コメント
0件
👏 最初のコメントを書いて作者に喜んでもらおう!
又三郎は校庭で土下座をしていた。
時間は正午であった。
ラジオを聴くのは初めてであるから、大変驚いた。
又三郎は学校での勉強を怠っていた為、内容は全く分からなかった。
しかし、同じ様に土下座をしている友や先生、母の顔が暗くなったのは分かった。
国歌が流れ終わった所で、急いで母の元へ駆け寄ると、母は涙をぼたぼたと流していた。
不思議であった。母はここ6日は何も口にしていなかったはずであるが、何故そんなにも涙が出るのか。
先生は又三郎に近づき、負けてしまったんだよ。と、一言言い、遠くに歩いて行った。
又三郎は一人校舎へ走った。一年一組には美加子がいる。美加子は又三郎の親戚で、婚約者でもある。美加子はつい先日まで広島にいる彼女の父の所へ行っていたが、身体中に包帯を包ませ、5日前から又三郎の通う学校で寝泊まりしている。
美加子は戦いに負けた事を聞いても、そうとしか言わなかった。悔しくは無いのかいと聞くと、そりゃあ悔しいわ。でも、殺そうとは思わないの。敵といえども人よ、もっと良い方法があった筈だわと静かに言った。
又三郎は頷き、夜更けて美加子が眠るまでその場に座っていた。
美加子が眠ったのを見計らい、又三郎は校舎の外へ出た。
外は何とも言えない空気であった。
と、又三郎の近くに二輪の真白な野菊が咲いていた。
又三郎は花を抜こうと思ったが、その時、涼しい風が吹いて、抜いてはならぬと感じたのでやめた。
又三郎は野菊の真中に似ている遠くの月を見つめた。その時、また風が吹いた。今度は先程よりも少し暖かかった。