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雪斗のペースに流されて疲れ果てて、いつの間にか眠ってしまった。
目が覚めた時、辺りは薄暗く雪斗の姿も見当たらない。
「……雪斗?」
どこに行ったんだろう。とりあえず起き上がり、ベッド脇の椅子に置いてある服を身に付けた。
身支度を整え、リビングに続く扉を開くと、キッチンで何かしている雪斗の背中が目に入った。
……何してるんだろう。ぼんやりと見ていると雪斗が振り返ったので目が合った。
「起きたのか」
「うん、ごめんね。寝ちゃって……」
言いながら雪斗に近付く。
「起きて直ぐだけど食べられるか?」
「え?」
よく見ると彼は料理中だったようだ。
「食べられるけど……雪斗って料理するんだ」
「少しはな。またイメージ違うとか言うなよ」
「言わないけど……」
湊は料理を一切しなかったから、必ず私が作っていた。
そのせいか人に作って貰うって考えが無かったのだ。
「今日は引っ越しだから蕎麦な。美月は向こうでゆっくりしてろよ」
引っ越し蕎麦って雪斗の家で食べて意味が有るのかな。
そんな事を思いながらも、雪斗の気遣いがうれしくて出来上がるのが楽しみだった。
蕎麦はとても美味しかった。デザートは甘さ控え目のアイス。
満足な食事の後は、雪斗が用意してくれていたお風呂に入るように言われた。
温かいお湯に身体を浸していると、身体と心が癒される。
今日は至れり尽くせりで、雪斗は王子と言うより執事みたい。
こんなに甘やかされていいのかな。
雪斗は口には出さないけど、湊と暮らしたマンションを出た私を気遣ってくれてるんだと思う。
だから一人にしないって……その優しさがとても嬉しい。
心も体も温かい。リラックスした気分で湯船の中でぐっと手足を伸ばした。
雪斗宅のお風呂は広くて、本当にゆっくり出来る。私の部屋にもこんな湯船が有ったらいいのに。
そんなことを考えていたらふと気が付いた。
雪斗の部屋は全体的にかなり広い。
この湯船だって二人で入れそうだし、リビングも、寝室も……ベッドも凄く大きくて一人暮らしの部屋とは思えないほどだ。
もしかして……ここは奥さんと暮らしていた部屋なのかな?
離婚して奥さんは出て行き、雪斗はそのまま一人で暮らしているということ?
そう考えると、なんだかモヤモヤとした気持ちになった。
雪斗が結婚していたのは知っていたし、このマンションが夫婦の家だったんだとしても、私がどうこう言うことじゃない。
それでも気持ちが重くなってしまう。
この数日、雪斗は凄く優しくて気も遣ってくれて、まるで本当に私を好きでいてくれてる様にすら感じた。
だから私は無意識に勘違いしてしまっていたのかもしれない。
普通の恋人同士のはじまりだって。
不意に現実に返って少し苦しくなった。
今側に居てくれる雪斗も、いつかは居なくなるのだと実感して。
雪斗に依存し過ぎるのは止めた方がいいかもしれない。
私は思ってた以上に雪斗に心を開きはじめてる。
でも、雪斗はいつかは離れてくし、その時は笑って別れなくちゃいけない。
あまりに依存し過ぎていたら別れが辛くなりそうで怖い。
窓から青白い月が見える。
綺麗な満月に見とれていると、雪斗がかすれた声で言った。
「眠れないのか?」
「……うん」
広いベッドの中、隣の雪斗に目を向けると心配そうに私を見ていた。
「あいつのこと、考えてたのか?」
「……」
雪斗の問いかけにすぐには答えられなかった。
眠れないのは心が乱れてるから。
どんなに前向きになろうと思っても、不意に湊の事が思い浮かぶ。
私だけを見てくれていた時の笑顔。
それから私を憎む様に見ていた冷たい目。
断片的に蘇る記憶。
でも感傷に浸っているだけじゃない。
顔を合わさずに出てきてしまったけれど、湊はどう思ったんだろう。
今の湊は私の知っている湊じゃないから少し反応が怖かった。
「早く忘れろよ」
雪斗は私の頬に手を添えながら言う。
それからいつになく寂しそうな顔をして言った。
「まあ……忘れたいって思っている内は、忘れられないんだけどな」
「……雪斗も忘れられないの?」
なんとなく、彼自身のことを言ってるんじゃないかと感じた。
雪斗は今でも別れた奥さんを忘れてないのかな?
「……俺のことはいいんだよ。気にすんな、美月は今はそれどころじゃないだろ?」
「でも……」
「早く元気になれよ」
雪斗はそう言いながら、私を腕の中に抱き寄せた。
頼りがいが有る強い腕で温かくて広い胸に抱き締められていると、なんだか泣きたい気持ちになった。
悲しい訳じゃなくて、ただ人の温もりの心地よさが、心に染みて。
雪斗とまともに話す様になってそれ程時間は経っていない。
付き合い始めたのだって、純粋な愛からじゃないのに。
それなのに、どうしてこんなにこの腕の中は、安心出来るのだろう。
身体だけの関係なんて否定してた。
湊に抱かれなくなって悲しくても、心の結び付きが一番だって思っていた。
でも今は分からない。
お互いの心を分かり合わないまま、曖昧な気持ちのままなのに、雪斗に抱いて欲しいと思う。
雪斗の腕が離れていく。
寂しさを感じていると、彼は私の気持ちに気付いたのか再び腕を回して来た。
でも今度はお互いの距離が見える様に、ほんの少しの距離を置いて。
「今、俺のこと考えてただろ?」
「え?」
当たっているからドキリとする。
雪斗はニヤリと笑いながら、その整った顔を近付けて来た。
「そのままあいつのことは思い出すな」
そう囁くと、唇にそっと触れるキスをした。
それから何度も唇を重ね、だんだん深いキスになる。
熱い舌が押し入って来て、息も出来ない程翻弄される。
息苦しいのに、離れるどころか雪斗にすがりついてしまう。
「美月……」
雪斗の切ない声が聞こえる。
「……雪斗?……っ!」
何かを言う間は与えられずに、キスが降りて来る。
何度も、何度も。
私はもう何も考えられなくなっていた。