まだ薄暗い早朝、みことはぱちりと目を開けた。
窓からは淡い光が差し込み、静かな空気が部屋を満たしている。隣ではすちが規則正しい寝息を立てていて、その温もりが背中に心地よく伝わっていた。
その時、壁越しに微かに聞こえてくるくぐもった声。耳を澄ますと、それはいるまのものだった。
声の主と、彼と一緒にいる人物を思い浮かべて、みことは胸の奥がじんわりと熱くなる。ひまなつといるまの関係が、もうそういう段階にまで進んでいることを察し、無意識に唇を噛んだ。
――いいな……。
ぽつりと心の中で呟く。
それは嫌悪ではなく、羨望にも似た感情だった。
みことの視線は、隣で眠るすちの横顔に向かう。
すちが好きだ。
ただ、それが“恋”という形なのかは、まだはっきりしない。
けれど、ひとつだけ確かなのは――誰にも取られたくない、という強い気持ちだった。
でも、すちは誰にでも優しい。
その優しさに触れるたび、心が救われる反面、不安も募る。
もし自分が抱えている過去なんてものがなかったら、すちはきっと興味なんて持たなかったんじゃないか。
そんな疑念が頭をよぎる。
すちの優しさにつけ込んで、寄りかかっているだけの自分が哀れに思えて、胸の奥にチクリと痛みが走る。
許せない。
でも、離れたくない。
握りしめた布団の中で、みことはすちの寝顔を見つめながら、言葉にならない感情の波に揺れていた。
すると、みことの頬にすちの手がそっと触れる。
指先の温もりがじんわり伝わり、みことの心の奥にまで届く。
涙で濡れそうな目元を、すちは夢の縁でも指でやさしく擦りながら見つめる。
「泣かないで…」
みことは本当は泣いていない。
でも、その声の優しさと温もりに、胸の奥がぎゅっと熱くなり、思わず目に涙が浮かぶ。
心臓の奥がきゅっと締め付けられるようで、言葉にできない想いが込み上げてくる。
すちは眠たげに微笑み、落ち着いた声で続ける。
「まだ早いから、二度寝しよ…」
その言葉にみことは安心して、少し肩の力を抜く。
すちはみことを包み込むように抱きしめる。
指先はみことの頬や髪をゆっくりなぞり、安らぎを伝える。
みことは小さく息を吐きながら、そっと心の中でつぶやく。
「すちにぃ…好き…」
そして、すちの唇に自身の唇を軽く押し当てる。
ほんの短い時間だけれど、互いの温もりと呼吸が重なり、胸の奥がふわっと柔らかくなる。
すちは反応せず微笑みながら、みことの手を握り、静かに眠りについた。
みこともそのまま、すちの温もりを感じながら安心して目を閉じる。
小さな鼓動を感じつつ、二人は互いに寄り添いながら、柔らかい朝の光に包まれて、静かに眠りに落ちていった。
すちは日差しに目を覚ます。まだ少し夢の余韻が残っており、みこととキスを交わす夢を見たことを思い出す。柔らかな温もりと、みことの吐息が混ざる感覚に、自然と頬が緩む。
そっと隣を見ると、みこともまだ寝ている。
「起きる時間だよ」と、すちは優しく肩を揺らす。
みことはゆっくりと目を開け、すちに視線を合わせる。
「おはよう…」
みことの小さな声に、すちは微笑み返す。
二人は互いに手をつなぎながら、静かに部屋を出た。
リビングに入ると、らんとこさめ、ひまなつといるまがすでに席に着いて朝食兼昼食を口にしていた。テーブルの上には昨夜の残りを温め直した料理と、簡単な食事が並んでいる。
すちとみことは「おはよう」と声をかけながら空いている席に腰を下ろした。
すちはレンジで昨夜のご飯を温め、みことの前にそっと置いてやる。
「ありがと…」と小さく呟き、みことはゆっくり箸を動かし始めた。
口いっぱいにご飯を頬張るみことを横目で見ながら、すちはなんだか胸の奥が熱くなる。頬にほんのり色を差したみことが、もぐもぐと食べる姿があまりに可愛らしくて、思わず手が伸びてしまった。
「ん?」
みことが一瞬箸を止め、すちに視線を向ける。
