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4話 帰り道
駅前のアスファルトが、昼間の熱をまだ抱えこんでいた。
さっきまでの賑やかな会場が嘘みたいに、街は夕方の色に沈んでいく。
「ねぇ、次は何やる?」
彩花が、日差しでほんのり赤くなった頬をこちらに向ける。
その笑顔に、つい
「なんでも付き合いますよ」
と答えてしまう。
「じゃあ…」
と言いかけたその時、彼女は小さく咳き込んだ。
一瞬の沈黙。
「大丈夫、大丈夫。ちょっと喋りすぎただけ」
そう言って笑うけれど、肩で息をしているように見えた。
「そうだ! ちょっと寄り道してかない?」
「寄り道?」
先輩に言われるがままについて行くと、そこには夕日に照らされた海が広がっていた。
撮り逃すまいとカメラを構える。
カシャ――。
夕日に照らされ、キラキラと光る水面。
「綺麗だね!」
と笑う彩花を、俺は夢中で撮っていた。
「ねぇ、約束して」
「何をですか?」
「やりたいこと100、絶対に一緒に達成するって!」
「約束ですよ」
そんなことを言って笑い合える日が、ずっと続けばいいのに_
なんて、ラノベの主人公みたいなことを思ってしまう。
でも現実は、俺たちを待ってはくれない。
「砂浜走ろよー!」
無邪気にそう言って駆け出す彩花。
俺も慌てて後を追う。
砂に足を取られながら、潮風を切って走る。
やっと立ち止まった時、彩花は胸に手を当て、肩を大きく上下させていた。
「…はぁ、はぁ…っ…ほら、楽しいでしょ」
無理に笑ってみせる顔が、ほんの少し苦しそうで__その笑顔ごと、俺は胸の奥にしまいこんだ。
「ねぇ、君、私のこと“先輩”って呼ぶよね」
「まぁ先輩なんで…ダメでしたか?」
「ダメじゃないけどさ、私たち**best friend**じゃん! だから私のことは彩花って呼んで!」
いきなり名前は、ちょっと恥ずかしい。
「じゃ、じゃあ…彩花さん」
「合格!」
ニカッと笑う君の笑顔が、俺は好きだ。
「見て見て!今日はね、3つも達成しちゃたよ!」
そう言って俺の顔にノートを押し当てる。
「近いです。」
「あ、ごめんね…」
叱られた子犬みたいにシュンとしていて見ててやはり飽きない。
__だけど、俺には彼女、彩花のことは何も分からない。
いや、分かろうとしていないだけなのかもしれない。
数日後
ざわめく教室の中、窓際の席からは春の風がカーテンを揺らしていた。
彩花は机にノートを広げ、何やら熱心に話している。
「拓真くん?」
「あ、すみません」
「聞いてた?」
「えっと…すみません、聞いてなかったです」
「もう! 人の話は最後まで聞くって小学校で教えられなかったの?! …まぁいいけど」
口では怒っているのに、どこか楽しそうに笑うその横顔を見て、俺は胸の奥がざわついた。
やっぱり俺には、彼女のことは何一つ分からない。
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