それは、なんの予兆もなく突然起こった。
一限目の授業から解放され、微かに疲労を滲ませる雑踏の中で上鳴はいつも通り世間話のひとつとしてその単語を口にした。
「…………爆豪?」
会話の途中で固まって動かなくなってしまった爆豪を上鳴は不審に思い、顔を覗き込むようにした頭を傾げた。
視線がひとつも噛み合わない。
どこを見ているのか、目を見開きぼんやりとした表情のまま、やはり固まっている爆豪に上鳴と同様異変を感じた切島、瀬呂も爆豪に触れようと手を伸ばしたその瞬間___
「、っ」
「…っと!?」
バシッと乾いた音が教室内に響く。
爆豪が、自身に伸ばされた切島の腕を払い除けた音だ。
雑踏が微かに止み、視線は爆豪へと移される。
ああまたいつものか…と呆れたような空気が漂う中、上鳴、切島、瀬呂の三人だけが困惑を滲ませていた。
………いや、違う。
正確には、四人。
「………勝己くん?」
爆豪に向けられていた視線は、教室内に響く声の主___緑谷出久へと移される。
『勝己くん?』と零された声に、周囲は不思議に思わざるを得なかった。
なぜなら、普段彼は爆豪のことを揺るぎなく『かっちゃん』と呼んでいるから。
「ぃ、ずく」
今にも消えてなくなりそうなほど怯え、震えた声で口にされた名前に一同はギョッとする。
それもそのはず、こちらも同様、普段彼は緑谷のことを揺るぎなく『デク』と呼んでいるから。
「ぁ、ぇ……ど、ど、どこ、こ、ここ、ぇ」
「ああ、勝己くんだ。ここは学校だよ。こっちにおいで」
「ぅ、う、うん…ご、ご、ごめ、ごめ、ん」
現状に、周囲はもはや困惑の声すら出なかった。
あの爆豪が、緑谷に『勝己くん』と呼ばれ、素直に近くによっては膝に頭を乗せて甘えるようにくっついている。
まるで猫のような、幼子のような様子に、一番最初に声を出したのはクラスの委員長___飯田天哉だ。
「……み、緑谷くん………?えっと、その、爆豪くんは一体……」
「…あ、ああ、ええっと……」
飯田の問いに、緑谷はどうしたものかと考えあぐねた。
プライドの高い爆豪の事だから、こんなことを僕の口から言ってしまっていいのだろうか…と。
そもそも、これを知っているのは家族と僕に並び担任の相澤のみ。
そうしてひた隠してきたにも関わらず、今突然こうなってしまっているのは本人的にも不本意だろう。
だからこそ散々悩ませ、緑谷は一言零す。
「………この子は勝己くん。それ以上でも、それ以下でもない…かな……」
その少し硬い癖毛を撫でながら小さく零す。
『怖がりだから優しくしてあげてね』と付け足された補足に、やはり周囲は声を出すことも出来ずただその異質な様子を眺めることしか出来なかった。
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