すちの指先がそっとみことの頬に触れていたのだ。
「……!」
みことは目を見開き、頬を赤く染める。
(な、なんで…急に…)
すちは、無意識にやってしまった自分の行動に気づき、慌てて手を引っ込める。
「ご、ごめん…つい。ご飯ついてるかなって思って」
言い訳をしながらも、内心では可愛さに耐えきれなかった自分を誤魔化していた。
一方のみことは、頬に残る温もりを意識してしまい、箸を持つ手が少し震えていた。
昨日の新任教師のことを思い出して曇っていた表情は、今やすちの仕草に驚きと戸惑い、そしてほんのり嬉しさが混ざった複雑なものへと変わっていた。
食事を終え、食器を片付けた6人はリビングのテーブルを囲んだ。自然と空気が引き締まり、兄弟会議の時間となった。
沈黙が続く中、こさめが突然「あーっ!」と声を上げ、みんなの視線が集まる。
「わかった!昨日の先生!……あの人、親戚の人だよ!」
らんが「親戚?」と眉をひそめると、こさめは真剣な顔で頷いた。
「そう!親戚の集まりで何度か会ったことある。名前も顔も間違いない」
その言葉に場の空気が一気に重くなる。
すちは深呼吸をしてから口を開いた。
「実は…昨日、学校でみことがその先生を見た途端、過呼吸を起こして早退したんだ」
みんなが一斉にみことの方を振り向く。みことは気まずそうに視線を逸らし、膝の上で手をぎゅっと握りしめた。
すちは続けた。
「そして……こさめが言った通りだ。その先生は、弟達の親戚。そして――」
言葉を切り、視線をみことといるまに向ける。
「過去に、みことといるまに手を出した人間でもある」
空気が張り詰め、らんが拳を握りしめてテーブルを叩いた。
「……は? なんでそいつが教師なんてやってんだよ」
いるまは奥歯を噛み締めて視線を落とし、ひまなつが隣でその肩を支える。
こさめは顔を青ざめさせて「そんな人、学校にいちゃダメだよ…!」と震える声を出した。
みことは唇を噛みしめ、かすれた声で「……俺、また…戻るのかな」と呟いた。
その小さな声に、すちは迷わずみことの肩を抱き寄せた。
「まずは身の安全を守ることを第一にしよう」
すちが真剣な声で切り出す。
「休み時間は必ず3人一緒に行動、昼休みは6人揃って食べる。放課後は俺たちが迎えに行くから、必ず一緒に帰ること」
いるまも不安そうな表情だが小さく頷く。
「両親には報告してある。来週帰ってくるってさ。それまでは6人で乗り切ろう」
らんが言葉を重ねると、空気が少しだけ引き締まった。
そしてらんはポケットから小さな袋を取り出す。中には黒と青のキーホルダー型の防犯ブザーが入っていた。
「これ、俺から。見た目はただのキーホルダーだけど、ボタンを押せば俺たち兄組のスマホに即座に連絡が飛ぶシステムになってる」
「へぇ……すごいな」
ひまなつが目を丸くする。
「らんらん、こういうのいつの間に作ったの」
すちが感心したように笑う。
らんは照れたように頬をかきながら「まぁ、知り合いに頼んだだけ」と言うが、その声はどこか誇らしげだった。
みことといるまはキーホルダーを受け取り、ぎゅっと握りしめる。
「……ありがとう」
「助かる」
二人の声に、兄たちは安心したように微笑んだ。
コメント
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コメント失礼します! 最近忙しくてテラーにあまり来れてなかったんですが、久しぶりに開いたらこの物語がかなり更新されてて、うっきうきで25話くらいから一気読みしました! まさかの私が見れていなかった間にどのカプも進展しすぎてて、びっくりしたのと尊いのでふぁっとかほぇっとかリアルで変な声出しながら見てました笑 最高でした👍️ 鼻血出そうでした👍️ 続きがすごく楽しみです✨️ 待ってます✨️
みぃぃごぉぉちゃぁぁぁんんんん