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#ワンナイトラブ
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——社長室
灯る明かりの元を目で捉え
歩む足が止まる
灯る明かりの
その所在を確認しに来た
だが
いざ
その所在が期待通り明確になると
どうして良いか分からなくなってしまった
台風の影響で電力も不安定
光源もまばらの
深夜のオフィスで一人
ひっそりと立ちすくむ
完全に不審者だ
嵐の中
ずぶ濡れで
ひっそりと立ちすくむ
黒髪長髪の女
完全にホラーだ
このままでは良くない
このままでは埒が明かない
焦る気持ち
逸る心
勇気を振り絞り
一歩前へ
そして
社長室のドアをノックする——
ガチャッ
と、その時
ノックしようかという
正にその刹那
ドアが先に開いた——
目の前には
ほんの数十センチ先には
ずぶ濡れの社長
社長の顔を見上げ
言葉を発しようと口を開けたまま
あまりの緊張に
あまりに衝突な邂逅に
私は固まってしまった
「まだ残ってたんですか?」
「……あ、あの、、営業戦略室の水川です」
「知ってますよ。水川さんだと思いました」
「お互い酷い有様ですね……」
「まあ、入って下さい」
社長はそう言うと
私を社長室へ招き入れてくれた
至って冷静で
至って平然とした社長の態度
(水川さんだと思いました?)
理解が追い付かないまま
促されるままに
室内へと戻る社長の後を追い
私も社長室へと踏み入れる
「し、失礼します」
「こんな深夜に……申し訳ありません」
ずぶ濡れの社長は流し目で
ずぶ濡れの私を見てほほ笑む
「ははは……ですね、お互い」
私には
どうしても言わなければならない事があった
どうしても謝らなければならなかった
ずっと心に閊えていた
あの時の事
「あの……先日はありがとうございました」
「色々とお見苦しい所を……本当に申し訳御座いません」
緊張の面持ちで
これまで閊えていた
思いの丈を告げた
「ははは……それ今する話ですか?」
微笑んだまま
意にも介さず
軽く受け流す社長
「お互いびしょ濡れですね……今何か温かい物を淹れるのでこれで体拭いて下さい」
そう言うと
社長は高級そうな
フカフカのタオルを手渡してくれた
「あとこれ……私のなのでサイズ合わないと思いますが……服が乾くまでこれで辛抱して下さい」
「濡れた服は乾くまでそこのコートラックに掛けておくと良いですよ」
そう言って私にワイシャツを手渡すと
社長はずぶ濡れのまま
給湯室へと向かってしまった
「……」
何も実の無い会話
しかし
至極自然な会話
渡された社長のワイシャツ
恐らく予備で持っていた物だろう
仄かに香る
社長の匂い
どこか懐かしく
嗅ぎ覚えのある
安心する匂い
給湯室の
ペラペラな粗品のタオル
十分に拭ききれなかった私は
社長の
フカフカなタオルで
入念に髪を拭き
入念に体を拭き
濡れた衣服を脱ぎ
コートラックへ掛けた
私にはあまりにサイズが大きい
社長のワイシャツ
ワンピース丈ほどもある
社長のワイシャツ
私は
社長の言葉に甘え
それに身を包み
ワンピース代わりにした
コンッコンッ
「入って平気ですか?」
「あ、はい。大丈夫です」
ポットにたんまり熱湯を入れ
ティーセットと共に
社長が戻ってきた
「突っ立ってないでソファに腰下ろして下さい。今日一日こんな夜中まで疲れたでしょ」
そう言って私をソファへ促すと
テーブルにティーカップを置き
熱々の熱湯を注いでくれた
「ティーバッグしかありませんが好きなの選んで下さい」
そう言って棚の引き出しから
香しいアールグレイを取り出し
数種類テーブルに並べた
濡れた雨の匂いと
香しいベルガモットの芳香
立ち昇る熱湯の湯気
冷めた体が
社長のおもてなしと
社長の優しさに包まれ
どこか気恥ずかしくも
どこか幸せで
私は満たされるのを感じた
私が使ったタオルで
自分の体を拭く社長
タオルは一つしかなかったんだ
それを私に優先して使わせてくれたんだ
申し訳ない気持ちで一杯だった
そんな事を気にも留めず
そんな事をお首にも出さない
そんな社長の心遣いに
胸の奥がキュンとした
「ごめんなさいこんな格好で……」
「こんな事態なんでしばらく我慢して貰えますか?」
濡れたスーツを脱ぎ
ラックに掛けて乾かす
私が奪ってしまったワイシャツ
社長が着替えたのはズボンのみ
上半身は裸
ようやく着替え終わると
お互い並んでソファに腰を下ろし
温かい紅茶で
体を温めた
体の芯まで染み渡る
二人して啜る
温かい紅茶
アールグレイ
隣数十センチの距離には
社長がいる