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2 - 接吻

♥

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2025年07月24日

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※BL







梅雨の終わり、駅のホームに雨が打ちつけていた。

人影はまばらで、傘の花だけが静かに開いたり閉じたりを繰り返している。


湊は、柱にもたれて佇んでいた。

肩から雫が落ちる。

傘は持ってこなかった。

……いや、あえて持たなかった。


「……まだ、この時間に来るんだな」


その声は、背中から降ってきた雨よりも、胸に深く突き刺さった。

ゆっくり振り返ると、そこに立っていたのは、

あの人――榊原だった。


黒いコートに雨粒を弾かせ、変わらぬ落ち着いた佇まい。

胸の奥が軋む。


「……お久しぶりです。榊原さん」


「元気だったか?」


「……ええ。おかげさまで」


「相変わらず、傘も差さずに。びしょ濡れだぞ」


「今日は、……何となく濡れてもいいと思ったんです」


榊原は少し眉をひそめた。

そして、湊の上に傘を差し出す。


「風邪ひくな。お前、昔から無茶するから」


「……また、会える気がしていたんです。今日、この雨の中で」


榊原の瞳が一瞬だけ揺れた。


何年も会わなかったのに、

こうして、ふたりは同じ雨の下に立っている。


なのに、きっと。

今夜もこの人は、去ってしまう。


「榊原さん……あの日のこと、覚えていますか」


「……どの日だ」


「……最後に、私があなたにキスをした夜です」


榊原は黙った。

その沈黙の意味を、湊は知っていた。

けれど、それでも聞きたかった。


「……あれが、私にとって初めてでした。誰かを、あんなに……強く求めたのは」


「……湊」


「……はい」


榊原はそっと手を伸ばし、濡れた湊の髪を撫でた。

その仕草があまりに優しくて、涙が零れそうになる。


「お前のことを、今も忘れたことはない」


「だったら、どうして……何も言わずに行ってしまったんですか」


「守りたかったんだ、お前を。俺なんかのことで……縛りたくなかった」


「勝手ですね……それでも、私はずっとあなたの言葉を待っていたんですよ」


榊原は苦笑した。

その笑顔すら、もう二度と見られない気がして、湊はたまらずに言葉をこぼす。


「あなたのことが、今でも好きです」


「……俺も、お前が好きだ」


その言葉があまりに静かで、あまりに遠くて、

胸の奥でなにかがひどく壊れた気がした。


榊原は湊の頬に手を添え、ゆっくりと唇を重ねた。

この雨の日にだけ許される、ふたりだけの約束のようなキスだった。


……短くて、深くて、どうしようもなく切ない。


「これで、終わりにしよう」






「……いやです…」


湊は榊原に思い切り抱きつき離さなかった。まるでちぎれそうな糸をまた繋げるように。


「行かないで…ください…!」


「僕を置いていかないで…っ!」


榊原は湊を抱きしめ返さずただ湊の頭を撫でていた。


「ごめんな…」


榊原は湊からそっと離れる。湊の顔は涙でぐちゃぐちゃだった。


「そんな顔すんなよ…」


榊原は湊の濡れた顔を優しく拭く。その手はとても温かくて、まだ湊に対しての愛情がこもっている。

引き止めたい止めたいあなたのことを…

だけど、止めなかった。


榊原は湊の手に、傘をそっと握らせた。


「ちゃんと、前を向いて生きろ」


「……あなたも、風邪など引かれませんように」


電車が来る。

榊原はそのまま、ホームを歩いていく。


湊は、ただ濡れたままそこに立ち尽くした。


その傘を、広げることなく。

唇に残った温度だけを、ひたすら抱きしめていた。

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