、これ、シルクだ。肌ざわりがとってもいい。
彼はわたしの髪からゴムをはずし、とかしはじめた。
「やっぱり枝毛だらけだな。前から気になってたんだよ。ちゃんと手入れしてないだろう」
「え、でもトリートメントは使ってますけど」
「ただシャンプーのあとにつけて流してるだけだろ。それじゃ、ほぼ効果ないから」
「はあ」
「本当はスペシャルトリートメントをしてやりたいところだけど、それはまた今度。俺も15時半から予約が入ってるし、優ちゃんも用事があるんだろう?」
「はい。毎週水曜日と土曜日には、店に近所の小学生が集まってくるんです」
「小学生が?」
「すぐ近くに都営団地がありますよね」
「ああ、昔、あそこでよく遊んだな」
「毎回3~4人、遊びに来ます。読み聞かせをしたり、宿題を見てたりして過ごしているだけですけれど」
「へえ、そっか。じゃあ、今は簡単なセットとメイクだけにしておくよ」